3-5

 話を聞いてみると僕たちが買い物に出てすぐ、お手洗いや打ち合わせ、ステージの確認などで全員が控え室を開けるタイミングがあった。時間にして大体10分ほどだそうだ。僕たちが買い物から戻ってくるまでの時間は大体20分ほどだ。

「どうしよう……。替えの弦持ってきてないよ。このままじゃ演奏が……」

「私も替えの弦を使ったばかりで予備がないの。今から買いに行ってもここからじゃ楽器屋さんは遠いもんね。もしかしたら間に合わないかも。ごめんね。私のギターを貸せたらいいんだけど、私は左利きだから愛菜ちゃんには使えないよね」

 RINNEさんが村瀬さんを慰めるが村瀬さんはもう泣いてしまいそうだ。

「うっ……えぐっ……。誰がこんなことを」

 とうとう涙を流してしまい村瀬さんがそう呟いた時、大きな声で三枝さんが言った。

「そんなの簡単だよ! 見てよギターの周りに下駄の足跡があるんだから、やったのは進藤さんだよ!」

「そ、そんな! 私はそんなことしないよ」

と亜希ちゃんが疑われてしまった。まだ付き合いは短いが亜希ちゃんがそんなことをするわけがないことはわかる。

「僕もそう思う。亜希ちゃんがそんなことするわけない。する理由もない」

 僕の指摘に三枝さんがくってかかってくる。

「じゃあ、この足跡はどう説明するの?」

「足跡なんか他にもいくらでもあるじゃないか。それだけで犯人だって決めるのは早計すぎる」

 僕たちがしばし睨み合っているとRINNEさんが間に入る。

「2人とも落ち着いて。私も亜希ちゃんがそんなことする子とは思わない。今は犯人探しをするよりも、弦をどうするか考えた方がいいよ」

「そうですね。すいません。熱くなりすぎました」

 RINNEさんの指摘ももっともなので、僕は黙ることにしたが三枝さんはまだ不満そうだ。

 その時美空が控え室に戻ってきた。

「ど、どうしたの? この雰囲気」

 遅れてきた美空に簡単に事情を説明する。

「なるほど。じゃあ私の家に替えの弦があるから、取りに帰るよ。私の家なら往復10分ちょいだし」

「ほ、ほんと? ありがとう。西川さん」

 美空は控え室を再び出て家に弦を取りに帰った。ようやく村瀬さんに笑顔が戻ったのでこの話は終わりだと思った。

「じゃあ戻ってくるまで黙っててもしょうがないし、犯人探しをしようよ。このままにしておくのも気持ち悪いし」

と三枝さんは再び戦闘モードだ。

「里奈。落ち着きなよ。愛菜も演奏できることになったんだしもういいじゃん」

 高坂さんが三枝さんを宥めるが三枝さんは止まらない。

「愛菜のことを泣かしたのが私は許せないの! で、どうなの? 進藤さんなんじゃないの?」

「私はそんなことしてないよ。ギターに触りもしていないし」

「じゃあこの時間進藤さんは何をしていたのさ!」

「えーと……」

 三枝さんは亜希ちゃんが犯人だと決めつけているようだ。その態度に少しイラッとした僕は考えるより先に言葉を発していた。

「じゃあ僕が亜希ちゃんの無実を証明してやるよ。そうすれば納得でしょ?」

「朋己くん……」

「君にそんなことできるの? 大体庇っているだけなんじゃない?」

「みんなが納得できるように証拠を見せればいいんだろ? おじさん。ちょっと控え室を調べさせてください」

 成り行きを見守っていた奏太の父さんに確認したら、許可をもらえたので僕は亜希ちゃんの無実の証明のために調査をすることになった。

「奏太。手伝ってくれる?」

「ああ」

 一旦他の人たちには控え室の横の運営テントに移動してもらった。

「お前は相変わらずだな。普段は大人しいくせに理不尽なことには黙ってられないんだもんな。あの時から何にも変わってない」

 僕と奏太は出会った頃にあったちょっとした事件を思い出していた。

「で、どうだ? 犯人はわかりそうか?」

「うーん。僕は今のところ犯人には興味ないけどね。亜希ちゃんの無実さえ証明できればいい」

 僕は今問題になっている足跡を確認した。その足跡には何か違和感がある。

「奏太。まずはその空白の時間に何をしていたか聞いてこよう」

「だな」

 運営テントに行ってみると空気がかなり重かった。三枝さんは不機嫌そうな態度を隠さず、村瀬さんと高坂さんは宥めている。RINNEさんは取材のためその場を離れているし、亜希ちゃんは気まずそうに座っている。

