3-6
戻ってすぐ僕は亜希ちゃんと七瀬さん、瀬戸さんが話しているところに行った。2人のおかげで先ほどよりは元気が出てきたようだ。
「ともみんおかえり! なんかわかった?」
「どうだろうね。わかりそうな気もするけどまだ何とも言えないかな」
話しながらさりげに念の為、亜希ちゃんの手を確認する。当然のように亜希ちゃんの手には傷跡はない。
続いて僕は村瀬さん、三枝さん、高坂さんのところに行った。
「何? あんなこと言ってたけど、なんかわかったの?」
「さあね」
睨みを聞かせながら話しかけてくる三枝さんを軽く流しながら、みんなの手を見る。ビンゴだ。大事なのはここからだ。
「ねぇ。その手のけがどうしたの?」
「! べ、別になんでもいいじゃん。ギターやってたら弦で手を切るくらいいくらでもあるよ」
「何をそんなに焦ってるの? 弦でなんて一言も言ってないよ。高坂さん」
高坂さんは自分の手にできた新しい切り傷を隠した。この態度は間違いない。
「証拠はもうそろってる。もう諦めなよ」
「あんた! 由理恵のこと疑ってるの? 由理恵がそんなことするわけないでしょ」
三枝さんがくってかかってくるが、僕は務めて冷静に振る舞った。
「変に庇わない方がいいよ。本人だって隠し続けるのは辛いと思う。弦が切れたのは偶然なんでしょ? 君はただチューニングを狂わそうとしただけ。結果的に一番細い弦が切れてしまったから、慌てて控え室にあった下駄を使って足跡をつけて、亜希ちゃんに罪を被せようとした。これが今回の真相だよ」
僕の言葉に高坂さんは唇を噛み締めながら下を向いている。村瀬さんと三枝さんはその様子を黙って見ている。
少し離れた場所にいる亜希ちゃん、七瀬さん、瀬戸さんもこちらの様子を注視している。僕もさすがに緊張して喉が渇いてきた。
「どうして……。どうしてわかったの?」
その言葉に他のみんな。特に村瀬さんと三枝さんは驚愕の表情を浮かべた。
やはり。作戦は成功だ。正直弦で手を切った傷跡以外に証拠はなかった。要するに僕はカマかけをしたのだ。
「なんとなくだよ。決め手はその傷だけどね。奏太が弦についた血を見つけてくれたおかげさ」
「じゃあ証拠ってのは……」
「ん? 特にないよ。だから君が自白するように仕向けたんだ」
「騙したってこと!? そんな……ひどい!」
確かに僕のしたことは卑劣な行為だ。人の罪悪感に漬け込んで、自白を促したのだから。でも僕にだって言い分はある。ここで引くわけにはいかない。
「ひどいのはどっちだよ。君はなんの罪もない亜希ちゃんに罪を被せようとした。そっちの方がよっぽどひどい。いや。最低だよ」
今回の件。僕はかなり怒っている。なので言葉がついきついものになってしまう。僕の言葉に高坂さんは何も言い返せず黙りこくった。
「由理恵、どうして? 愛菜がオーディションで選ばれたとき、一緒にあんなに喜んだじゃん! なのにどうしてこんなことを……」
三枝さんがまだ信じられないという様子で高坂さんに詰め寄る。この子の先ほどまでの悪い態度は友達思いが故なのだろう。
「私だって……私だってRINNEさんと同じステージに立ちたかったの! だから一生懸命練習してオーディションにも臨んだ。でも私はオーディションのとき少しミスをしてしまって……。結果愛菜が選ばれた! 音楽を始めたのも私のほうが先だし、RINNEさんへの想いが強いのも私なのに! だから愛菜のギターのチューニングを狂わせて、困らせてやろうと思った。あとは黒崎くんの言った通りだよ」
「由理恵……」
間接的に原因となってしまった村瀬さんはかける言葉も見つからないという様子だ。
「ミスをしたのも実力のうちだ。亜希ちゃんに罪を被せる理由にはならない。結局は君が……」
