1-2 誠くんと奈朋ちゃん

 ……だったんですケド。なにこのおうち、すごくいい。

 さっそく移動した先の物件に足を踏み入れて、僕は感動に打ち震えていた。


 まずオートロックの新築! 玄関は広くて、大きなシューズボックスも完備。部屋は7帖と5.5帖の二部屋で、それぞれ収納がついている。トイレとバスももちろん別だ。

 キッチンはなんとカウンター付き!? えっセレブすぎじゃない?

 職場の隣の駅だし最高なんだけど! なんか今日の僕ツイてる!


 共有部分にはすでに新品の家具が運び込まれていた。リビングの端には、カッシーナと書かれた段ボールが重ねて壁に立てかけられている。

 どこの家具屋か知らないけどセンスはいいな。こっちのダイニングテーブルの天板も、シンプルでツルツルしていていい仕事してる。

 いいじゃんいいじゃん。あとは、ここに住む人と合うかどうかってところだな!


「古式さん、ここどんな人が住むんですか?」

「え?」

「いや、シェアする人どんな人かなって……」

「ああ、それな! ちょっと確認しますね!」


 なんでそれ知らなかったんだよ。

 つか、もし女性だったら?

 はは、ちょっと困るなあ。

 いちお僕、フリーだけど。

 向こうからどうしてもっていうなら、そうなっても拒むことはないけどさ。


『長谷川さんのために朝ごはん作ったんです。食べてくれますか?』

『もちろんだよ、ありがとう。チュッ』


 ……みたいな。うわ〜〜〜〜キッスのご褒美とか、してみてえええ。


「あ、男性の方だそうです〜」


 ……デスヨネ、知ってた。

 力が抜けた僕は、ダイニングテーブルに突っ伏した。

 古式さんは、まるで我が家かよという風に新品のソファに堂々と座ってPCを叩きながらつづける。


「えっと、42歳。神崎白蛇かんざき びゃくじゃさん……」


 びゃ……?

 幽☆◯☆白書に出てきそうないかつい名前だけど、大丈夫? こんないい部屋を4万円で用意してくれて、高価な家具を用意できるような大人の男が、わざわざ男とルームシェアをしたいって……。


「……ノンケですか?」

「ノンケですよ?」

「即答ですね」

「だって今来た契約メールに書いてるもん」


 そんなの書く欄あるか!? 失礼すぎだろ!

 ええい長谷川誠はせがわ まこと、冷静に考えろ。恐ろしく条件が良すぎるぞ。

 都心から離れてはいるけど一応新宿まで電車で30分だし、1Rのマンションも平均6万はする。なのに、2LDKのシェアハウスに4万しか払わなくていいなんてことあるか? 絶対ウラがあるとしか……白蛇びゃくじゃがウラだよ! 目を逸らすなよ僕!!


「あっれぇ。間違えてたっスわ〜。すまんス!」


 頭を抱えていた僕は、古式さんの間の抜けた声に顔を上げた。

 ここからでは彼の背中と後頭部しか見えないけど、PCを叩くツッターン!の連続音が、何かの核心に迫っているかのような期待を沸かせる。


白蛇びゃくじゃさんは保証人っスね。ルームメイトは女性っスわ〜」

「……え」


 まじで?

 そんなおいしい展開ある?

 じゃあなんで白蛇はノンケアピールしてたんだよ関係ないじゃんおまえ!

 つか、今度はうまくことが進みすぎて、逆に尻込みしてきたんですけど?


「まぁ相手は、はせっちを気に入ってるみたいだし」

「え? なんで僕のことを知……」

「キッスのご褒美できるかもっスね☆」

「おい、なぜそれを知ってるのー!?」


 嘘だろ、さっきの口に出てたの?

 は、恥ずかしすぎる! 僕、今、今すぐ死ねるわ!


 ピンポーン!


 玄関から来客が訪れるチャイムが鳴り、僕たちの動きが一瞬止まった。

 無意識にベランダの窓に手をかけていた僕のチキンハートがばくばくと暴れる。


「来たっスよ来たっスよぉ、シェアメイトのお方っス! って何してんスかはせっち、早く窓締めてください!」

「ひっ! 来るの早くないっ!? こ、心の準備がまだっ……」


 僕の心の準備などには構わず、玄関が開く音がした。

 廊下を歩くスリッパの音が近づいてくる。

 ついに目の前のドアをバタンと開けるがした!

 はい! ヘタレ僕! 超・目を手で覆ってます!!


 リビングのドアの前あたりから、ふーっと深いため息が聞こえた。

 新キャラ来てる来てる〜っ!

 せ、せっかく相手が足を運んでくれたんだ。僕だってずっとこうやって、現実から目を逸らしているわけにもいかない。

 すーはーすーはーと深呼吸してから、ゆっくりと目から手をどけて僕は固まった。


 嘘だろ……。

 茶色の細身のパンツに、セットアップのジャケットが目に入る。

 そんな……。

 無駄な贅肉のないあご。その少し上方には知的な丸い黒メガネが光り、美しいシルバーのショートヘアがサラリとそれにかかっていた。


 僕たちの目の前にいたのは、どう見ても。



 知らないおじいさんだった。

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