「亜希ちゃん。君はこの空白の時間は何をしていたの?」

「う、うん。つぐみちゃんと電話してたんだ。何時にどこで待ち合わせるかを話してたの」

「わかったよ。ありがとう。大丈夫。君があんなことするわけないって僕はわかっているから」

「朋己くん……。ありがとう」

 いつもより元気がない。犯人と疑われているのだから当然だろう。亜希ちゃんを笑顔に戻すために、僕は必ずこの謎を解き明かす。

 七瀬さんと電話していたことが確認できればアリバイは証明できるだろうか。

 それでなくとも、この中に亜希ちゃんは気軽に話せる人がいなくて気まずいだろうし、七瀬さんと瀬戸さんがいれば少しは気がまぎれるかもしれない。

 七瀬さんはクラスの中心人物ということもあり、僕も連絡先を交換している。

 僕は運営テントを出て、七瀬さんに電話をかけて事情を話し、そこにきてもらった。

「2人ともありがとう。とりあえず亜希ちゃんのそばにいてあげてほしいんだ」

「ともみん任せてー。私たちがいるから安心して調べておいで」

 そう言って胸をはる七瀬さんの姿。それを見て僕が先ほどあの足跡に感じた違和感の正体に気づいた気がした。

「! もしかして……。瀬戸さん! 亜希ちゃんのことお願い。奏太。七瀬さん。僕についてきて!」

「ああ。亜希は私が見ておくよ」

「ともみんどうしたの?」

「着いてから話す!」

 僕たちは控え室のギターの近くに移動した。

「七瀬さん。少しこの辺りを歩いてほしい」

「う、うん。これでいいのかな?」

 七瀬さんはギターから少し離れた場所を何歩か歩いた。

「やっぱり」

「朋己。これがどうしたっていうんだ?」

 僕は七瀬さんの足跡とギターの周りの足跡を比べながら言った。

「このギターの周りと七瀬さんが歩いた道はぬかるみ具合が変わらない。そしてそのギターの弦が切られたと思われる時間と今でもね。それにしてはおかしいんだ。あれを見て」

「ん? あ! もしかして」

 七瀬さんの言葉に僕は頷く。

「ギターの周りの足跡はあまりに形がくっきりしすぎている。まるでとアピールするようにね」

「ということは、朋己。そういうことか」

「ああ。これは亜希ちゃんに罪を被せるために意図的につけられた足跡ってことさ」

 僕の心の中に怒りの感情が湧いてくる。これは結果的に亜希ちゃんが疑われるようになったのではなく、意図的に仕向けられたものだ。

「奏太。最初は興味なかったけど、犯人を見つけ出そう」

「ははっ。どうしたんだ急に? まあいいけどな」

 七瀬さんのおかげでだいぶ真相に近づいた気がする。

「七瀬さん、ありがとう。あとは僕たちで調べるから亜希ちゃんのそばにいてあげてほしい」

「OK! ともみん。そうたろ。頑張ってねー」

 七瀬さんは笑顔で手振りながら控え室を出て行った。

「そうだ。ギター自体をよく見てみよう。何かわかるかも」

 僕たちはギターをよくみることにした。一番細い弦が切れている。よく見てみると他の弦も必要以上に緩んでいたり、張り詰めていたりする。しかしそれ以上は僕には何もわからなかった。

 しかし奏太は何かに気づいたようで、切れた弦をじっと見ている。

「朋己。見てみろよこれ。切れた弦に少し血がついているぞ」

「ほんとだ。よくこんなのに気づいたね」

 奏太は僕より視力がいい。奏太に手伝いを頼んでよかった。

 おかげで犯人を炙り出す方法を思いついた。

「何かわかりそうか?」

「うん。僕に考えがある」

 僕は奏太に作戦を伝えてからみんながいるテントに向かった。

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