「朋己くん、やめて! もういいよ。私のために言ってくれているのはわかるけど、そこまでいう必要はない。私がやってないとわかってもらえたらそれでいいんだよ。高坂さんを追い詰めたくなんかないよ……。何より、そんなことしている朋己くんは見たくない!」
「亜希ちゃん……」
自分で自分が恥ずかしくなる。僕は自分自身の怒りの感情に身を任せて、亜希ちゃん自身の気持ちを全く考えてなかった。そして高坂さんたちの気持ちも。
「ごめん。言いすぎた。君にも事情があるのに……。部外者がごちゃごちゃ言ってごめん」
「いいの。黒崎くん。悪いのは私だから。みんな本当にごめん。私は2人ともう一緒にいる資格はない。私は軽音部を辞めるよ」
「そんなこと言わないで! 確かに今回のことはショックだったけど、結果的にライブはできるんだから。私こそ由理恵の気持ちを知らないで、由理恵の前であんなに大喜びしてごめんなさい。でも一緒にいる資格ないなんて言わないで。今回のことも全部受け入れて、これからも友達でいよう」
村瀬さんは高坂さんの手を取って涙ながらに話した。亜希ちゃんもだが、この子も大概お人好しだと思う。でもその優しさが心の氷を溶かしている。
「愛菜ありがとう……。里奈もごめん。こんな私だけどこれからも一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ!」
「まあ私はイマイチ置いてけぼりだけど……。いいよ。許してあげる」
どうやら今回の件で3人の仲がおかしくなることにはならなかったようだ。
ギターの弦は簡単に切れるが、友情は簡単に切れることはない。友達というのは簡単に離れたりはしないということに僕自身も気付かされた。
「進藤さんもごめんさない」
「私も疑うような真似をしてごめんね」
「気にしないで。わかってくれたらいいんだよ」
亜希ちゃんは天使のような微笑みで2人を許した。
「お待たせー! 村瀬さん。ギターの弦これで大丈夫?」
美空が元気よく帰ってきて村瀬さんに替えの弦を渡す。
「うん! 大丈夫だよ。西川さんありがとう」
「愛菜。急いで替えよう! あまり時間無くなってきたよ。由理恵も手伝って!」
三枝さんに手を引かれ2人はギターの置いてある控え室に向かおうとした。
その時、RINNEさんが取材から戻ってきて、3人に声をかけた。
「万事解決かな? まあ色々あるのかもしれないけど、たくさんの感情や経験を全部乗せるのが音楽だからね。無駄なことなんてひとつもない。愛菜ちゃんの演奏も、これからのみんなの成長も楽しみにしてるよ」
「RINNEさん……。ありがとうございます! 頑張ります!」
こうして3人は仲良くてを取り合って、テントから出て行った。
「ふぅー」
慣れないことをしたので疲れた。何より僕は人を傷つけてしまった。それがこんなに苦しいなんて。自分自身もこんなに傷つくなんて思ってもいなかった。いや。忘れていた。
僕が自己嫌悪に陥っていると亜希ちゃんが僕の目の前にきた。
「朋己くん。ライブ楽しも?」
亜希ちゃんはそう言って笑った。
「そうそう。せっかくのライブなんだから。楽しまなきゃ損だよ」
「だな。つまらないこと考えないで楽しもうぜ」
美空と奏太も直接言葉にはせず僕を励ましてくれる。
「早くいかないといい席が取れないからね。そろそろ行こう」
「そだねー。かおるちんもあっきーも最前列で見たいだろうし急ごう!」
七瀬さんと瀬戸さんも僕の心の葛藤に何かいうことはなくそっとしておいてくれた。なので僕もみんなの気持ちに応える。
「そうだね。僕もそう思う。そろそろ行こう」
「私も全力で歌うから楽しんでってねー」
RINNEさんが笑顔で手を振る。
僕たちは連れ立ってテントを出て、ライブ会場に向かった。
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