第4話 ロミオとジュリエットにならないように
4-1
今僕のクラスでは学校祭でのクラスの出し物について話し合いをしている。
僕はこういう時あまり自分の意見を発信することはない。他のみんなが決めたものにただ従うだけだ。周りに迷惑をかけないように最低限の仕事をしよう。
学校の教室というのは民主主義だ。多数派の意見は覆ることはないので、そこに声をあげることは無駄でしかないし、ことを荒げるようなことはしたくない。
「では1年A組の出し物。男女逆転ロミオとジュリエット。ジュリエット役は黒崎朋己くんで大丈夫ですかー?」
「異議あり!」
司会を務める学校祭でクラスのリーダーを務めることになった七瀬さんの言葉に、僕は立ち上がりここ最近一番の大声を出した。
「ともみんどうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ! なんでこんなことになってるの?」
「みんなからの推薦と多数決で決まったよ」
話を全く聞いていなかった。いつの間にかこんな流れになっていたなんて。
「ともみんは小柄だし可愛い顔してるし似合うと思うよ! 自信持って!」
「いや、似合うとかじゃなくて……」
僕は目立つのが嫌なのだ。演劇をやるなら裏方に回りたい。そんな僕がヒロイン役をやるなんて無理に決まっている。
「いけるさ黒崎!」「黒崎くんなら大丈夫だよ!」「頑張れ黒崎!」
などとクラスメイトたちは無責任な声をかけてくる。もう完全に断れる雰囲気ではない。
僕は近くの席の亜希ちゃんをチラッと見た。亜希ちゃんは下を向いて肩を震わせながら笑いを堪えようとしていた。
(我慢できてないよ)
その姿を見て僕は諦めがついた。どうしてもやりたくないと言えば断れるだろう。でもやはり僕は、事を荒げるようなことをしたくない。
「わかった。やるよ」
ということで僕は演劇でジュリエット役をやることに決定した。
会議終了後の放課後。七瀬さんと瀬戸さんが僕のところに来た。
「ともみん。責任重大だねー。本当に大丈夫?」
「うん。なんとか頑張るよ。曲がりなりにもみんなに選んでもらったんだし」
「いいねー。じゃあ私もいい脚本書かないとね。土日で仕上げてくるよ」
七瀬さんは今回の脚本と監督を担当する。七瀬さんは演劇部に所属していて脚本をやることもあるので適任と言える。
「よろしくな、朋己。私も演劇は不慣れだから一緒に頑張ろう」
そう。今回のロミオ役は瀬戸さんだ。
「うん。こちらこそよろしくね瀬戸さん」
「薫でいいよ。これから私たちはパートナー役として息を合わせる必要がある」
「うん。薫……さん」
そう言って僕たちは握手を交わした。なんとなくちゃん付けでは呼びづらい。
そのとき七瀬さんが不満げな声を漏らした。
「かおるちんずるいー。ともみん。私も名前で呼んでよー」
「え。う、うん。つぐみちゃん」
「へへっ。ありがと、ともみん」
3人で盛り上がっていると亜希ちゃんもその場にきた。亜希ちゃんは衣装係だ。
「3人とも責任重大だねー。私も衣装作り頑張るよ」
亜希ちゃんは衣装係だ。裁縫が得意ということもありリーダーを務めるそうだ。
「あっきーも衣装作りよろしくね! 早く台本書いてイメージ伝えるね」
「わかった! 朋己くんと薫ちゃんの衣装は絶対私が中心に作るから!」
亜希ちゃんも気合い十分だ。もううだうだも言っていられない。みんなに迷惑もかけたくないし、選ばれたからには頑張らないと。
つぐみちゃんは資料探しのために図書室へ行き、薫さんは所属している部活動である剣道部に行った。
今日のところは何もやることはないので僕と亜希ちゃんは帰ることにした。
そのときたまたま奏太と美空に会った。
「2人ともー。いま帰るとこ?」
「そうだよ。2人は部活?」
「そうそう。これから学校祭の準備で部活の時間減るから、今のうちにしっかりやっておかないとね」
「俺もだ。ほんとはもっとバスケしてぇけどな」
学校祭の準備は当然クラス全員でやらなくてはいけない。徐々に1日の中で準備の時間も増えていくので、当然部活の時間も減る。
「そういえば、美空ちゃんのクラスと奏太くんのクラスは何やるの?」
「B組はお化け屋敷だ。俺は作成とか本番の設営担当だな」
「C組は喫茶店だよ。私は料理担当。2人のクラスは?」
うん。ここで僕たちのクラスの出し物を聞くのは会話として自然な流れだろう。でも僕は答えたくない。笑われるのが目に見えている。
「A組は演劇で、男女逆転のロミオとジュリエットだよ。私は衣装のリーダーなんだー」
「へー。すごいじゃん。朋己は?」
「……エット」
「「ん?」」
「ジュリエット!」
僕が吐き捨てるようにそう言うと2人はしばしポカンとした顔をしたが、すぐに顔が崩れてそれはそれは楽しそうな笑い声を聞こえてきた。
「「はははははははは!」」
ここは色々な人が行き交う廊下なので、当然周りからの注目を集める。
「2人とも笑いすぎだよ。僕だって戸惑ってるんだから」
「ごめんごめん。でも朋己なら女装も似合うんじゃない?」
「だな。絶対見にいくから頑張れよ」
「来なくていいよ!」
長い付き合いだからこそ2人に見られるのは恥ずかしい。可能な限りきてほしくない。絶対に来るんだろうけど。
「まあ2人とも頑張ってね。じゃあ私たちは部活行くから」
「じゃあな」
体育館に向かう2人と別れた後、僕たちは靴を履き替えて玄関を出て帰り道についた。
「朋己くん。本当に大丈夫なの? 本当はやりたくないんじゃない?」
「やりたいやりたくないで言ったらやりたくないし、できるできないで言ったら自信もないけどね。選んでもらった手前断りづらいし、そこまで強くやりたくない理由があるわけでもないんだよね」
「ふーん。でもみんなも言っていたけど、朋己くんなら女装も似合うと思うし、頭いいからセリフも覚えられると思うし大丈夫だと思うよ」
「僕はそう思わないけど、そうなのかな」
みんなが言うほど自信もない。確かに僕は体が小さいし、どちらかというと童顔だ。だからと言って女性の格好が似合うとは思えない。
「大丈夫大丈夫。あとはこの無愛想な顔さえなんとかすればね」
そう言って亜希ちゃんが人差し指で僕のほっぺをツンツンとついた。
亜希ちゃんが笑うので、僕は亜希ちゃんが言う無愛想な顔を少しだけ笑顔にした。
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