3-4

「ちょっと控え室の方覗きにいってみるか。そろそろ父さんもいるだろうし」

ということで僕たちは控え室に向かった。控え室と言ってもステージの横にテントで作った即席のものだ。

 今はまだライブは始まっておらず、RINNEはちょうどリハーサルをしているところだった。

 控え室の中には奏太の父さん以外に演者やスタッフと思われる人たちが何人かいる。

「おお。みんな来たか。RINNEは今リハ中だから、まあ中でゆっくりしていきな。演者さんやスタッフと話すのも楽しいと思うぞ」

 そう言われたのでなんとなく周りを見回すと、3人で話している女子高生が目についた。

 そのうちの1人がこっちを向いたのでなんとなく目があう。その子は亜希ちゃんを目に留めて「あっ」とこぼしてから、こちらに話しかけに来た。

「進藤さんだよね?」

「あ。三枝さんと高坂さん。久しぶりだね」

 中学の時の友達だろうか。でも亜希ちゃんなら中学校の友達と久しぶりにあったら、もっと元気に話しかけそうだが、あまり親しくなかったのだろうか。

 確かに2人とも髪を染めていたりピアスを開けているなど、派手目な印象があるので、亜希ちゃんとはあまり合わないのかもしれない。

「里奈。由理恵。友達?」

「ああ。うん。中3のときのクラスメイトの進藤亜希さん」

「そうなんだ。私は村瀬愛菜むらせあいな。今日RINNEさんの前座で演奏する」

 どうやらこの子が瀬戸さんの言っていた、前座で演奏する生徒のようだ。

 マッシュボブの黒髪に少し赤いメッシュが入っている背が高い女の子だ。

 他の2人。三枝里奈さえぐさりなさんと高坂由理恵こうさかゆりえさんはスタッフとしてこのライブを手伝うそうだ。

「村瀬さん! リハお願いしまーす」

「はーい」

 しばし話していると男性のスタッフから声をかけられ、村瀬さんはリハーサルのためステージに向かっていった。

「由理恵。私たちも行こう。それじゃあ進藤さん。ごゆっくり」

 やはり中学時代のクラスメイトにしてはどこか他人行儀な態度で、三枝さんと高坂さんもステージに行った。

「ふぅー」

 3人が去った後、亜希ちゃんは疲れた様子でため息をついた。

「どうしたの? 亜希」

「ちょっとね。確かに同じクラスだったけどあまり話したことない子たちだから緊張しちゃった」

 やはり亜希ちゃんとは合わなそうだとは思った。亜希ちゃんは意外と分け隔てなく人と接するように見えて、合わない人には壁をつくるタイプだ。

「僕が言うのもなんだけど、合わない人と無理に関わる必要ないよ」

「お前はもっと関わった方がいいと思うけどな」

 奏太の鋭い一言。悔しいが言う通りだ。

「ふふふ。ありがとう朋己くん」

 その時ステージの方から僕と同じくらいの身長で、黒髪のロングヘアーを腰のあたりまで垂らしている、キリッとした顔の女性が降りてきた。

「リハありがとーございます。本番も……あれ? 運営さん。この子達は?」

「お疲れ様。この子達は俺の息子とその友達だ。ライブを見る前にちょっと控え室を見てくかって話してな。まあ社会科見学みたいなもんさ」

 この人が地元出身のシンガーソングライターのRINNEさんだ。

 大ファンという亜希ちゃんは目を輝かせて言葉を失っている。

「そうなんですね。ライブ観にきてくれてありがとう。全力で歌うからよろしくね」

「は、はい! あ、あの。いつも聴いてます! お話できて光栄です! 私、RINNEさんの『もしも心が消えたなら』を聴いてから大ファンになったんです!」

 亜希ちゃんはかなり緊張している。僕も自分の好きな芸能人が目の前にいたら緊張してしまうだろう。

「ありがとう。あの曲は私にとっても大事な曲だから嬉しいよ」

 僕は今までRINNEさんの曲をほとんど聴いてなかったがこうして本人と直に会うと曲を聴きたくなる。

 すでに全国放送の深夜番組には出ているにも関わらず、一切驕っている様子がない。

 その後もしばらく話しているとRINNEさんは何かを思いついたかのように、ポケットからピックというギターの弦を弾くための三角形のものを4枚取りだした。

「これ君たちにあげるよ。一応私のサインも入ってるから、将来値打ちが出るように私も頑張るから応援してね。上に穴が開いてるからネックレスにでもしてね」

「あ、ありがとうございます! 宝物にします!」

 僕たちもお礼を言ってそのピックを受け取る。こんな風に言われて仕舞えば僕たちもファンになる。亜希ちゃんに今度おすすめ曲を教えてもらおう。

 その時ステージの方から先ほどの3人が降りてきた。

「リハありがとうございました。RINNEさん。及ばずながら前座として盛り上げるのでお願いします」

「よろしくね。後輩ちゃん」

「後輩?」

 疑問に思ったことを思わず口に出してしまった。

「そうそう。私は陽華高校の軽音部のOGなんだ。いたのはもう3年前だけどね」

 なるほど。RINNEさんが卒業生という縁で、陽華高校の生徒が前座で演奏することになったということか。

「RINNEさんが陽華のOGって有名になってから、軽音部の入部者が増えたらしいですよ」

「それはOGとして嬉しいね。そんなに多いってことはオーディションも大変だったんじゃない?」

「はい! でもどうしてもRINNEさんと同じステージで演奏したくて……。たくさん練習してオーディションに挑んだら合格できたんです! そしたら里奈と由理恵が手伝いを買って出てくれて……。友達にも支えられて私は今日最高に幸せです」

 村瀬さんは満面の笑みで話している。会ったときはクールなイメージだったがRINNEさんの前では興奮しているように見える。

 反面その横で高坂さんは複雑そうな表情をしていた。

「そうだ。ライブまでまだだいぶ時間はあるしみんなで何か食べながらお話しない?」

とRINNEさんが提案した。当然その提案にはみんな大賛成だ。

「じゃあ僕、なんか買ってきますよ。奏太。一緒に来てもらっていい?」

「ああ。じゃあちょっと行ってきます」

 僕たちが控え室を出ようとすると美空も「じゃあ私は飲み物を買いに行ってくるよ」と言って控え室を出た。

 亜希ちゃんも行くと言ったが、美空が「せっかくなんだからRINNEさんとお話してな」と言って、亜希ちゃんはそこに残ることになった。

 奏太と2人でみんなで食べれそうなものをいくつか買い控え室に戻る。並んでいる店もあったので少し戻るのが遅くなってしまった。

「すいません、ちょっと遅くなりました……。ん? 何かあったの?」

 控え室に戻るとアコースティックギターを囲んでみんなが深刻な顔をしていた。

「朋己くん。奏太くん。それが……」

「私のギターの弦が……1本切れているの」

と村瀬さんが絶望した表情で言った。

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