3-3 僕の話を聞いてくれ!
「
「はい神崎奈朋ですけど」
昼休み。友だちと話していた神崎さんを廊下に呼び出す。
「友だちといたのにごめんね」
「いーよ。どしたの~?」
くりくりとした純朴な目で僕を見上げてくる。
飲み会で早く帰れないことを告げるために呼んだけど、なんだか罪悪感で胸が苦しい……。
「あの、実は、今日さ……」
「あ、髪の毛ね! ダイショブまかせて! 一度実家に戻ってハサミとってくるから、ちょっと帰るの遅くなるかも。カラーもする? せんせー何色がいい?」
「え、いや……」
「は? 嫌ってなに。あ、先生だからカラーだめとか?」
「そうじゃなくて……」
「キャハハハ!! アキ違うよ~!! “恋”じゃなくて“変”て書いてどうする~!」
教室の中からはしゃぐ女の子たちの声が聞こえて、神崎さんがそわそわし始める。
「せんせーゴメン! 今、アキがラブレター書いてていいとこなの! じゃね、また!!」
「神崎さん! ちょ、ちょっと!?」
目の前でピシャリと扉が閉まり、置き去りの僕。
ひとかけらも言いたいことを伝えられてない。
こ、困った。ぜんぜん断れなかったどころか、今日楽しみにしてるんだけど。
……ヤバくない?
いやヤバいんだよ!!
あ、胃が、痛い。胃が、胃が……ちぎれっ、あがががが。
とりあえず、オアシスに移動、しよ……。
……
…………
………………
「HP回復ー」
「なんですかそれ。先生、コーヒーどうぞ」
「あ、おかまいなく……いつもスミマセン」
保健室のテーブルに頬をぺったりつけて、ダラダラとコーヒーとお菓子をいただく。
「やっぱり上原先生はヒーリング効果がありますよねー」
「もう、長谷川先生ったら」
にこにこ。
つられてにこにこ。
……ゆる。なにこのゆるさ。尊すぎるでしょ〜〜!
「いら。なに生徒の前でいちゃついているんですか!」
ベッドのカーテンが開き、顔を出したのは6年生の
ライトノベルのような名前の彼女はやはりライトノベルのようなちょっと変わった性格の生徒で、保健室登校児である。
「アタシもお菓子ちょうだい」
「もー、みんなにはナイショよ?」
上原先生は人差し指を唇の前で立てた。
春風はベッドを降りると、僕の隣にちょこんと座り、上原先生から栗まんじゅうを受け取った。
あ、下の名前で呼んでいるのは、彼女に強要されたからです。
「つかきみ、なんでいつもベッドに寝てるの。体調悪いわけじゃないんでしょ?」
「勉強してたの。先生、教えてくれる? 保健のおべんきょ」
「えっ?」
目にかかる寸前の前髪からのぞく、深い黒の瞳が僕の目を捉える。
僕の顔はみるみる沸騰して熱くなった。
「ナニしてたか、知りたい?」
春風が体ごと僕の腕に密着する。
熱い吐息をシャツ越しに感じて、腹の底からぞくぞくとなにかが這い上がってくる感覚とともに、全身があわだつ。
いやいや、相手は子どもだから。落ち着け。
落ち着くから……離れてくれないかなぁこれ!?
「ねぇ、せんせぇってさぁ……」
「ひっ!」
目を閉じて思わず小さく叫んでしまう。
片目だけ細く開けて隣を伺うと、春風は潤んだ瞳をゆっくりと瞬かせて僕の手を両手で取った。
にこっといたずらっぽく微笑む。
ちょっと春風さん? ナニする気!?
上原先生、なんとか言ってくだ……って、シンクのほうにいるし!
え、え、ええっ!?
蛇と蛙状態なんですが!
「せんせ。ちゃんとアタシに教えてよ、コレ」
春風は僕の腕を思いっきり引くと、自分の身体へと引き寄せた。
「ああっ!?」
油断した!
思いっきり彼女のお腹に自分の手が触れている!
OUTの文字が頭に浮かび、血の気が引いた。
春風は構わずニヤニヤしながら僕の手でお腹を撫でさせているし、指先にはお腹の感触がダイレクトに伝わってくる。
それは、なんともいえない……その……カッチカチというか……つるつるといいますか……えっと。
「……春風、なにこれ」
春風は僕の手を離すと、制服の下から『心と体にやさしい保健』と書かれた教科書を取り出し、「ふんす」とドヤ顔を見せた。
……。
ほんとに保健の勉強してたのかよ!?
「ふふっ……くふふふふ、あはははははっ!」
まーじーで、こーいーつーはー!!
僕が青い顔で(多分)口元を震わせているものだから、春風は心底おかしそうに笑い転げていた。
そんな彼女の頭の上で、ぽこんと軽い音を立ててトレイが跳ねた。
そばでトレイを持った上原先生の笑顔が少し怖い。
「猫屋敷さん、なにしてるの? 長谷川先生をからかわないでくれます?」
「なんだよー。雪だって止めなかったくせに」
「『上原先生』、でしょ」
「話のすり替えだー。上原先生だって誠くんの反応気になってたでしょ」
「ちょ、猫屋敷さん!? 追い出しますよ?」
上原先生の顔も真っ赤だけど、僕の顔も熱が取れない。気まずすぎて無理、帰りたい〜!
そこにゴングのようにチャイムが鳴る。
「予鈴! ぼ、僕行きますね。ごちそうさまでしたっ」
そそくさと逃げるようにして、僕は保健室を出た。
「誠くん! 次はちゃんと保健教えてね!」
後ろから春風がとんでもないことを叫ぶせいで、廊下ですれ違う教師たちにジロジロ見られるはめになった。春風あいつ許すまじ……。
「先生顔あかいー」
「お昼休みに保健してたってうわさー」
「やらしい顔の人に道徳ていわれてもー」
5時間目の道徳の時間は、半分くらい僕が道徳を問われる時間になっていた。なんでだよ!
………………
…………
……
すべての授業が終わり、子どもたちが笑顔で帰って行く。
毎日楽しそうなみんなを見てると、疲れも吹き飛ぶのがこの仕事だ。
だから。
昼休みは元気だった神崎さんが、5時間目からずっと大人しいのが気になっていた。
教室にほとんど人がいなくなったころ、神崎さんが僕の机に来た。
彼女はどこか思い詰めたように、眉間にわずかにしわを寄せていた。
「せんせー」
「ああ、神崎さん」
「お昼休みどこにいたの?」
「……うん?」
質問の意図がわからず首を傾げる。
「保健してたってなに」
「えっ? ……あ! いやあれは別にそういうんじゃ!」
「ふーん。あ・れ・は?」
「ひっ!?」
顔が怖いっ!?
「わたし先に帰る。ま・た・ね、せんせ!」
「あっ。神崎さん!?」
ランドセルを背負い直して、神崎さんは入り口まで走って行った。
そんな離れたら、僕の話ができないんですけど!
「ま、待って! ちょっと話したいことが――」
「じゃあの!」
じゃあの、じゃなーわ!!
ていうかなぜ知っている、広島弁を!
なんだよ、なんで話を聞いてくれないんだよ……。
廊下に出たときにはもう、神崎さんの姿はなかった。
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