1-3 誠くんと奈朋ちゃん

 アハハ。これはキレていいよね!

 いっきまーす☆


「まじであんたどういうことか説明しろばかにしてるだろぉ!」


 バカ不動産屋の胸ぐらを掴む。遊びの多い服だからか華奢だからか知らんが、バカはぐわんぐわんと服の中で泳いだ。

 それさえも人をなめている気がして腹が立ち、僕は一層強く揺さぶる。

 HAHAHA! これでシックスパックができるといいですね!?


「ふむ、腕っ節はまあまあか」


 ジジイがなんか言ってるけど、もう知らん!


「くそ、こんなところにいられるか! 僕は出ていく!」

「ちょっ、はせっ……、それ、死亡フラ……ガフッ」


 バカの頭は首が据わらない乳児のように、揺さぶれば揺さぶるほど右往左往と動き、完全に涙目になっていた。


「良かった。思ったとおりの人だわ。雄一郎さん、わたしあの人に決める」

「そうでございますか、奈朋なほさん」


 おっさんたちの声の中に、鈴のように高く透き通る声が混ざって聞こえて僕は手を止めた。

 古式さんの胸ぐらを掴んだまま、ゆっくりと顔だけをリビングの入口に向ける。

 ダンディなスーツを着た品の良さそうなおじいさん……の隣だ。

 くまの耳のようなおだんごをふたつ、頭に乗せた少女がちょこんと立っていた。


 って、ちょい待てや。


 少女といっても、その、20代前後とかの女の子じゃない。

 手足の線がやたら細い、子ども。

 たぶん……小……学生?


「女性って言ったよね……古式さん」

「小さくても立派なレディです☆」

「うるさいわ! え、何? この子が住むの? ひとりで?」

「はい。契約は彼女だけっス」

「ええっ? いやまじかよ。なんだよシェアメイトじゃなくて、世話する人間を探してんじゃん……」


 古式の服を手放し、雑に頭をくしゃくしゃとかく。その瞬間、目の端に女の子の悲しそうな表情が映った。


「……」

「……」


 く、空気が重い……。

 なんだよ。僕のせいだっていうのかよ。


 あの子も可哀相だよな。こんなにも大勢の大人に引っ張り回されて、結局このザマなんだから。

 でもさすがに僕だって、偽善や同情で自分の生活を犠牲になんてできない。

 犬や猫でも、社会人一年目での世話には覚悟が必要だ。自分の子でもない人間ひとりの面倒を見るなんて、荷が重すぎる。冗談じゃない。

 あの子には悪いけどここは心を鬼にするしか。


「そうですか……。なら、仕方がないですよねっ」


 よどみ切った空気をかき消すように明るく口を開いたのは、大人の誰でもなく少女自身だった。

 今にもこぼれそうなほど瞳に涙を溜めているのに、それでも無理やり笑みを浮かべようとすらしていた。


「こんな子ども、迷惑だってわかってます。ごめんなさいでした。……では、次の候補の方でお願いしますね、古式さん」


 ……きみのせいじゃない。

 事情は知らないけど、きみとの生活を放棄した大人たちが悪いんだよ。

 でも僕は他人だから、そうやって無責任に声をかけてあげることもできない。

 だからせめて情を見せないように、少女に背を向け続けた。


「はぁ。あと自分の担当は男性2名っスけど」


 カチャカチャとPCが鳴る。


「えっと……個人情報だからあまり詳細は言えないっスが、『今月親に家を追い出されるけど一人暮らしは無理だからシェア希望乙』って言ってた無職38歳と、あとは、まーあんま職業は関係ないと思うっスけど、オトナの動画会社に勤務している家賃交渉が激ウザな23歳っスかね~」

「? 一緒に暮らしてくれる方なら、わたしは……」

「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」


 待ったコールをあげた僕に、一斉に視線が集まる。

 いいのか?

 ごくりとつばを飲み込む音を、みんなに聞かれたかもしれない。


「待った……とは?」


 おじいさんが眉根を寄せる。

 だって、普通に考えて! どこの馬の骨か知らない変な男とこの純朴な少女が住むなんて、絶対にいいわけない。

 それに涙を我慢して気丈に振る舞うこの子を。

 これ以上もう見ていられなかったから。


「僕、決めますから! ここに住むこと!」


 迷いを断ち切るように、はっきりと言い放つ。

 そんな僕のことを、少女は口を半分開けて見ていた。


「大丈夫です。僕、彼女とうまくやれる自信がありますから」


 少女の前に行って膝を折り、目の高さを合わせて微笑む。


「きみはどうかな?」

「――っ!」


 コクコクと一生けんめいに首を縦に振るのを見届け、ポンと頭に手を乗せた。

 立ち上がり、隣のおじいさんと視線を合わせる。


「僕、今年から小学校教諭として働くんです。この子、僕が責任持って預かります」

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