第3話 また図書館ですか?
ここは、あの二階のお気に入りの閲覧席から見えていた場所なので、見慣れていたはずなのに、目の前には見慣れないモノがある。
確か、図書館の建物から生け垣までは芝生しかなかったはず。あ、木のベンチが一つあったわ。
ただ、今は生け垣もベンチもない。あるのは……
「何?この建物」
小さな家、というよりはヨーロッパの古い煉瓦造りの店のような建物がそこにあった。中央に木の扉があり、その両側に小さめの格子が入った大きな窓がある。さっき俺を後ろから照らしたのは、そこから漏れる光のようだ。明るすぎて、中の様子は見えない。
目を細めて観察してみると、扉は木でできていて深い緑色に塗られている。真鍮製(たぶん)のノブで開閉するようで、ノブはピカピカに磨かれている。凹凸のある扉本体も埃や汚れは見当たらない。
壁は赤い煉瓦が積まれているが、所々欠けていたり凹凸があったりして、レトロな感じがしている。
……はっ!
待て待て!おかしいじゃないか。
さっきまでなかった何かが目の前にあるんだぞ?つい、うっかりしっかり観察を続けるところだったよ。
近づいてはいけない感じがプンプンしますよ?これって、なかなかファンタジーな展開になってないか?この扉の向こうは、最近よく聞く〈異世界〉なのか?
そういった内容の話は読んだことはないが、噂(その辺りにとても詳しい友人談)では、異世界とやらに引き込まれて戻って来られなくなる人もいるとかいないとか?戻って来られなかったって言うのを知ってるのは何故?
だが、それはさすがに困るぞ?仕事もあるし、離れているが家族だっている。彼女は……まぁいいとしてだな。こっちから巻き込まれることはない。
さて、どーしましょ?
え~と……そうだ、見なかったことにしよう!そう決めると、視線をぐい~っと左に向けて、駐輪場のある方向にそ~っと向きを変えて、そろ~りと歩き出した。
何か、おかしな力で止められることもなく、足は順調に進む。いいぞ、建物の角の向こうに、俺の自転車が見えてきた!
後ろは振り向かない!気になるよ?気にはなるけど、今は自分の自転車に集中だ。
あと数歩で角を曲がれる所まで来た時だった。
俺を後ろから照らしてくる光が瞬いた。ほら、切れかけの蛍光灯がチカチカするみたいな。あ、最近はLEDの照明が増えているから、あんまり見なくなったけど。
気になって、つい止まってしまった。絶対振り向かないぞ!と……思ったのになぁ。
「ああ、その帽子、拾ってくれたんだね~。それ、僕のだよ~」
と、妙に語尾が伸びる、男性の軽い声が聞こえてきた。どうする?俺。
ここは、聞こえてないという
あれ?でも、今は帽子は袋の中で見えてないはず、だよな?
「見えてるよ~、ほら、光ってるし~」
「あ、ホントだ」
「なぁんだ、聞こえてるじゃな~い」
「う」
会話してしまった。聞こえてないふり作戦は、やらない内に崩れてしまったよ。だめだめじゃん!
仕方ない、と振り向いた。
それはもう、あからさまに渋々と。
「何?その嫌そうに振り向くの~」
「いや、だって怪しいし……て、どこ?」
声の主が見当たらない。窓からの光は僅かずつ弱まってきているようで、さっきよりは建物が見やすくなっているようだけど、建物の近くには人の(人か?)影が見えない。
「やっぱり気のせいかな?」
「いやいや、いますよ~」
「ぅ、わ!!」
すぐ横に立ってるのに気が付いていなかった。何故か、俺と一緒になってキョロキョロしている男性がニコニコと微笑みながら俺を見下ろしていた。
「こんばんは。帽子、届けてくださって嬉しいです~」
右手を差し出しながら言ってきた。
それにしても背が高い。頭一つ分違う感じだ。うん、これも聞いたことあるぞ。何でそんな設定なんだ?あ、まだこの人が異世界とやらの人とは限らないか。
「あ、こ、こんばんは」
つい流れで挨拶を返してしまい、右手を出してしまった。と、手をキュッと握られ、ブンブンと振られるような握手の後、パシッと左手に持ち替えられると、建物に向かってスタスタ歩き出した。いや、待って待って!
不意に歩き出されると、バランスが取れず、引きずられるように歩いてしまう俺。何だかしっかり巻き込まれている様子です。
「帽子を届けてくれたお礼、させてね~」
「あ、いや、お構い無くっ!って、あっ」
扉の前には、石の階段が3段、あったのね。
見事に一段目で躓きましたとも。
男性の手をグイッと後ろに引くような形になり、クルッと振り向いた男性のお腹に頭から突撃してしまった。
「きゃ~、大胆っ」
「いや、ちがっ、とっとっと!」
待ってました、みたいに扉がスッと開くと、蹴躓いた俺と、俺に押されるような形で帽子の持ち主が中に飛び込んだ。
俺たちが中に入るのを確かめたのか、扉は静かに閉まってしまった。
二人とも、床に倒れこんでいたが、手だけはしっかり握られていて離されることはなかった。帽子の持ち主が先に立ち上がると、繋いだ手をグイッと持ち上げられて立つことができた。床には分厚い絨毯が敷かれていたので、倒れても痛くはなかった。
「ようこそ。我が図書館へ」
右手を優雅に建物の中に招き入れるように動かし(もう入ってるけど)ニッコリと言われる。
見回すと、図書館と言われるだけあって、壁いっぱいの本がぎっしり詰まった棚やレトロな照明の置かれた閲覧席が見えた。
「え?また図書館ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます