5-5 僕、お邪魔でした?
「なにしてるのそこ! 神崎さんから離れなさいっ!」
地面に座り込んだわたしにせんせーが駆け寄ってきてくれて、背中を抱きかかえてくれた。
「せんせぇ」
「大丈夫? 神崎さん立てる?」
「うん」
心配そうなせんせーの顔を見上げると、なんだか急に安心して、また泣きそうになる。
「水口くん、神崎さんになにしたの?」
せんせーって、ちゃんと怒るんだ。ちょっと意外でびっくり。
ぽかんとしていた水口洋平の顔は、へらへらとした苦笑に変わった。
「告白して振られたとこデース」
「へえ。じゃあなんで神崎さんは座り込んでたの?」
「うーん、なんで?」
水口洋平がわたしに向かって小首を傾げた。
うっ。
先生の髪のことを言われて、わたしが勝手に座り込んだんだけど……。それはここじゃ言えないし……。
「……びっくりして、腰が抜けました」
「ふむ」と、せんせーは怪訝そうにわたしと水口洋平を交互に見た。
「とすると僕は……お邪魔しちゃった?」
怪訝そう、じゃなかった。
この人、青ざめてるんですけど!
ごめんね! でも、もーちょっとしっかりしてぇ!
「ブフッ!」
耐え切れずに吹き出したのは水口洋平で、むしろお腹を抱えて笑い転げたりしている。
うわあ、せんせーったらアホ面してるし。
「あっはははははは! 長谷川先生って天然? マジでおもしれーな! あははは! 大丈夫だよー、話は終わったところだし。あっ、なっちゃん?」
せんせーの後ろにさっと隠れるわたし!
「なっちゃん、俺、本気だから。長谷川先生なんてすぐ追い越すから待ってて。見ててよ」
はあーーーっ!?
なんでそこで先生の名前出すの? あの人バカなの!?
せんせーが「どういうこと?」と後ろを振り向いたから、わたしは慌てて言葉を返す。
「だ、だから水口くんっ!」
「ヨウでいいよ?」
「別にわたし、誰も好きじゃないもんっ!! もう知らない!」
くるりときびすを返してダッシュ。墓穴を掘る前に離脱することにした。
あーもうもう、最悪ーーっ!
◆◇◆◇◆◇
パタパタと神崎さんが走って行ってしまった。
勘違いで告白の現場に乗り込み、邪魔をしてしまった相手と二人きりになってちょっと気まずい。
「……水口くん。ごめんなさい」
「いいよいいよ!」
なんてできた子か! 僕よりしっかりしているような気がして怖い。
そういえば、神崎さんの去り際のあれはなんだったんだろう。
「で、僕を追い越すって、どういうこと?」
水口くんは思い出したように、ニヤリと顔を緩める。
神崎さん、急に慌てだしたし。僕の悪口でも言ってたのかな。
「なっちゃんのタイプが長谷川先生って前に言ってたから、まずはライバルは先生かなーって」
「ああ。それか」
あの冗談をずっとネタにされてるのか、あの子は。
自業自得でしょと言いたいところけど、これは長引かせてもいい話じゃないな。神崎さんも反省しているだろうし、フォローしとくか。
「もうからかうのはやめてあげたら? 教師と生徒なんて縁起でもない……。さ、水口くんも早く帰りなよ」
「へーい!」
水口くんは石の上に置いていたぺたんこの黒いランドセルを取りに行った。
ふと、校舎から濃厚な視線を感じて顔を向けると、窓の向こう側に保健室登校児の猫屋敷春風の姿が見えた。
いつから見てたんだろう。
目が合うと、彼女は幽霊みたいに消えてしまったが。
「なー水口くん」
振り返ると、僕の後ろをついてきていた水口くんがうれしそうに顔を上げた。
「きみって神崎さんのこと本気なの?」
「えー、恥ずかしいなぁ」
思ってもないくせに、となんとなく直感する。
好きな子に振られたばかりでこんなヘラヘラできる水口くんの感覚が、僕にはわからない。
「別に生徒の恋愛にとやかく言うつもりはないけど、きみ彼女いるんでしょ? その子にも神崎さんにも誠実じゃないよ」
僕が真面目に諭したからか、水口くんは少し考えるそぶりをした。そしてそれがまとまったのか、突如、野球グローブにこぶしを叩きつけるように、胸の前でパンッとこぶしを手のひらに当てた。
「わかった。じゃあ今日別れてくる」
「えっ」
「そだね、先生のアドバイスの通りだな。別れよう! そうしよう!」
「みみみ水口くん?」
「じゃあね、せんせー! ありがとー、せんせー!」
「みみみみ水口くーんっ!?」
小学生ダッシュで駆けて行き、あっという間に見えなくなってしまった。
え? あれ? 水口くん、彼女と別れる気? 僕のせいで?
教師の言葉って、カップルをひとつ破局させる威力があるのか。これは迂闊なこと言ったかも。
……どうしよう!?
うう、意図せず、重めの業を背負わされてしまったのでは。
……誰か知らないけど、彼女、本当にごめんなさい。
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