2-5
美術室を一通り見させてもらったあと、僕たちはとりあえずA組の教室に集まった。
先ほどの調査で見聞きした情報を頭の中でまとめていた。
今のところはひとつひとつ小さな点でしかないが、繋がれば必ず真相に繋がる線になるはずだ。
「朋己くん。どう? 何かわかった?」
亜希ちゃんが少し期待した様子で僕に尋ねてくる。
「幽霊の正体についてはまだ何も。でも疑問点はいくつか浮かんできたよ」
「ほー。なんだよ疑問点って。教えてくれよ朋己」
奏太にけしかけられて僕は説明を始める。
「まずは長谷川さんが幽霊を目撃した時間。主観かもしれないけど20時というのは幽霊が出る時間にしては早すぎると思う。そして、幽霊が目撃された日とされない日があるということ。そこに何かの法則性があるのかもしれない。あとは警備員さんが幽霊を目撃しているかどうか。幽霊とは思わなくても完全下校後の教室に不自然な光や人影が見えたら確かめにいくはずだからね。最後にこれ。一応写真を撮っておいたんだけど、美術室のカーテンのほとんどにガムテープのあとがあった。今言ったことの中に何かつながりがあれば、この謎は解けると思う」
僕は自分のスマートフォンに保存した写真を見せながら言った。
みんなはしばしその写真を見ると、僕の方に向き直る。
「朋己くん、すごい! あんまり乗り気じゃないと思っていたんだけど、こんなに考えていたんだね! なんだか名探偵みたい」
名探偵というのは恥ずかしいが亜希ちゃんがキラキラした笑顔で言うので、僕は少し目を逸らしながら返した。
「まあ……引き受けたことだからね。それはちゃんとするよ」
それもあるがいつの間にか謎解きに夢中になっていたというのも少しある。
「黒崎くん、ありがとう。こんなに真剣に考えてくれて。黒崎くんが疑問点を整理してくれたおかげで、少しずつ調べなきゃいけないことがわかりそうな気がするよ」
調べなきゃいけないことか。まだ何かを見落としているような気がするが、確かにやるべきことは見えてきた。
「朋己さすがだねー。私も色々考えてみたけど全然わからなかったよ。ねえ、奏太?」
「だな。まあ俺は元々難しいことは考えられないけどな」
みんなが口々に僕を褒めてきて少しむず痒い。
「ま、まだ全然だよ。まだ幽霊の正体はわかっていないんだから。これだけじゃあ、野次馬を黙らせることなんかできないよ」
僕がそう言うと、美空が「相変わらず素直じゃないねぇ」と笑った。
その後は教室でみんなで少し考えていたが特に進展はなかったので、今日のところは下校することにした。
一色さんは美術室に寄っていくとのことなので、亜希ちゃん、美空、奏太と一緒に帰ることになった。
今日亜希ちゃんと会ったばかりの美空と奏太が今日の話で盛り上がっている横で、僕は自分が見落としている何かについて考えながら歩いていた。
「しかしまさかついこの間まで、クラスに友達ができないとか言ってウジウジしていた朋己が幽霊について調査するなんてな、随分活動的になったもんだ」
奏太が僕に視線を送りながら言う。
「うるさいな。ウジウジなんかしてないよ。頼まれたからやってるだけさ」
奏太はそれに特に言葉は返さず短く笑った。
「それにしても絵美ちゃん。すごく必死だったよね。本当に野次馬を黙らせたいってのだけが理由なのかな」
「!」
亜希ちゃんが不意に口にした一言。この言葉で僕の中で引っかかっていたことが少し明確になった気がした。そして僕は先ほどの美術室での一色さんと部長さんのやりとりを思い出した。
「謎を解きたい理由か……」
僕は思わず考えていたことを口に出してしまう。
「ん? 朋己。何かわかったの?」
美空が僕にそう聞いてくるが、まだ考えがまとまっていないのでこの場ははぐらかすことにした。
「いや。もう少しで何かわかりそうな気がするんだけどね」
僕が少し笑って誤魔化しながら言うと美空は「そっか」と言って、何かを察しているような笑顔になった。
付き合いは長いだけにもしかしたら美空には僕が真相に少し近づいたことがわかったのかもしれない。
「朋己くんの出す結論。楽しみにしているよ」
亜希ちゃんがそう言って僕に微笑んだ。
「ただいま」
3人と別れて僕は家に着いた。
「おかえり、お兄ちゃん。もうすぐご飯できるよ」
エプロンを着た舞花が僕を出迎えてくれる。
「うん。着替えたらすぐいくよ」
僕は手を洗い、自分の部屋で着替えてすぐにリビングに行った。
リビングにはすでに夕飯の焼き魚や味噌汁などが並んでいた。
「「「いただきます」」」
家族3人手を合わせてご飯を食べる。
「朋己。今日は珍しく遅かったね。何かあったの?」
母さんがご飯を食べながら僕に話しかけてくる。
「うん。ちょっとね」
僕は今日の出来事を母さんと舞花に話した。
「楽しそう! いいなー。舞花も謎解きしたい!」
興味津々といった様子で舞花が詰め寄ってくる。ちなみに舞花は家では一人称が『舞花』になる。
「確かに楽しいよ。僕も枯れ尾花の正体ってやつを暴いて、くだらない噂で騒いでいる連中の鼻を明かしてやりたいからね」
「枯れ尾花?」
「そう。幽霊の正体みたり枯れ尾花って言うじゃん? 学校で出る幽霊なんてものは全部枯れ尾花なんだよ」
僕が言うと舞花は「ふーん」と、少し悩むような仕草になった。
そのとき母さんが笑顔を浮かべて僕に話しかけてきた。
「朋己。幽霊の正体は全部枯れ尾花とは限らないよ」
「え?」
母さんの一言に僕は不意をつかれたような返事をしてしまった。
「まあ母さんも幽霊が本当にいるかどうかはわからないけどね。その正体は枯れ尾花だけじゃない。もしかしたら、薔薇の花ってこともあるんじゃない?」
「薔薇の花?」
僕は母さんの言うことがわからなかった。でも何か真実に迫るような予感がした。
「そう。もし答えがわからなかったら謎を解くっていう視点じゃなくて、こうだったら面白いっていう物語を想像してごらん」
「こうだったら面白いっていう……物語……」
一通り話すと母さんは全てを見透かしたように微笑んで席を立った。
「じゃあ、母さん部屋でちょっと仕事するから。舞花。今日もご飯ありがとうね。ごちそうさま」
「うん! お粗末さまでした」
母さんは自分が開けた分の皿を片付けると自分の部屋に戻った。
「薔薇の花といえばお兄ちゃん。もう少しでお母さんの誕生日だしお花でもあげようか」
悩んでいる僕に舞花が何気なく声をかける。
「ああ。そうだね今度一緒に買い物に……」
そのとき僕の脳内にひとつの可能性が浮かんできた。
「薔薇の花……。誕生日……。そうか! もしかしたら……」
「お兄ちゃん?」
「舞花。ありがとう」
「う、うん」
僕の中に浮かんだこの可能性は今までの疑問が全て繋がるようなひとつの可能性だ。
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