第5話 落とし物をお返ししました
小一時間も話をしていただろうか、途中で気が付くとテーブルの上にサンドイッチがあったり、フルーツが置かれたりと、なんだか充実した時間を過ごしていた。
これなら帰りにコンビニで弁当買って帰らなくても良さそうだ。
「あ、そうだ、帽子!」
唐突に思い出すものだ。袋から帽子を取り出そうとして、借りてきた本ごと出した。帽子は相変わらず淡く光っていた。
「図書館の二階の奥にある閲覧席で見つけたんです。テーブルの下に落ちてました」
「ああ、あそこですよね~。奥にあるちょっと隠れ家的な……」
「そうそう、ご存じなんですか」
「私も時々行くんですよ?お気に入りは奥の右側です~」
「あ、俺は左側です」
差し出した帽子を受け取った翡翠さんは、何かを確認するように引っ張ったり裏返したりしている。そして、小さく頷くとエプロンのポケットにそっと入れた。
「時々あるんですよ~。帽子が勝手に動くことがね~」
はい?帽子が勝手に、ですと?
つい、変な想像をしてしまう俺。
帽子に手足がヒョロッと生えて、トコトコ歩く。ん?目はあるのか?アタマの中を奇妙な帽子が駆け回る。
「あ、何か変な想像したでしょ~」
「あ、いや……はい」
「手足は生えませんよ」
心が読めるのか?怖いじゃないですか!
見上げると、ちょっと細めた目でニッコリとこちらを見ている。やめて、怖いよ。
「あのー」
ちょっと気になっている事を聞いてみることにした。
「その帽子、光ってますけど、何か特殊な加工でも?」
「ああ、これはね~、特別な糸を特別な編み針で編んでいるんですよ~」
「特別な、ですか」
「はい」
「どんな?」
「秘密」
「教えて?」
「やだ」
言葉遣いが崩れてきたぞ。
「この件は今はお教えできません。その代わりと言ってはなんですが、取って置きのお部屋にご案内しましょう」
そう言うと、借りてきていた本を机から持ち上げ、俺に渡すと立ち上がり、移動を始めた。ポスンと本を受け取った俺、トコトコとついて行くのであった。素直過ぎ?
そこは、この建物に入ってきた最初の部屋から右、お茶をした部屋の逆側にあった。
本棚の中に作られたドアを開けて、中に入ると、暖炉の部屋より一回り小さい部屋だった。窓は無いようで、入って正面と左の壁には様々な大きさの絵画がシンプルで上品な額装を施されて掛けられていた。
そして、右側の壁にはもう一つ扉があった。観音開きの大きな物だ。部屋の真ん中には図書室の閲覧席と同じようなテーブルが一つと椅子が三脚置いてあった。
俺は奥の、翡翠さんは入り口側の席に向かい合うように座った。
「さて、ご案内したいのは、その大きな扉の向こうなんですよ~」
と言ってはいるけど、この建物の外から見た感じでは、その扉辺りが外壁だと思う。
開けたら、はいお外でした~なんて言わないよな?
「言いませんよ~?」
……だから、怖いって!
「図書館のカード、出して頂けますか~?」
「カード?あ、はい」
テーブルの引き出しから何やらカードリーダー的な物を出すと、キュッと通す。ピッじゃないんだね。聞き慣れないわー。
「ほう、たくさん借りてらっしゃるんですね~」
「分かるんですか?」
「はい、分かりますよ~」
と、タブレットの様な画面をこちらに向けてくれた。スクロールしていくと、大学生の頃、その前の高校、中学、そして、週末毎に親と自転車で通った別の図書館のものまで表示されていた。
「小さい頃のは覚えてないけど、これ、俺の記録?」
「そうですよ~。何と本日で3333冊達成です!」
どこからか拍手の音とクラッカーの弾ける音、ピューピューという指笛の音がしてきた。誰かいるのか?とグルッと見回しても誰もおらず、気味悪くなって翡翠さんを見ると、手に 持った何かボタンの付いた物が……。翡翠さんがニッコリ笑ってもう一度押す、と、さっきの音。そこか!
でも、このパラパラと舞い落ちてくる紙吹雪の元はどこだ?
「そんなに借りて読んでたんだ、俺」
「そうなんですよ~」
だけど、小学生の頃はカードなんて無く、手書きだったよ、確か。
そんな前の記録まで、どうしてカードで分かるの?と言う俺の疑問は知ってか知らずか、翡翠さんは続ける
「そして、今宵はその記念のご褒美で私どもの図書館が呼ばれましてね~」
「何で?」
「招待状をお待ちくださったでしょう?」
「知らないし!」
そう、招待状なんて知らない!
一気に怪しさしか感じないぞ?
「ほら、これですよ~」
と、ポケットから出してきた物を見せてきた。
「帽子?」
「はい、帽子です~」
「いやいや、帽子じゃん」
その帽子は落とし物であって招待状ではない!はず……でしょ?
「招待状だし」
「はいぃ?」
俺は、落とし物を持ち主にお返ししただけだし!
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