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 美術室に行くと4名の部員が中で作業していて、その中のひとりの茶髪でショートカットの活発そうな女子を一色さんが廊下に呼び出した。

「絵美どうしたのー? この子たちは?」

「そうだよ。さくらが見たっていう幽霊の話を一緒の調べてもらっているんだ」

 さくらと呼ばれた子は顎に手を当てて僕たちを値踏みするように見まわした。

「ふーん。美術のために悪いね〜。こんなに集まってもらっちゃって。私は美術部でE組の長谷川さくらだよ。よろしくね」

 かなり気さくで明るい子だ。人見知りの僕としては話しやすい性格で助かるが、勢いに押されてしまいそうだ。長谷川さんの紹介に続いて僕たちも全員自己紹介を済ませる。

「それで何回も聞かれているのに悪いんだけど、さくらが幽霊を見た時の状況を話してもらっていい?」

「うん、いいよー。私はあの日部活が終わって家に帰ってから、学校の荷物を整理してたときに次の日2時間目の授業で提出しないといけない数学のプリントを学校に忘れていたのに気づいたんだ。私、数学が苦手で問題解くのにすごく時間が掛かっちゃうから、急いで学校に取りに戻ったんだ。完全下校時刻はとっくに過ぎていたから警備員さんにお願いして、渋っていたけどなんとか中に入れてもらえて、教室にぱっと行ってプリントを取ったんだけど、向かいの特別教室棟からぼんやりとした人魂みたいな小さい光が漏れていたんだ。それで遠目に見たら人影がゆっくり動いて、幽霊だと思って急いで走って帰ったんだよね。そのことを何気なくクラスメイトの子に話したらその子が広めちゃったみたいで。部活に迷惑かけちゃって話すべきじゃなかったって後悔してるよ」

 長谷川さんの話が終わり、僕はその話の中で気になった疑問をぶつけた。

「それは何時頃?」

「うーん。大体20時過ぎくらいじゃないかな」

 20時というのはイメージする幽霊よりは早い気がするというのが気になった。

「幽霊は毎日でているの?」

「うーん。話を聞く限り毎日ではないと思うよ。警備員さんに止められて中に入れない人もいたらしいしね」

 出ない日があるというのはかなり貴重な情報だ。

「わかった。ありがとう。ところで美術室を見せてもらうことはできる?」

「うーん。私としては大丈夫なんだけど部長が許してくれるかだね。最近幽霊騒動のせいで色んな人が美術室を見にくるから、ちょっとデリケートになっているんだよね」

 確かに部外者がずけずけと部活をしているところに入ってくるのは誰だっていい気がしないだろう。その原因がこんなくだらない噂ならなおさらだ。

「さくら。私が部長に責任を持ってお願いするよ。この子たちには私から相談しているんだもん」

「わかったよ、絵美。なら私も一緒に頭下げるよ。この噂が広がる原因になったのは私の責任だからね」

「ありがとう、さくら」

 美術部の2人が頼んでくれるなら心強い。現場を見られるのと見られないのでは考えやすさが全然違う。

「じゃあみんな。ついてきてもらっていい?」

 僕たちは頷いて、先導する一色さんについていった。

「おう。一色か。今日は来ないと思ってた……ん? 後ろの子達は見学か?」

 部長と思われる長身でメガネをかけた真面目そうな風貌の男子生徒が僕たちの方を向き直って言った。

「お疲れ様です、部長。実は噂の幽霊の正体について調べてもらっているんです。この子たちに部室を見させてもらっていいですか?」

 一色さんがそう言うと部長さんは怪訝そうな顔をしながら言った。

「その話はいいって言ってるだろ? 俺たちは何も知らないし答えられない。幽霊の正体なんて明かす必要ないんだよ。そんなものいないんだから」

「でも部長! 部室を覗きに来る人が多くて絵に集中できないって言っていたじゃないですか! 正体を明かして幽霊なんていないことさえわかれば、こんなくだらない噂はなくなります。お願いです。少しだけでいいんで調べさせてください」

 一色さんはそう言って頭を下げる。出会った時からの印象とは違い、かなり熱くなっている。

「部長。私からもお願いします。この人たちは絵美が信用している人たちだから大丈夫です」

「さくら……」

 2人の後輩に頭を下げられ、部長さんは気まずそうに頭を掻いて言った。

「部活に支障が出ないように短めにな。美術室のものをあんまり触るなよ」

 部長さんがそう言うと頭を下げていた2人は頭を上げて、顔を見合わせて笑顔になった。

「「ありがとうございます!」」

 2人に続いて僕たちも軽く頭を下げてお礼を言った。

 美術室内を軽く見回しても特に怪しいと感じるものは何もない。

 石膏像なども顔の部分しかないから全身には見えない。それに当然のように動くことはない。

 ただ唯一、窓際のカーテンに少しガムテープを剥がしたような跡があることには引っかかった。

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