第4話 図書館でお茶しました

「また?ああ、そこも図書館でしたね~」

「あのー、そろそろ手を……」

「はい?ああ、こちらですよ~」

「え?いやいや……はい」


 話聞いてる?。

 何が悲しくて、金曜日の夜に図書館裏の図書館(?)で、初対面の男とお手て繋いでんのよ、俺。

 反論できないまま、左隣の部屋に通された。そこには、入って右の壁に暖炉があり、その前には大きな深緑色のソファが置かれていた。

 案内されたのはそちらではなく、逆サイドの窓際。窓からはさっき出てきた図書館の通用口が見えている。ドキドキしたよ……もし知らない景色だったらって。あ、おじさんが出て来た、帰るのかな?こちらを見て手を振っている。つい、思わず俺も手を振ってしまった。


「お名前は水瀬一樹みなせ いつきさんですね~」

「はい、え?何で知ってるんですか?」


 確か、初対面ですよね?

 え?もしかして超能力者とか?


「いいえ~、今知りましたよ、ほ~ら」


 手に持った何かをこちらに差し出しながら言う。


「あ、図書館のカード」


 確か、ジャケットの胸ポケットに入れてたはずなのに?と探ってみたけれどなかった。あれ、やっぱり俺のカードだ。


「さっき転んだ際に落とされたようですね」

「そうみたいですね。ありがとうございます」


 左手で受け取った。右手はあれからずっと繋がれたままなのだ。ちょっと手汗が気になってきた。

 窓際に置かれたテーブルには、燭台が置かれていて、三本の蝋燭に火が灯されていた。よく見ると、本当の炎ではなく、炎の形をしたガラスのようなものがチラチラと光っていた。コードが見えないところにあるのかな?他には小さな陶器の花瓶に可愛らしく花が生けられていた。テーブルの一辺は壁に付けられていて、後の三辺に椅子が置かれている。俺は左側に窓を見ながら椅子に座った。


「少々お待ちくださいね~。お茶をお持ちしますので~」


 と、『おかまいなく』と言おうと口を開きかけた俺にスイッと背を向けて部屋を出て行った。

 やっと俺の右手が俺のもとに帰ってきた。スラックスのポケットからハンカチを出して、軽く手汗を拭いた。


 外を見ると、図書館はすっかり閉館しているようだ。建物の右の角の向こうに、俺の自転車の一部が覗いている。上の階には色々な会社のオフィスが入っていて、まだ仕事中のようで、所々明かりが見える。まだ、出られなくて困ることにはならなさそうだ。


「広くないか?」


 本の入った袋をテーブルに置き、部屋を見渡して呟いた。この建物に入った時からあった違和感って、多分これだ。外から見た感じより中が広い気がする。この部屋だけでも、外から見た建物の幅より広そうだ。


「やだもう、ファンタジー」

「何がです~?」

「わあっ!」

「お茶、お待たせしました~」


 いつの間にか、男性が戻って来ていた。気配もなく横に立つの、やめて?心臓がツーステップを刻むから!


 カップが置けるように、袋を椅子の背に置き直すと、男性が……


翡翠ひすいです~」

「はい?」

「名前、言ってませんでしたね」

「翡翠さん?」

「は~い」


 嬉しそうに、片手を高く挙げてお返事しているよ、翡翠さん。

 それでも、すぐに手を下ろすとワゴンに乗せてきていたティーセットをテーブルに並べていった。


「あ、ほんとにお構い無く」

「はい?帽子のお礼です、ご遠慮なく~」


 お菓子まで並べ出したよ。あ、晩ごはんがまだだった。思い出したらおなか空いてきた。よし、ありがたく頂こう。


「ありがとうございます。頂きます」

「どうぞ召し上がれ~」


 そう言うと、自分のカップも置いて、俺の斜め前に座った。この時になって、やっと落ち着いて翡翠さんの装いに目が向いた。

 黒の細身のパンツに黒い革靴、白いシャツは柔らかそうな素材で、袖口には緑色の石が嵌め込まれたカフスボタンが付けられている。確か、外にいるときは深い緑色の生地で、縁に細く刺繍が施された丈の長いジャケットを羽織っていた。どこかに置いてきたのか、ジャケットは無く、代わりに深緑色のギャルソンエプロンを着けていた。


「どうしました~?」


 翡翠さんの方を見ると、カップに手を添えた状態でこちらを見ていた。そして、お菓子の方を手で指してきたので、マドレーヌかな?貝の形をした焼き菓子を頂いた。


「いえ、おしゃれな服だなと思いまして」

「ああ、これですか?制服みたいなものですよ」


 頷きながら、お顔も観察。

 艶々の黒髪は、長くはなかった。ごく普通。瞳の色が左右違う色、なんてこともなく、こちらもごく普通だった。

 ひょっとして、期間限定のイベントとかなのか?とも考え出していた。


 そう思ったら、何だか緊張がとけて、しばらく翡翠さんと話をしながらティータイムを楽しんでいた。

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