5-4 告白

  ◆◇◆◇◆◇




 あーもお、なにあれ! ほんとせんせーむかつく。わたしだって男子のひとりやふたりに、好意で呼び出されるっつーの! 水口洋平の普段の言動見て、なんでいじめだと思うかなぁ!?

 ……って勢いで出てきちゃったけど、どうしよ。

 水口洋平ってやけに大人びててクラスで目立ってるけど、何考えてるのかわかんないし。ちょっと苦手なんだよね。

 でも呼び出されたのは無視できないし……。


 校舎の裏庭は生い茂る木のせいで日が当たらなくて、踏みしめる土がスニーカーにまとわりついてくる。空気もじめじめしていて雰囲気も暗い。

 足取り重く奥へ歩いて行くと、錆びついたフェンスにもたれかかって水口洋平が待っていた。


「水口くん?」


 警戒しながら声をかけると、水口洋平もわたしに気づいてフェンスから背中を浮かせる。


「あっ、なっちゃんだ! 来てくれてありがと~!!」

「ふぇ?」


 うれしそうにブンブンと手を振ってくる彼に、わたしは拍子抜けして変な声を漏らしてしまった。


「なにそれ、変な声! なっちゃんっておもしろー!」


 あれ、こんな無邪気な感じだったっけ? やっぱこの人よくわかんないな……。

 水口洋平はひとしきり楽しそうに笑ってから。


「俺、なっちゃんのこと好き! 付き合って?」

「えっ!!」


 ついでみたいにさらりと告白するから、わたしの方があたふたするはめになっていた。


 わたしだってもしかしたら、そういう感じのこと言われるかもーとか、心構えはしてたんだよ。

 でもっ。こんな告白、ふつーじゃないよね? 余裕ぶっててなんか変!

 それから、その突き刺すような鋭い眼差し。なんだか心を見透かされているようで不安になってくる。


「えっと、ごめんなさい……」


 ぺこっと頭を下げると、水口洋平は大きなため息をひとつついた。

 しばらくそのまま何も言われなくて、おそるおそる上目遣いでうかがってみる。


「そっかー、残念だなぁ」


 超ののしってくると思いきや、水口洋平は不満げに口を尖らせているだけで。

 ……え、あれ。わたし、警戒しすぎてたのかな。


「ねーねー、ちなみにどうしてダメなんだよー?」


 プライド高くて、常にカッコつけてる人だと思ってた。でも意外と普通の反応だ。さっきまで怖いと思っていた視線も、相手をじっと見つめるのが癖ってだけなのかも?

 そうとわかると、身体からドッと緊張が抜ける。


「だって、水口くん彼女いるって言ってたし」

「じゃあ、別れたら付き合えるってこと?」

「えぇ……それはぁ……」


 うー、食いさがってくるなぁ……。

 わたしが断ったのは彼女がいるからってだけじゃない。友だちのアキも水口くんが好きだって言ってたし。

 でもいちばんの理由は、わたし恋とかよくわからないから。水口くんに特別な気持ちは持ってないし……。


「じゃあさ、教えて。なっちゃん今、好きな人いるの?」

「?? いないけど……」

「長谷川先生は?」

「――へっ?」


 不意打ちすぎて変な声が出た。

 あれ、うそ。あたま、まわらない。


「えっ、えっ? せんせーは別に、好きとかじゃ」

「ふーん?」

「って、なんでそこで長谷川先生が出てくるのっ!?」

「ん? だってなっちゃん、最初の自己紹介のとき、自分で先生がタイプって冗談言ってたじゃん?」


 冗談??

 ……言った。

 わたし言ってたぁ!

 あっそれで? わわわ、過剰反応しちゃった!?

 時すでに遅し。水口洋平は満面の笑みを浮かべていた。


「あはは。まさかアレを本気だとは思ってないよ? だって20歳すぎたらおじさんでしょ」


 あどけないと思っていた笑顔は、角度を変えると皮肉のようにも見える。

 もしかして、水口洋平は何か勘づいている? その上でわざと油断させて、人の心に踏み込んできたの?

 だったら趣味が悪すぎ……!

 ああもうとにかく!

 先生とのことはバレないようにしなきゃ!


「それに長谷川先生も、色気ない俺らみたいなガキには興味ないでしょ。保健の上原先生とかさ、オトナの女って感じするよねー」

「っ!」

「最近仲良しみたいだし、お似合いだよねー。そうだ、俺たちでくっつけよーぜ! おもしろそーじゃない? ね、なっちゃん!」

「……知らないよ」


 いやだ……。

 なによこれ。

 コールタールのような重くどす黒いどろどろな感情が、全身にまとわりついて息苦しい。

 平衡感覚が迷子になる。

 自分が今、うまく立ててるのかどうかもわからない。


「ごっめん、なっちゃん。長谷川先生のこと気に入ってるのに、こんなこと言われたら嫌?」

「だから。別にそういうんじゃ……」

「でもさー、あの髪型」


 ちょっと……やだ。

 うそだよね。

 まさか、それは知ってるはず……。


「教室では面倒だったからカッコいいって言ってあげたけど、普通にヤバくなかった? どこで切ったのかなぁー、吹き出すのこらえて腹筋鍛えられたんだけど」


 この人――!


「ね。そう思わない?」


 目を見開いて凍りつくわたしとは対照的に、水口洋平はわたしの挙動を余裕そうに観察しているようだった。

 おでこに汗が浮かぶのを感じる。

 心臓がぞわぞわして気分が悪い。


「……せんせの髪、どこが悪いのよ……」

「えー長さそろってないし、すいてるとこもバラバラ。まるで素人じゃん。自分で切ったのかなぁ?」

「……」

「うちの両親が美容師だから、俺、わりと髪にはうるさいんよ」


 デタラメじゃなくて、水口洋平の言うことは合ってる。

 わたしがちょっと失敗したかもと思ったところだ。


 ふれて欲しくないところを撫でられるような感覚に、からだ中に鳥肌が立った。

 自分の体を抱くようにして不快さを抑える。


「別にこだわりがないなら俺が切りたいわー! 一回、人の髪の毛切ってみたかったんだよね」


 これ以上ふみこまないで。


「なっちゃんも一緒にお願いしてみようぜ」


 だってせんせーは。


「――ヤダ」


 わたしのとくべつなんだから。


「どうしたの? さっきから変だよ、なっちゃん」


 足元がふらついて、地面に座り込んでしまった。

 どうしよう。涙があふれて落ちそう。

 そしたら終わりだ。

 勘のいい水口洋平なら、髪の毛切ったのがわたしだってきっと気づく。


 せんせぇー。

 芋づる式にルームシェアがバレたらどうしよう。

 せんせー。

 もう、ひとりはやだよ……。


 涙を落とさないようこらえ続けていたのに、ついまばたきをしてしまう。

 あ……。

 しずくが土の上を、わずかに濡らした。


「そこでなにをしているんだ!」


 背後から大人の怒鳴り声が聞こえて、水口洋平の気がそれた。わたしもさっと腕で涙をぬぐう。


「え? ナンデ……?」


 水口洋平はつぶやくと、目を丸くした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る