1-5

 さっさと帰ろうと思っていたのに、変なことに巻き込まれてしまった。

 すぐに帰っても特にやることはないからいいんだけども。よく考えるとここでさようならというのも不人情で気が引ける。僕は少し考えをまとめて口を開いた。

「下校の時間に雨で濡れないようにする以外に傘を使うとしたら何があるかな」

「雨で濡れないようにする以外? それってどういうこと?」

 いけない。考えをすっ飛ばして話してしまった。

「いや、ちょっと考えただけなんだけどさ。さっき進藤さんが言っていたような理由で、この時間に傘を持ち出しているということはないと思うんだ。それで下校時間以外で傘を使うなら、雨を防ぐ以外の目的じゃないかなって思ったんだ」

「なるほどね。すぐにそんなこと思いつくなんてすごいね。うーん。雨に濡れないようにする以外ねぇ」

 そう言って進藤さんは顎に拳を当てて、考えるようなポーズになる。

 この仕草で考える人を僕は現実で初めて見た。

 しばらくすると進藤さんは何かを思いついたような顔になり言った。

「わかった! 駅のホームにいるおじさんみたいに、ゴルフの練習をしているんじゃないかな」

 そう言ってゴルフのスイングの真似をして、キラキラとした笑顔を向ける。

 そんな笑顔で言われると否定はしづらいが、間違った推理は否定しておかなくては。

「違うと思うよ。それならさっき言ったように進藤さんの傘を使う必要はないし、そもそもそんな人って実際にいるの?」

 僕はそういう人もフィクションの中でしか見たことがない。

「ううん。私、電車通学だけどそういう人は1回も見たことないよ」

「だろうね。別の可能性を考えると……」

 僕も進藤さんも再び思案を巡らせる。

「武器に使うためとか?」

「それも進藤さんの傘じゃなくていいよ。それに僕なら傘なんて壊れやすいものを武器にはしない」

 本気じゃなかったみたいなので、進藤さんもあっさり「だよね」と言い微笑む。

 その時、校内のどこかから楽器の音が聞こえた。

「吹奏楽部か」

「そうだね。もう部活も始まっている時間だね」

 そんなに長く話しているとは思わなかったが、時計を見ると10分ほど話していたようだ。考え事をしていると時間が経つのが早い。

「ねえ、これ聴いて思い出したんだけどさ。今日って部活動紹介あったじゃん? この吹奏楽みたいに体育館の外とかに楽器を待機させなくちゃいけない部活が雨を防ぐために使ったってのはないかな」

 進藤さんが先ほどまでとは違い可能性のありそうな推理を披露した。でも恐らくこれも違う。

「だったらブルーシートとかもっと確実なものを使うと思う。それも進藤さんの傘じゃなきゃいけない理由はないしね。でもなんとなくだけどさっきまでよりはとっかかりが掴めそうな気がするね」

 僕はそう言うと腕を組んで思案を巡らせる。

 傘……。赤い傘……。部活動紹介……。

 そのとき、僕の頭の中にひとつの仮説が成り立った。

「進藤さん。わかったかもしれないよ。赤い傘の在処が」

 僕がそう言うと進藤さんの大きな瞳がさらに大きく輝いたような気がした。

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