1-6

「え!? どこどこ?」

 僕は進藤さんを手で制しながら言う。

「その前にひとつ。進藤さんの赤い傘ってのは、明るい赤というより少し暗めの赤じゃない?」

「うん。そうだよ。それがなんか関係あるの?」

 その言葉を聞いて、僕は自分の推論があっている可能性が高いと思った。

「そうだね。進藤さんの傘じゃなきゃダメだったんだ。正確にはダメとは言わないけど、傘立てにある傘の中だと一番条件に合うのが進藤さんの傘だった。とりあえず急いだ方がいいかな。歩きながら話そう」

 僕は振り返って歩き出し、進藤さんも少し戸惑いながらついてくる。

「どこに行くの?」

「部室棟だよ」

「部室棟?」

 少し後ろを歩いていた進藤さんが僕の隣にひょいと踏み出してきた。

「そう。進藤さんが言っていた部活動紹介の話を聞いて僕も思い出したんだ。今日の紹介で傘を使っていた部活をね」

「傘を使っていた部活? うーん……。ああ! 応援部だ!」

 部活動紹介などというもので傘を使うのような部活は控えめに言っても多くはない。少なくとも今日の紹介では応援部しかいなかった。

「正解。それも赤い和傘を使っていたよね」

「そうそう。あのパフォーマンスすごかったよね。うちの応援部って有名だって聞いてたけど、本当に圧巻だったよ」

 進藤さんは少し前のこととはいえ、懐かしむような顔をした。

「そうだね。それでその赤い和傘が恐らく本番前に何かしらのトラブルがあって、1本使えなくなったんだろう。それで大慌てで可能性にかけて傘立てに代わりになるような傘がないか探しに行った。そこで進藤さんの傘を見つけたんだ。遠くから見れば赤い和傘として誤魔化すには十分な傘をね」

 進藤さん傘が選ばれたのは色、大きさともに傘立ての中で一番条件を満たしている傘だったからだろう。

「なるほどね。じゃあなんで傘はまだ返ってきていないの?」

「今日は部活見学解禁の日だからね。僕たちのようにすぐ帰るような生徒は少数派だ。だから慌てる必要がないと思って、まだ返ってきていないんじゃないかな」

 つまりは玄関で待っていればそのうち傘は返ってくる。でもいつ返ってくるかもわからないし、傘の場所がわかっているのにあえて黙って待っている必要はない。

 話しているうちに僕たちは応援部の部室の前についた。

 進藤さんが少し緊張した様子で部室の扉をノックする。

 扉がガチャっと開いて、肌が浅く焼けていて黒髪のショートカットのいかにも快活そうな女子の先輩が出てきた。

「はいはい、何かしら。ん? 君たちは1年生? 見学かな?」

 進藤さんは勢いに少し押されつつもその先輩に質問をする。

「あ、いえ。違うんです。もしかしたらここに私の赤い傘があるんじゃないかなーって」

 愛想笑いをしつつそういうと、先輩が驚いた顔で言う。

「あ! あれって君の傘だったんだね! 勝手に借りちゃってごめんなさい。今持ってくるね」

 進藤さんが驚いた顔で目を見開いて僕の方を振り返る。僕は無言で頷いて返事をした。

 先輩は部室の隅の方にある傘の束から、その中で唯一、紙でできていない赤い傘を手にして戻ってきた。柄のところには名札が貼られている。

「はい、これだね。実は今日の部活動紹介前の最終調整の時間の時に傘が1本壊れてしまって、慌てて傘立てからこの赤い傘を持ってきたんだ。放課後返しに行こうと思っていたんだけど、今日は部活見学だからあんまり慌てなくていいかと思っちゃって。勝手に持ち出してしまって本当にごめんなさい」

 先輩は傘を進藤さんに返しながら頭を下げた。

「い、いえ。頭を上げてください。私は傘が戻ってくればそれでいいんです。それに、私の傘が少しでも役に立って、あんなすごいパフォーマンスが見れたんですから」

 進藤さんは傘を抱きかかえるようにそう言って微笑んだ。

(お人好しだな)

 僕は思わず口元を緩めてしまう。

「ありがとう。ところで君たち部活は入らないの? よかったら応援部にどう?」

「すいません。私は部活は……」

 やはりと言うべきか、進藤さんは部活に入る気はないようだ。部活動紹介のときの様子からなんとなく察していた。

「僕もすいません」

「そっか。でももし何か困ったことがあったらいつでも相談してね。私は応援部の部長で3年の小嶋早苗こじまさなえ。よろしくね」

 小嶋先輩はそう言って胸をはった。

「はい! 私は1年A組の進藤亜希です。小嶋先輩、よろしくお願いします」

「黒崎朋己です。よろしくお願いします」

 そのあと少し話して僕たちは応援部の部室を後にした。

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