3-2 残念なイケメン、鈴村先生
職員朝礼は週3回。
終わってHRまでに少し時間があるから、まずは教頭先生だけに声をかけて、ルームシェアの事情を話そう。よし完璧。
職員室の中央のひらけた場所に、先生たちがぞろぞろと集まってくる。
「あ。おはようございます、長谷川先生っ」
保健室の上原先生が僕の隣に立った。
「おはようございます、上原先生」
「今日はネクタイしていないから倒れませんね、うふふ」
「うっ。もーやめてくださいよー。あはは」
僕が倒れた日から上原先生とはちょっと仲良くなっていて、朝礼のときは隣に来てくれて会話もするようになっていた。
年齢も僕の2つ上で近いし波長が合う。同期以外で気軽に話せる同僚さんだ。
「おはよ雪せんせ! おっと僕と長谷川先生は同じ学年を受け持っているから隣り合わなければならない! なので間に失礼するよ!」
そしてその間にいつも割り込んでくるのが5年2組の担任、鈴村先生。
ご覧の通り頭のネジが数本外れている人だけど、肩を押されたとき、ちょっといい匂いがしたのが腹立った。
「オイ、はじめるぞ」
大変おいかつい風貌をお持ちで有名な教頭先生が前に出てくる。
彼が出ると僕だけでなく、どの先生も緊張した面持ちでピンと背が伸びる。……鈴村先生だけ首を鳴らしたりあくびを手で押さえたりと、いつも通り自由にしていたけれど。
「緊急の通達事項だ。昨日、隣町の小学校で教師の不祥事があった」
ドスのきいた声がよく通る。
誰もが口を引き結んで次の言葉を待った。
「前からいろいろ噂がある教師だったが……。小学5年生の生徒を家に連れ込み、いたずらをはたらいたそうだ」
えっ。小学5年生の生徒を、家に連れ込み……?
心臓がバクバクとカーニバルを開催しはじめる。
「まことにあってはならないことだ! 腹わたが煮えくり返る!!」
まわりの先生方が神妙にうなずいて聞いているなか、僕だけキョロキョロと挙動不審な動きを繰り返す。
「わかってるな? 教師がこのような間違いを起こすなんて、言語道断! お預かりしている大事な生徒に必・要・以・上に近づくヤツは……」
教頭先生は振り返ることなく、後ろの机を拳で叩いて「ダンッ!!」と大きな音を立てた。
「俺がこの業界……いや、この世から排除してやる……」
ああ、あの目は本当にやる目だ……。
じゃなくて!
なんだよそれ、タイムリーすぎるんだけどその事件! 神崎さんとのこと言い出しにくいわっ!
いや、言えるわけない。そんなの自殺行為と等しい。
よし。今日はちょっとお日柄じゃないみたいだし、やめとこうかな?
「教頭ー。先生同士はいいんですかぁ?」
はい、ここで空気読めない鈴村先生が挙手!!
「それはいいけど陰でやってくれよ」
教頭アッサリー!!
「よかったね、雪せんせー。僕たち付き合える」
「やっ、ちょっと鈴村先生……!」
鈴村先生が隣の上原先生の肩を抱く。
ぜんぜん陰じゃないし……。
「先生、本当に困りますからっ」
なんて自由なんだこの人は。僕はこんなにも頭を悩ませているのに……。
あーなんか。
気に入らない。
「鈴村先生やめてください。大人気ないですから」
強めの調子で言って、上原先生から鈴村先生を引きはがす。
「長谷川せんせ……」
……あれ? 上原先生の目、こころなしかキラキラしてない?
鈴村先生は虫ケラを見るような冷たい目で僕を見てるし。
……僕、やっちゃった……?
「……好きにはすればいいが、訴えられるようなことはしないように。じゃあ本日もよろしくお願いします」
教頭先生が解散の号令をかけると、先生たちは蜘蛛の子を散らすように戻っていった。
僕もそれにならい、スタスタと自分の席に戻る。
さてと。
机に肘をついて指を組み、
僕、一時のテンションにまかせていたからって、先輩になんてことを……!!
足はがくがくと震え、座ったまま立ち上がれそうにない。
鈴村先生ものんびりと席に戻ってきた。
無言で隣のデスクから日誌を拾い上げ、僕を見下ろす……気配を、感じる。
「長谷川先生さー……」
ひい、来たっ!
つつと背中に汗が流れた。
僕は目だけ鈴村先生に向ける。
「な、なんですか」
「なにしてんの? 教室行こうよ」
「えっ」
「顔色悪いけど、また倒れたりしないでくださいよー?」
この人、さっきのことみじんも気にしてない?
大物……だ……。
「あ、はい! 大丈夫ですっ!」
目の前の日誌に手を伸ばした。
うん、手も足も、動く。
「そいえば今夜、歓迎会でしたねー」
鈴村先生のコトバに僕は再び固まる。
あれ? 今日……だったっけ?
どうしよう、帰ったら髪切るって神崎さんと約束しちゃったよ!?
ダメじゃん!!
「そいえばなんで、歓迎される長谷川先生が幹事なの?」
「それは因果応報といいますか……」
「ふーん? まあ行こうか」
一難去ってまた一難というか。
新しい問題を抱えた重い体を引きずり、鈴村先生のあとを追った。
鈴村先生は僕より3つ年上の25歳で、見た目はすごく若い。そしてイケメンだ。有名人だと平野ショーくんに似ていて、色素が薄くて韓国アイドルっぽさがある。
そしてなんといっても、超楽天的な性格はすごくうらやましい。
僕は思い詰めるタイプだから、真逆の人間なんだよなぁ。顔のクオリティもね(自虐)。
鈴村先生はとても気さくな方で、変なことしなければいい人なんです。
「ねえ、長谷川先生のジャケットってどこのー?」
「古着です」
「パーカ下に着るのいいね」
「教頭先生の顔色うかがいまくりですけどね……」
「む。ジャケットはラフシモンズじゃまいか。まさかセットアップか!?」
「うわっ、なにしてるんですか!? 廊下でスラックス脱がさないでくださいよ鈴村先生っ!」
……こんなだけど。けっこう僕は鈴村先生に懐いてるつもりなので。
「きゃー! 先生たちがBLだぁー!」
5年2組の女子のたちがはやし立てる。
みんな鈴村先生が好きみたいで、満面の笑顔だ。
「あははは。早く教室に入りなさい。僕はこのおしゃれ気取り野郎が気に入らんだけだ!」
え、そうなの!? ショック!!
「じゃあね長谷川先生。今夜もよろしく」
「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします!」
先生と別れて1組のドアを開ける。
日直の号令で一日が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます