アンドロイドは海を見たいのです。
犬丸寛太
第1話アンドロイドは海を見たいのです。
海。青い海、コバルトブルー、エメラルドグリーン、砂浜、海岸線、水平線、波打ち際・・・。
「えーと、えーと。」
頭の中に記録されている“海”に関係する言葉をつぶやき続ける。
「何をぶつぶつ言っとるんじゃ、ミウ。」
「博士―、私、海が見たいです。」
「記録室に行けばいくらでも見られるじゃろ。南エリアにはビーチもある。行ってくるといい。」
「違うんです。私、“本物”の海が見たいんです。」
「本物と言ったって、もうこの地球に自然の海は存在しておらん。諦めろ。」
「そんなぁ・・・。」
隕石が衝突して数十年、幾度目かの氷河期を地球は迎え、暗雲と氷に塗り替えられた地表を棄てる事を余儀なくされた人類は、地下、あるいは宇宙へと住処を移しました。
ここは第7アースクレイドル。そして私と博士はその西エリアの端っこのN区画。通称ナガサキの居住エリアに住んでいます。
博士は私を造ってくれた人。てっぺんハゲで怒りっぽくて、三日に一回くらいしかお風呂に入らないけど、私の大切な人。
私は博士が造ったアンドロイド。本当は黒髪だったけど、博士におねだりして深い青色に変えてもらいました。瞳も青が良かったけど博士にめんどくさいと言われたので代わりに縁の青い眼鏡をかけてます。
「ねー博士。博士はなんで私を造ったの?」
「何度も言ったじゃろ。暇つぶしじゃ。」
博士は天才で何でも知ってるけど、私には何も教えてくれない。
「なんで女の子なの?」
「別に理由なんぞないわい。」
「もしかしてエッチな理由?」
「違うわい馬鹿タレ。」
本当かなぁ。
「なんで他のアンドロイドは人間みたいなのに私だけ球体関節なの?」
「その方が造りやすかっただけじゃ。」
嘘ばっかり。球体関節の方が難しいって聞いた事あるもん。
「私いつも馬鹿にされるんだよ。」
「それは周りの奴らにセンスがないだけじゃ。それに球体関節なら取り外しも簡単でお前ひとりでもメンテナンスができる。ワシが死んでも大丈夫じゃ。」
これはたぶん本当。博士はぶっきらぼうだけどちょっぴりだけ優しい。
「悲しい事言わないでよ博士―。」
私は博士のてっぺんハゲの所をぺちぺち叩く。
「よさんか馬鹿タレ!」
「でも私、やっぱり人間みたいな体がいいよー。ねー博士―。」
カチカチの肩をトントンしながらおねだりしてみる。
「今更機嫌を取ってもダメなものはダメじゃ。それにほれ、球体関節ならではの機能をこの前組み込んでやったじゃろ。」
「これの事―?」
私はその機能をえいっと動かして見せる。
シュィーーーン
私の手首から先がものすごい勢いで回り出す。
「こんなのいらないよー。」
「こら!無暗やたらに必殺技を使うな!結構エネルギーを使うんじゃぞ!」
「こんなのどこで使うのさー?」
「そのまま手の先をワシの肩に当ててみろ。」
言われるままに博士の肩に手首ドリルを当ててみる。
「あー、凝りがほぐれる。もそっと右じゃ。」
「もー!博士のバカー!」
私はてっぺんハゲめがけて手首ドリルを突き刺した。
「こら!やめるんじゃミウ!これ以上ワシは何も失いたくない!手首ドリル強制終了!」
シューーーン・・・
私は博士の頭をぺちぺち叩きながらあることを思いついた。
「ねー、博士ー。博士は本物の海を見たことあるの?」
「それは当然じゃ。ワシは海の見える町で生まれたからの。」
ぺちぺち
「じゃが、それももう随分昔の話じゃ。」
ぺちんぺちん
「博士!私、とても良いことを考えました!」
ぺたんぺたん
「なんじゃ、言ってみろ。あとそろそろやめんか。」
ぺん
「博士の昔の記憶を私に移植してください!そしたら、私は夢の中で海が見られるはずです!あ、見られたくない部分はカットしてもいいですよ。」
「お前はいつも一言多いんじゃ。」
「博士のが移りました!」
はぁ、と肩をすくめながらも博士は納得してくれた。
「別に構わんが、随分昔の記憶じゃから鮮明には移植できんぞ。それにこれはワシの見た海であって、お前の見たい海ではないかもしれん。それに・・・」
「大丈夫です!それが本物の海なら私は満足です!」
「なら良いのじゃが。」
博士はどこか心配そうな目をしている。やっぱり見られたくないところがあるのかな。ちっちゃいころの博士のはだかんぼとか。
私が考え事をしている最中も博士は準備を進めてくれていた。カタカタカタカタおじいちゃん指がせわしなく動き回っている。
「ほれ、お前も手伝わんか。」
博士が吸盤みたいなものを私に手渡してきた。
「これを頭につけてくれ。」
「はーい!」
私は博士のてっぺんハゲめがけて吸盤を押し付けた。
きゅぽ
「馬鹿タレ!首の後ろじゃ!」
「だって、博士頭っていうから!」
「そこにつけても何もないじゃろうが!」
確かに何もない。気づいてないみたいだから黙っておこう。
私は改めて博士の首の後ろへ吸盤をくっつける。
「よし。それじゃあ、お前は自分のポッドに入りなさい。」
「はーい。」
私はウキウキで自分のポッドに入り込む。後ろから返事は伸ばすなとか聞こえるけど気にしない。
「十分ほどで終わるからスリープモードを設定しておくんじゃぞ。」
私はコクンと頷いて十五分くらいにスリープモードを設定した。
目を覚ますと博士が優しい目で私を見ている。たまに見せてくれる私が一番好きな博士の顔。
「終わったぞ。」
「海見れなかったよ?」
「夢は記憶を整理するために見るものじゃ。お前に移植した記憶が定着するのに少し時間がかかる。夜まで待ちなさい。」
「そっかー。でも夜が楽しみです!」
それから夜まで私はウキウキだった。お友達に自慢したり、博士のマッサージしてあげたり、ご飯だって博士の好きなお魚料理を頑張って作った。海の事考えながらだったからちょこっと焦がしちゃったけど。
「博士!もうおやすみの時間ですよ!」
「まだ夜の七時じゃろうが。それになんじゃそれは。」
「浮き輪ですよ!私たぶん泳げないから必要だと思って!」
「夢に物は持ち込めんじゃろうが。それにそのままじゃポッドに収まれんぞ。」
「むー。」
私は仕方なく浮き輪をポッドの脇に立てかける。もしかしたらだから空気は入れたままにしておこう。
「博士は寝ないんですか?」
「ワシはまだ少しやることがあるでな。先に寝なさい。」
「はーい。おやすみ、博士。」
「はい、おやすみ。」
私はスリープモードを設定する。たくさん海を見たいから十時間に設定しておこう。
博士はパソコンに向かってまたカタカタしている。私を造った時より少しちっちゃくなったかな?あとで背中もマッサージしてあげよう。でも今日はもう寝なくちゃ。
今日の出来事がごちゃまぜになって押し寄せてくる。ちゃんと夢を見れているみたいだ。
夢の中で夢だって分かるのも不思議な気持ちだけど博士がそういう風にしてくれたのかな。
あ、博士が出てきた。夢の中だから折角だしいたずらしよう。
そーっと忍び寄って思いっきりてっぺんハゲを叩いてやろう。
ぺちん!
博士がものすごい顔で追いかけてくる。博士と追いかけっこだ!私はそれがおかしくて廊下に飛び出した。
廊下への扉が開くと感じたことのない風が吹いてきた。
塩っけと、少し油の匂い。
私は思いっきり扉を開けた。
青い海、コバルトブルー、エメラルドグリーン、砂浜、海岸線、水平線、波打ち際・・・。考えてたのとどれも違ったけど、きっと本物の海だ。
小さな船がたくさん浮かんでいる。記録室で見た港?かな。
あれ?体が勝手に動く。私はそのまま堤防の先の方へと歩いて行った。
私が漁師さんと話をしている。漁師さんの声が物凄く大きい。怒ってる時の博士みたい。でも、お魚貰えたからいいや。
堤防の先に着くと、私は海を眺めた。
記録室の海みたいに全然綺麗じゃない。
太陽が反射してギラギラしてるし、海の中を覗いてもお魚はあんまり見えない。
風はすごく塩っぽくて体が錆びちゃいそうだ。
でも不思議な気分。なんだか落ち着く。
ずっとずっと同じ景色のもっと向こう。空と海が一緒になってゆらゆらして、ちょっぴりだけ海がまるっこくなってる。地球って本当に丸いんだ。
これが本物の海。
小さな女の子が後ろから私に抱き着いてくる。
なんだか私にそっくり。
私は女の子をおんぶしてあげた。私ってこんなに力持ちだったっけ。それになんだか身長も高くなってる。
「ねぇねぇお父さんお父さん。海の先って何があるの?」
「ここと同じところがあって、もう一人のお父さんともう一人の美海が同じように海を眺めてるんだよ。」
「本当?」
「嘘。」
「あー!お父さんまた嘘ついた!いっつも美海にだけ嘘ばっかり!」
女の子が私の頭をべしべし叩く。
「こら美海!そこばっかり叩くのはやめなさい!お父さんハゲちゃうだろ!」
「知らないもん!嘘つく方が悪いんだもん!」
叩かれてるのに私は笑ってる。変なの。
大きな船が港に近づいてくる。
おんぶしている女の子が精一杯船に向かって手を振るから、つられて私の体もゆらゆらする。
大きな船が作った波が足元で弾けて私の顔にぴちゃりと飛んできた。冷たくて気持ちいいな。
