3-7

 ついにライブが始まる。今は村瀬さんが歌っている。色々な出来事を乗り越えた心に染み渡る歌声だ。

 でももしかしたらこの歌声もあの3人の友情も僕が壊す可能性があったと思うと、やはり罪悪感が心の中で溢れる。

 そんな僕の様子に気づいたのか、曲の合間に亜希ちゃんは僕の服の裾を掴みながら言った。

「朋己くん。助けてくれてありがとね。私、嬉しかったよ」

「でも僕は……最低なことをしてしまった。高坂さんを騙して自白させたり、ひどいことを言ったり。君のためになんて言うけど、僕のエゴでしかない」

 人を騙すこと、傷つけることの辛さ。浅ましさ。亜希ちゃんのためになんて言い訳でしかない。今回はたまたまいい方向に転んだだけで、僕のしたことは許されるようなことではない。

 その時亜希ちゃんは僕の右手を優しく両手で取って言った。

「朋己くん。朋己くんが守ってくれなかったら私はやってもいないことを責められ続けられることになってたんだよ。あの時私は本当に怖かった。でも朋己くんのおかげで私は今ライブを楽しめてる。今回私を守るために朋己くんは傷付いちゃったかもしれない。だから私はその傷を一緒に背負うよ。ひとりで抱え込まないでね」

 亜希ちゃんの心が僕の心にスッと染み渡った。助けられたのは僕の方だ。

「亜希ちゃん、ありがとう」

 心の中で浮かんだ言葉をうまくまとめられなかった僕は色々な思いを込めてお礼を言った。

「こちらこそありがとう」

 その後ついにRINNEさんの出番になった。ライブを見にきている人数も増え、会場のボルテージが一気に上がった。

「皆さん! 今日は来てくれてありがとうございます。私の大好きな地元でこうしてたくさんの人の前で歌うことができて幸せです! では聴いてください。もしも心が消えたなら」

 優しく全てを包み込むようなイントロが流れる。さっき亜希ちゃんが大好きだと言っていた曲だ。

「自分から目を合わさなければ、目を逸らされることもない

 自分から手を伸ばさなければ、振りほどかれることもない

 

 自分の弱さも隠すため、理論武装で塗り固める

 生きているだけで傷つくくらいなら、最初から心なんていらないや


 泣いたり笑ったり好きになったり、この気持ちはどこからくるのかな

 心の場所を探したとき、思い浮かんだのはあなたの顔」

 歌詞もメロディーも深く心に突き刺さる曲だ。ここまで共感できる曲に出会ったのは初めてかもしれない。

 から僕も心なんかなければいいと思っていた。でも最近はそんなことはない。亜希ちゃん、奏太、美空だけじゃなく七瀬さんや瀬戸さん。母さんや舞花。たくさんの人が僕の周りにいてくれる。僕を支えてくれる。

 心があるから今日のことみたいに傷つくことになってしまうのは確かだ。でも心がなければみんなの優しさを感じることもできない。この曲をいいと思うこともできない。

 僕が曲に聴きいっていると、亜希ちゃんがまた曲の合間に話しかけてきた。

「朋己くん。またRINNEさんのライブに来れたらいいね」

「そうだね。僕もそう思う」

「来年……来られるかな……」

 亜希ちゃんはそう言って思い詰めたような顔をする。

 何かあったのか聞きたかったが、僕はすぐに言葉が出てこなかった。

 勇気を振り絞って話しかけようとした僕の声は、曲が終わった後の周りのお客さんの歓声でかき消されてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る