2-8

 翌日の昼休み。僕は芳川先輩が許してくれたので、亜希ちゃんと奏太と美空にだけ真相を話した。

「朋己くんすごい! あれだけの情報でここまでわかったなんて。本当に名探偵みたい!」

「本当にね。昨日電話した時にはここまでわかってたの?」

「まあ、なんとなくは。そんなに細かくはわかってなかったけど」

 昨日美空に電話した時点ではまだ確信もなかったし、わかっていないことが多過ぎた。ほとんどは翌日しっかり調べることでわかったことだ。

「なかなか楽しかったな。朋己。次も期待しているぜ」

「次ってなんだよ。そんなに事件ばっか起きたら学校も大変だし、起きたとしても僕に解決する義理はないよ」

「ははっ。それもそうだ」

 実際は今回の件だって解く必要はなかった。一色さんに頼まれなかったら、今回の件に興味を持つことすらなかっただろう。

「たしかにさくらちゃんがたまたま夜の学校に行かなければ、噂が広まることもなかったかもしれないね。それにしても幽霊と見間違うなんて。さくらちゃんはちょっとそそっかしいのかもね」

「!」

 亜希ちゃんが笑いながら何の気なしに言ったその一言。その言葉で僕は、まだひとつだけ見落としがある可能性に気づいた。

「なるほど…そういうことか」

「朋己くん? どうしたの?」

「いや。なんでもないよ。亜希ちゃんの方がよっぽど名探偵だなって思っただけさ」

 僕がそう言うと亜希ちゃんは意味がわからないという様子で首を傾げた。


 放課後僕はなるべく早く教室を出てある人を尋ねに行った。ちょうど部活に向かうであろうためにひとりで歩いているその人に声をかける。

「長谷川さん。ちょっといいかな」

「黒崎くん? 何かあった?」

 長谷川さんは薄く微笑みながら言う。僕が聞きたいことについてわかっていそうだ。

「うん。ここじゃなんだから……どこか人目のないところに行こうか」

「いいよ」

 僕たちはあまり人通りの少ない階段の踊り場に行った。

「長谷川さんは全部知っていたんだね」

「やっぱり気づいちゃったか。どうしてわかったの?」

 やはり。長谷川さんは幽霊の正体を知っていた。

「なんとなくだよ。普通は教室に人影が見えたら巡回の警備員や残っている先生だと思うはず。幽霊だと思う人はなかなかいないからね。でもこうした理由がわからなかった。だから教えて欲しいと思って君に直接聞きに来たんだ」

 長谷川さんがわざと幽霊の噂を流したことはわかったが、なぜそうしたのかだけはわからなかった。もしかしたら自分の親しい人を危険に晒してしまう可能性があることをしたのかが。

「前も言ったけど私はあの2人と中学校が一緒なんだ。実はそのときからあの2人はお互いのことが好きだった。お互い言葉にはしないくせに周りから見てもわかるくらい気持ちがダダ漏れでね。高校に入ってもそれは変わらなかった。そのとき、たまたま私は夜の美術室で芳川部長が絵美のために絵を描いていることを知っちゃったんだ。経緯はほとんどこの前話した通り、忘れ物を取りに来たときね。私は危ないと思った。夜の学校に忍び込んで絵を描いて気持ちを伝えるなんてリスクが高すぎるからね。だから幽霊が出たっていう噂を広めて野次馬を増やすことで、暗に夜の学校で絵を描くことは危険だと伝えようとした。それにそうなれば部長のために絵美も動くだろうと思ったからね。自分のために頑張っている絵美を見れば自分がこんなリスクを犯す必要がないって気づいてくれるかと思ったんだけどね。実際はただ邪魔をした形になっちゃって後悔しているよ」

「結果的にあの2人気持ちを確かめ合うことになるんだ。君のしたことも無駄ではないはずだよ」

 空回りはしてしまっているが、長谷川さんは2人のために今回の事件を起こした。それを責めることはできない。

「いい加減ラブコメの導入部分だけ見るのも飽きたからね」

 長谷川さんはそう言って呆れたように笑った。

「あ! 朋己くんこんなとことにいたー! 早く帰ろうよ」

 亜希ちゃんが階段の下の方から声をかけてくる。

「わかったよ。それじゃあ長谷川さん。話してくれてありがとう」

「どういたしまして。もしかしたら君も導入部分なのかもね」

「え?」

 僕は長谷川さんが言うことがよくわからず、素っ頓狂な返事をしてしまった。

「なんでもないよ。ほら。早く行ってあげな」

「う、うん。それじゃあね」

 僕は手を振って長谷川さんと別れ、階段を降りて亜希ちゃんと合流した。

「朋己くん。何話してたの?」

「ちょっとね。たいしたことじゃないよ」

 この件はあまり人に話さなくていいだろう。僕の胸の中にだけ留めておく。

「ふーん。そうだ! 帰りに本屋さん寄って行かない?」

「うん。いいよ。何か面白い本が見つかるといいね」

「そうだね」

 そう言って微笑む亜希ちゃんの顔を、階段の窓から漏れる光が綺麗に照らしていた。

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