1-7

 部室を後にした僕たちは真っ直ぐ下駄箱に向かい帰路に着いた。

 あんなにいろいろ考えて傘を探したのに、僕たちが帰る頃には雨はすっかり上がっていたので、僕たちは思わずお互いの顔を見合わせて微笑みあった。

 駅に向かう進藤さんとは途中まで道は同じなので、なんとなく連れ立って歩き出した。

「黒崎くん。今日は傘を探してくれてありがとう。最初は傘がなくなるとか運悪いなーって思ってたけど、なんだかんだ見つかってよかったよ」

「うん。まあ……。僕も見つけられてよかったよ」

 僕は進藤さんの顔は見ずに、真っ直ぐ正面を向いて素っ気なく返事をする。

「黒崎くん。1個聞いていい?」

「どうぞ」

 今日の謎解きについての話だろうか。僕はまだ説明していないことがあったかと考えだした。

「黒崎くんっていつもひとりでいるじゃん? それって友達を作るのが嫌なの? それとも苦手なの?」

 軽く考えていたが、思ったより胸を真っ直ぐ突き刺すような質問だった。

 僕は思わず沈黙してしまった。

「あっ! ごめんね。すごく失礼だよね。忘れて!」

 僕の沈黙を怒っているととった進藤さんが慌てる。

「違うんだ。怒っているわけじゃないよ。大したことじゃないんだ。君の言うとおり、僕は人と話すのがあまり得意じゃない。高校からは少しでも自分を変えたいと思っているんだけど、なかなか踏み出せなくて。今日の部活動紹介のときも、僕は部活に入るつもりはないから、あんなに情熱をかけている部活動紹介も冷めた気持ちで見ちゃって。そんな自分が嫌になったんだ」

 そう言って僕は自嘲気味に笑う。僕は進藤さんに何を話しているんだろう。でも今日の放課後を共にしたせいかわからないが、自然に言葉が溢れてきた。

「そっか……。実は私もね、黒崎くんは取っ付きにくいタイプだと思っていたんだ。でも本当は話してみたかったんだよね。黒崎くんっていつも本を読んでいるでしょ? 私も本が好きだから何を読んでいるか気になっちゃって。私たちくらいの歳だと、本を読んでいる人なんかあんまりいないからね。皆スマホばっかり見ているもん」

 同じような理由で僕も進藤さんのことが気になっていた。基本的に周りの生徒たちとも分け隔てなく話しているように見えて、なぜひとりで本を読んでいる時が多いんだろうと。

「まあ、自分でも取っ付きやすいタイプではないとは思っているよ」

 僕がそう言うと進藤さんは少し間を空けて言った。

「ううん。今日話してみてわかったよ。黒崎くんは少し内気なだけで、話してみればすごくいい人だってね。それに今日の謎解き。すごく楽しかった」

 楽しかったか。確かに思い返すと僕も今日の傘を探すという本当に小さな謎解きを楽しんでいたのかもしれない。こんな些細なことを楽しいと感じたのは高校に入ってからは初めてだろう。

「確かに暇つぶしにはなったよ」

 つい素っ気ない返事になってしまう。

 そのとき進藤さんが足を止めたので、つられて僕も立ち止まって進藤さんの方を振り返った。

 そのとき見た進藤さんの表情は何かを決意したような顔をしていた。

「ねえ、黒崎くん……。いや。朋己くん!」

 いきなり下の名前で呼ばれて驚いてしまった。僕は黙って進藤さんの言葉の続きを待った。

「私と友達になってくれる? これからたくさん本の話をしたいんだ。もちろんそれ以外の話もね」

 全く。僕は情けない。これは僕から言わなくてはいけない言葉だ。だって僕もきっと同じことを思っていたから。僕は今までような曖昧な態度ではなく、真っ直ぐ進藤さんの目を見て言った。

「ありがとう。嬉しいよ。むしろ僕の方からも言わせてほしい。僕と友達になってくれる? ……亜希ちゃん」

「うん! よろしくね!」

 なくなった傘を探すというほんの些細なきっかけで、僕にクラスで初めての友達ができた。あのとき思わず声をかけてしまったから。あのとき僕に手伝ってほしいと言ってくれたから、僕は小さな1歩を踏み出すことができた。

 どちらからともなく自然に手を差し出して握手を交わす2人を、雨上がりにかかる虹が見守っていた。

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