第11話 読書タイム終了です

 *いま いちばんあいたいひとは だれですか?*


 そう書いてあった。

 絵本の窓は、灰色ののっぺりした枠だけが描かれている。

 会いたい人?決まってるじゃないか。両親は離れて暮らしているが、会おうと思えば色々な手段がある。会社の人たちは……基本、会社でだけで良い。彼女?……だからな?そっとしといて?


 会いたい人、その人には、会いたくてもすべがないよ。


「ばあちゃん……」


 誰に話すでもなく、俯いたまま、小さく呟いた。ブーケをキュッと握りしめていた。

 今日は何なんだろ?不思議な時間だなぁ。


 壁を見ると、窓が変わっていた。絵本に描かれている灰色の枠ではない。ちょっとレトロな窓だ。細かく桟で分けられていて、それぞれ模様が入ったガラスやステンドグラスのような色の付いたガラスが嵌め込まれていて、パッチワークのような窓だった。

 見覚えがある。見間違い様のないその窓は……


「ばあちゃんちのだ」


 それも、ばあちゃんの部屋の窓。じいちゃんが作った、ばあちゃんお気に入りの窓だ。

 何?この絵本、やだ怖い!

 ちなみに、じいちゃんは元気にその家で独り暮らしを満喫しております。


 鍵を開けて窓を開ける。これが最後の窓だ。ほとんど透明なガラスを使っていない窓だから、開けないと向こうが分からない。


 思った通り、ばあちゃんの部屋だった。小学生の頃は、夏休みになると一週間くらい遊びに行っていたから、よく覚えている。この部屋はばあちゃんの書斎だ。本を何冊か書いたそうだけど、子供には難しくて読めなかったから、内容はもとよりタイトルも知らなかった。

 絵もうまくて、ほら、あっちの壁に掛かってるような自然いっぱいの絵が多かったな。


 でも、そこにばあちゃんはいない。

 当たり前か……

 何か、息が詰まったような感じがしてきた。

 でも、久し振りにこの部屋が見られて、空気が感じられて、懐かしい気持ちが溢れてくるのが分かる、うん、嬉しいのが勝っている。


 左手を見る。あのブーケを握ったままだった。このピンクのスイートピーは、実はばあちゃんの好きな花だったんだ。それでさっき手に取ったんだ、俺。


 しばらく部屋を、それこそ穴が開くほど見た俺は、ブーケをそっと机に置くと、窓をそっと閉じた。鍵をかけ直し、ソファに戻った。

 何だか力が抜けてしまったようで、深く座ると目を閉じ息と心を整えていた。


「疲れた……でも、何か充実感?」


 これだけ時間をかけて絵本を読んだことなかったなぁ。

 こんな変な場所で、ビショビショに、バサバサになりながらの読書なんてなかったなぁ。

 ばあちゃんを思い出すなんて、思ってもみなかったし。

 不思議な日だ、今日は。


 色々な思いが、頭の中をひとしきり走り回った後、やっと落ち着いてきた頃を見計らったように、扉がノックされた。


「水瀬様、読み終わられましたか?」

「あ、はい!お待たせしました」

「いいえ……っと、なかなか派手に読まれたようで」


 扉を開けたエルブさんが、部屋の中の状況に少々、いや、かなり驚いている。

 そうだよな。床は海水で濡れていて、海草のやらロープの切れ端やらが散乱していて、俺は……な、あの惨状だよ。絵本が濡れなかったのは幸いだ。


「本は無事ですよ」

「そのようで。あ、お部屋の事はご心配なく」


 そう言いながら、隣の部屋に誘導してくれる。小さなテーブルには、あの長い廊下に入る前の部屋に置いてきたはずの、図書館で借りた本が入った袋が置いてあった。翡翠さんが届けてくれたのかな?そこに、絵本も入れた。


「紅茶をどうぞ」


 横に翡翠さんが立っていた、びっくり!

 どこからか紅茶を持ってきてくれたようだ。


「読書は楽しめましたか」

「はい、楽しみ過ぎてこんなですよ」

「お楽しみ頂けたようで良かったです」


 紅茶の良い香りを楽しみながら、ゆっくりと頂いた。翡翠さんが、窓からは外を見ているのに気付いて俺もそちらに目を向けた。


「雨?」

「雨ですね」


 レインコート、持ってきてないぞ?


「大丈夫なようですよ。後でご案内致しますね」


 と、翡翠さんが言ってくれたので、甘えさせて頂くことにする。何があっても驚かないぞ!


「さあ、これでご褒美の時間は終了です。お楽しみ頂けましたか?」

「はい、もうたっぷりと!」

「良かったです。これをお渡しします」


 差し出してきたのは、緑色のカードだった。図書館のカードかな?


「はい、この図書館のカードです。これで、いつでも来られますよ」

「そうなんですか?」

「はい、近くに来ている時だけ、ですけれど」

「近くに?」

「移動しているので、この図書館は」


 移動してるんだ。建物ごと?どうやって?


「秘密」


 人差し指を口に当てながら翡翠さんが言う

 エルブさんは通路で頷いている。


「さて、行きましょうか」


 翡翠さんに促されて立ち上がった。

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