第2話 落とし物を拾いました

 本をまとめた時にコトンと、何気なく置いていたスマホが床に落ちた。ここの床にはカーペットが敷かれているので、壊れる心配は少ない。今まで何度も落としているので、自信を持って言えるぞ。

 本をテーブルに置きなおして、椅子を引いてスマホを探す。足元の少し奥に落ちていたので拾う。と、その奥の壁際に何かがあるのが見えた。


「帽子?」


 白いニット帽だ、ごく普通の。ただ、俺はかぶれない。


「えらく小さいな」


 そう、小さいんだ、ペットボトルのキャップにかぶせるとちょっとゆるいくらい。人形用かな?とても細い糸で編まれている。

 不思議な輝きのある糸だ。ラメではないようで、テーブルの下で糸自体が薄く光っているように見えた。そうだ、光るキノコだ、あれの光る感じに似ている。そんな毛糸って、あったっけ?気が付くと、拾い上げて観察していた。


「落とし物、だよな。子供が持ってた人形の帽子とかかな?カウンターに持って行こう」


 重ねて持った本の上に乗せて閲覧席を出た。


 俺が去った閲覧席の窓際に小さな影が走ったが、背を向けていたので気付くことはなかった。


 そろそろ閉館時間だから、他の閲覧席に座る人はあまりいない。階段を降りていると、急ぎ足でかけ降りて来た女性が横を通り過ぎて行った。その人も本を借りるようだ。カウンターに向かっている。


「これ、お願いします」


『貸し出し』のカウンターに本を出すと、顔見知りのおじさんが慣れた手つきでバーコードをピピッと読み込み、直ぐに手続きは終わった。さっきの女性も一足先に隣のカウンターで貸し出しの手続きが終わっていた。

 本を袋に入れている内に、女性は相変わらずの小走りで図書館を出て行った。追い掛けるように(追い掛けてはない、決して!)出ようとしたのだけれど。


「あ、れ?」


 自動ドアが開かない。まだ閉館時間ではないし、だとしても直ぐには閉まらないと思うのだけれど?


「開かない?」


「どうしました?」


 図書館員のおじさんが気付いたのか、声をかけてくると、カウンター脇からこちらに向かって来た。


「ドアが開かないんですけど」


「え?」


 と言って、駆け寄って来てくれたものの、直ぐには分からないようだった。手でグイ~っと開けようとしてもダメなようだった。

 俺、今晩はここに泊まるのかな?わーい、今夜は読み放題だぁ~♪……なワケはなく。


「すみません。私では分かりかねますので、今日は通用口からお帰りいただけますか?」


 そうですよね?通用口がありますよね。

 了承すると、案内してくれた。カウンターのちょうど裏にあたる場所だった。


「出ると、左に曲がって建物沿いに歩いたら駐輪場に着きますので、そこから表通りに出られます」


 そう言われて、外に一歩踏み出した。


「あ」


「はい?」


 何かを思い出したように、後ろから声をかけられ、振り向くと。


「帽子の落とし物でしたか。持ち主の方、近くにいらっしゃいますよ」


「え?」


 すぐに反応できずにいると、おじさんはにっこり笑って俺の持つ袋を指差し、軽くお辞儀をして、そっと扉を閉めた。


「あ、帽子渡すの忘れてた」


 袋を覗き込むと、本の角に引っ掛かるかたちであの帽子が入っていた。相変わらずほんのり光っている。

 持ち主が近くにいるって?どこにいるのか聞こうと扉を見たのだけれど、すでに中も外も照明が落とされていて暗くなっていた。


「早くない?」


 まだ閉館までは何分かありますけど?

 見回せば、一階や二階の窓の明かりも消えている。俺がカウンターに向かう時には、まだ二階に人が少ないけどいたはず。


「節電?」


 たぶん違うと思うけど、実際消えてるから、もうそう思うことにした。うん、節電だ!

 まあ、帽子を渡すのは次に来たときでも良いかな、と思った時だった。

 目の前の扉に、俺の影が映った。結構くっきりと。

 と言うことは、後が明るいってことだよな。裏の道までには生け垣があるし、いつもそんなに明るい照明ではない通りだ。どちらかと言えば、提灯とかチョウチンとかちょうちん。飲み屋さん街だ。


 そう思いながら振り返った俺の目の前には、生け垣でも、飲み屋さん街でもなく、全く思ってもいなかったものだった。



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