5-1 保健室反省会

「へー、それで雪たちはホテル街を歩いたんだ。んで、誠くんと進展は?」

「駅前のカフェでコーヒー飲んで帰りました……。でも手はつないだっていうか」

「んふっ!! マジっすかー。いやいや、大事にされているんじゃないですかー? ぷぷーー」


 給食が終わって5時間目の授業中。

 いつも午前中にあらかた仕事は片付けて、保健室ではうとうとしている時間。

 でも今日は、保健室登校の猫屋敷春風さんに歓迎会のことを聞かれて話してしまったが最後、のんびりどころではなくなってしまいました……。


「むぅ。どうして笑ってるのよぉ」

「12歳にそんな相談している雪がかわいくて。ほんとに24歳?」

「あーん、もうお菓子あげませんからねっ」

「あはははは。でもよかったね、元カレみたいなモラハラクソ男じゃなさそうだし」

「ちょっと、猫屋敷さんーっ!?」


 というか、私も生徒になんて話をしてるのって感じだけど。


「もう。それ絶対に、長谷川先生の前で言わないでくださいね?」

「え、なに? 雪のモラハラの元カレの話!?」

「だーかーらー!」


 開け放していた保健室の窓から爽やかな風に乗って、黄色い蝶がひらひらと迷い込んできた。

 猫屋敷さんは紙吹雪みたいなそれを一瞥して、ゆっくりと目を閉じた。

 その横顔を見て、思わずドキリとしてしまう。

 大人びたおごそかな表情に、たびたび彼女の年齢を忘れてしまうことがある。

 ……でも。

 今日は普段と少し空気が違う気がするかも。なにかあったのかしら。


 そういえば私、猫屋敷さんのことあまり知らない気がする。

 彼女の家族構成、好きなもの、好きな人、きらいなもの。

 どの生徒よりも一緒にいる時間が長いのに、うまく彼女の嗜好の虫食いを埋められない。

 それはテレビの中にいる人を相手にしているような寂しさがあるけれど、猫屋敷さんに限っては意図的にそうしているようにも思う。

 私に何も期待していないのかもしれない。

 だって私は一度も、彼女が感情を高ぶらせたところを見たことがない。


「もう絶対に、雪は傷つけさせないよ」


 彼女が鋭くつぶやいた言葉は、視線を宙にさまよわせて、私にではない誰かに宣言したように聞こえた。


「……あ。トイレ、行ってくるね」


 猫屋敷さんは珍しく柔和に微笑むと、ふらりと猫のような足取りで保健室を出ていった。

 黄色い蝶はその後を追うかのように廊下へと羽ばたき、保健室には私ひとり残される。

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