2-7

 「よし。行くか」

 長谷川さんに話を聞いた翌日の20時頃。僕は校門の前に立っていた。

 警備員室には渡辺さんがいる。僕はどうしても明日までに必要なプリントを机の中に忘れてしまったので、入れてほしいと話した。

 渡辺さんは少し怪訝そうな顔をしたが、頼み込むとなんとか入れてくれた。

「ありがとうございます。渡辺さんは本当にいい人ですね」

 僕は校内に入り歩いて美術室を目指す。幽霊なんてものはいないと思っているが、真っ暗な夜の学校というのは少しドキドキする。

 そして美術室の前について、中に人影を確認した僕は自分の推論がほとんど当たっているだろうと確信した。

「こんな時間まで絵を描いているなんて尊敬しますよ。でも下校時間はとっくに過ぎていますよ」

 美術室の中に入った僕はそこにいる人に声をかける。その人は驚いてこちらを振り返ったが、すぐに冷静さを取り戻した。

「それは君もだろ? まあ人のことは言えないけどな。で? 幽霊に何か用かい?」

 中にいた人。美術部の部長さんは絵を描いていた手を止めて言った。

「僕が用があるのはあなたですよ。部長さん。まあ同じ意味かもしれないですけど」

 僕は努めて冷静に振る舞うように気をつけた。

「全部わかったのか?」

「全部かはわからないですけどある程度は。えーと……」

芳川潤よしかわじゅんだ。君は?」

「黒崎朋己です」

 和やかに話しながらもどこか緊張感が漂っている。

「黒崎くん教えてくれるかい? 君がどこまでわかったのかを」

「わかりました。ではまず僕が気になったのは、幽霊が出る時間にしては早すぎるということ。それを聞いた時点で僕は幽霊の正体が美術部員の可能性について考えてはいました。そして幽霊が出る日でない日があるということ。そこに法則性があるかどうかを考えていた時、僕がもうひとつ気になっていたことがヒントになりました。それは警備員さんが幽霊と言われている人影を目撃していないのかどうかです。この2つを合わせて考えた時わかったんです。警備員さんのうちのひとりは幽霊を容認していること。その警備員さんが今日宿直している渡辺さんです。先日友達が幽霊を見たことあるかを聞いた時、知らないといったにも関わらず、『早い時間に出る幽霊なんてかわいいもんさ』と言いました。これを聞いた時、渡辺さんがその幽霊のいわゆる仲間に当たると確信しました」

 僕がここで一息をつくと、芳川先輩は少し呆れたように笑いながら言った。

「あの人、口を滑らせちゃったか。人が良すぎるんだよな」

「僕もそう思います。そのおかげで僕は渡辺さんが夜の宿直の日が幽霊の出る日だと確信しました。そして今日ここにきたら芳川先輩。あなたがいたわけです」

「なるほどな。でも君は正体が俺だということもわかっていたんだろ? それはどうしてだい?」

 ここから先は本人のパーソナリティに関わることだから話すことには抵抗があったが、話してもいいということだろう。

「はい。この前僕たちが美術室を見させてもらった日に思ったんです。この4月に入部したばかりにしては、あなたと一色さんの関係が遠慮のないものだなって。そして長谷川さんに聞いて、皆さんが中学生の時も同じ美術部の部員だということがわかりました。単刀直入に言ってしまいます。あなたは一色さんのことが好きなんでしょう。そして一色さんの誕生日が近いそうですね。だからあなたは一色さんにプレゼントとして絵を送ろうとした。でも何か事情があってあなたは、家で絵を描くことができないんでしょう。だからといって当然その絵は部活中に描くことができない。だからあなたは完全下校時間終了後の学校で描くことにした。カーテンをガムテープを使って窓にびっしりとめて、なるべく光が漏れないようにした。そこを渡辺さんに見つかってしまった。あの人はとてもいい人なので、『俺が宿直の日ならいいよ』とでも言ってくれたんでしょう。しかしそれを生徒に目撃されてしまった。長谷川さんです。長谷川さんにはもちろん広める意図はなかったんでしょうけど、なんとなく話したことが広まってしまって野次馬が部活中に来るようになった。当然部活に支障をきたします。絵を描くのに集中できなくなってしまうでしょう。あなたと関係の深い一色さんは3年生のあなたが安心して部活に集中できる環境を取り戻すために幽霊の正体を調べることにしました。一色さんが自分のために頑張っているとわかっているあなたはそれを無碍にすることもできないので、強く止めることもできなかった。以上が僕が考えた今回の幽霊騒動についての推論です」

 長く話し過ぎて疲れてしまった。その間芳川先輩はじっとその話を聞いてくれているだけだった。

「すごいな、君は。ほとんど正解だ。ここにきた時点で、俺が幽霊の正体だってことに気づいているとは思ったが、ここまで正確に言い当てられるとは思わなかったよ」

「みんなのおかげですよ。僕1人じゃ無理でした。それにそもそも、この謎は解く必要なんかなかった。一色さんの誕生日が来れば自然と幽霊は現れなくなりますから。僕がわざわざここに来たのは自分の好奇心を満たすためです」

 そう。実際のところはわざわざ僕がここに来る必要はなかった。でも僕は自分の推論があっているか確かめたいという気持ちを抑えられなかった。

「ふっ。黒崎くん。うちは小さいが病院を経営しているんだ。俺もいずれは継ぎたいという気持ちがある。俺は両親を尊敬しているからな。そして俺は昔から絵を描くこと好きでね。油絵を描くまでになるのはそんなに時間はかからなかった。でも家では描くことができない。油絵の具の匂いってのは結構きついからね。父さんや母さんに匂いがうつって、それを患者さんが嗅いで具合を悪くしまったら大変だ。君のいうとおり俺は一色のことが好きだ。だから俺はあいつの誕生日に、あいつが好きと言ってくれた俺の絵と一緒に告白をしようとした。あとは君の言った通りさ」

 この人は自分の好きなことと好きな人のためにここまでリスクの高いことができた。それは尊敬にあたいすることだ。

「その絵はもう完成したんですか?」

「ああ。実はついさっきな。君のいう通りもう幽霊は出なくなる。まあそうなればくだらない噂もすぐになくなるさ」

「僕もそう思うます」

 学校なんてのはいだらない噂が飛び交っている。流行り廃りも早い。幽霊の噂なんてすぐになくなるだろう。

「せっかくだから完成した絵を見てくれないか? 君みたいな子に見てくれるならこの絵も喜ぶ」

「僕なんかでよければ見せてください」

 見せてもらったその絵には、動き出しそうなほど綺麗な一色さんが素敵な笑顔で笑っていた。

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