「ん・・・。」
「おはようミウ。海は見れたかい。」
スリープモードが終わったみたいだ。
パソコンに向かったままの博士が背中越しに声をかけてくれる。
「おはよう博士。ちゃんと見れたよ。」
「なんじゃ、本物の海を見れたのに元気が無いな。」
「そんな事無いよ。記録室でみた海みたいに綺麗じゃなかったけど。」
「まぁ、そんなもんじゃよ。」
「でもね、心が落ち着くっていうか、すごく気持ちよかった。あれが本物の海なんだね。」
「本物はもっとすごいぞ。釣りもできるし、夏の暑い日は飛び込んだりできるし、台風の日なんて暴れまわってそれはもう大変じゃった。」
背中越しで分からないけどたぶん博士は少し悲しそうな顔をしてるような気がする。
私はこっそり近づいて博士に抱き着いた。
「なんじゃミウ、いきなり。」
「んー、おんぶ。」
いつもは怒るのに今日は怒らない。
「ねぇ、博士。博士はもう一度海を見たい?」
「別に、もう見飽きたわい。」
嘘ばっかり。
私は博士のギラギラのてっぺんハゲをペシペシ叩く。
「やめなさい。」
「ねぇ、博士。夢に出てきた私にそっくりの女の子って博士の子供?」
「そうじゃよ。」
博士はまた悲しそうな顔をしてる。
「死んじゃったの?」
「いきなりなんて事を言うんじゃ。ちゃんと生きとるわい。たぶん。」
「たぶん?」
「娘は地上に残ったんじゃよ。比較的隕石の影響の少ない所で研究をしとる。めっきり連絡をよこさんがな。」
「なんの研究?」
「また、地球を元通りにする研究じゃよ。無駄なことじゃ。」
「凄い凄い!元に戻ったら現実の海を見れるんでしょ!凄い!」
「そう簡単にはいかんよ。」
「私もお手伝いしたいです!そして今度は私の目で海を見たいです!」
「やっぱり言い出すと思ったわい。全く。娘にそっくりじゃ。」
「ねー博士―、私地上に行きたいですー。」
「だめじゃ、地上は危険じゃ。」
「今、地上ってどうなってるんですか?」
「でっかい鳥とか、恐竜とかが隕石の衝突で目覚めてそれはもう人の生きていける世界ではない。アンドロイドのお前も一口じゃ。」
「一口・・・。でも!その為の手首ドリルですよね!えいっ!」
シュィーーーン
「いや、それはマッサージ用じゃ。あと全部嘘じゃ。」
「もー!博士また嘘ついた!いっつもミウにだけ嘘ばっかり!」
私は手首ドリルをてっぺんハゲめがけて突き刺す。
「こら!やめんか!手首ドリル強制終了!」
シューーーン・・・
良かった。いつもの怒りんぼの博士に戻った。
「のう、ミウ。本当に地上へ行きたいか?」
博士の真剣な顔。本気モードの時の博士の顔。
「はい!博士の娘さんのお手伝いをして、海が見たいです!」
「地上へ行っても必ず海が見られるとは限らんぞ?」
「それでも、少しでも可能性があるなら行きたいです。博士の娘さんも見てみたいですし!」
「そうか、なら準備をせんとな。」
博士はまたパソコンに向かってカタカタし始めた。
「ねー博士。今日はお仕事お休みにしませんか?」
「なんじゃ、早く地上に行きたいんじゃないのか?」
「んー、地上へ行くのは、もっと先で良いかなって。」
「なんでじゃ?」
「そんな事より博士!ベッドに横になってください!背中のマッサージをしてあげます!」
「どうしたんじゃ急に。まぁ、頼むとするか。」
博士はものすごく重たそうに腰を上げて、自分のベッドに向かう。やっぱり、少し小さくなってるかも。
「よっこらせ。それじゃよろしく頼むぞ。」
「任せてください!」
博士の背中はカチカチだ。私の頭より固いかも。
「お客さん凝ってますねー。」
「どこで覚えたんじゃ。」
ぎゅむぎゅむと思いっきり体重をかけてマッサージする。結構大変。
「あー、そこじゃそこ。あー。」
博士は気持ちよさそうだ。良かった。
「次は手のひらを温かくする機能でもつけるかのぉ。そしたら地上の氷も溶かせるかもしれんぞ。」
「本当ですか!つけてください!やったー!」
「まぁ、嘘じゃ。ほんのり温かくなるくらいじゃ。」
「また嘘だー!」
シュィーーーン
「こら!やめんか!ん?これはこれで意外と・・・。」
「博士ー。」
「なんじゃー。」
「長生きしてねー。」
「当り前じゃ。ワシはあと千年生きるぞ。」
「えー!それじゃいつまで経っても私、地上に行けないよー!」
「嘘じゃよ。」
うーん、これは本当が良いなぁ。
アンドロイドは海を見たいのです。 犬丸寛太 @kotaro3
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