1-4
部活動紹介が終わった後、その日は相変わらず昼休みをひとりで過ごし、クラスメイトとも授業中の最低限の言葉以外を交わさずに放課後を迎えた。
盛り上がっている周りの生徒たちと違い、僕はすぐに帰る準備をして玄関に向かった。
盛り上がっている人たち、何かに情熱を傾ける人たちが全く違う人種に見える。僕はそこまで捻くれてしまったのかと、また自己嫌悪に陥った。
そんなことを考えながら玄関にたどり着くと、そこにはひとりの女子生徒がどこか物憂げな表情で、外を眺めて立っていた。
先ほどの部活動紹介で僕と同じように冷めた表情をしていた女子だ。
名前は確か……。
「進藤さん?」
「ん?」
しまった。思わず声に出してしまった。
「えーっと……。黒崎くん、だっけ?」
正直、名前を覚えられているとは思わなかった。もちろん一度も話をしたことはないし、僕みたいなやつが印象に残っているとも思わない。人の名前を覚えるのが得意なのだろうか。
かくいう僕はこの子のことが、少し気になっていた。先ほどの部活動紹介のこともそうだが、実はこの子も休み時間は、特定の誰かと交流することはなく、ブックカバーをかけた本を読んでいるからだ。
進藤さんは僕よりもしっかりとクラスメイトと交流をしているが。
「そう。黒崎朋己」
僕がそう言うと進藤さんは、ホッとしたような顔で言う。
「よかった〜。合ってて。改めまして私は進藤亜希。よろしくね」
そう言って微笑む進藤さんの笑顔は先ほどの部活動紹介のとき見た表情とは全然違う柔らかいものだった。
「う、うん。よろしく。ところでどうしたの?」
なんとなくペースに巻き込まれて思わずそう聞いてしまった。
「うん……。それがね」
そう言って進藤さんは玄関の外に目をやったので、僕もそっちを見る。
「ああ。雨?」
朝の予報では午後から雨が降るという予報だった。なので僕も今日は折り畳み傘をカバンに入れてきている。
それでこの場で困っているということは、困りごとはひとつしかないだろう。
「傘持ってきていないの?」
これくらいの時間帯に雨が降るという予報ならば傘を忘れるのは仕方がないことだ。でも傘を持ってきていないということなら僕にできることは特にないだろう。
傘に一緒に入るような関係ではないし、そもそも僕の傘は折り畳み傘なのでいくら小柄とはいえ、2人で入るには狭いだろう。
僕の傘を貸すというのは進藤さんが気を遣って遠慮するだろう。そもそも僕だって濡れたくない。
「違うの。傘はちゃんと持ってきたのに、傘立てからなくなっていたの」
「傘がなくなっていた? 誰かが間違って持っていたんじゃない?」
となればどのみち、僕にできることはないだろう。
進藤さんには悪いがここは帰るとしよう。そこまで激しい雨でもないし、まあなんとかなるだろう。
「それはないと思うよ」
「え?」
思いの外強い否定のその言葉に驚いてしまった。
「私の傘って赤くて結構大きい傘だったんだ。透明のビニール傘だったら間違って持っていくことはあっても、赤い傘だったらそういうことはないじゃないかな。それに私は傘の柄のところに名前を書いたシールを貼ってあるんだ。もし傘をわざと持って行くにしても、名札が貼ってあるものは持っていきにくいんじゃないかな。そもそも、私はホームルームが終わってすぐにここにきているから、傘を持って行く時間はないんじゃないかな」
そういう進藤さんの強くて大きい瞳に僕は引き込まれるようだった。
「つまりまとめると……、進藤さんの傘がなくなったのは長く見積もっても登校してからホームルームの間ってこと?」
「そうそう! 黒崎くん察しがいいね」
進藤さんの瞳の輝きが増したような気がした。
「ねぇ、黒崎くん……。よかったら私の傘の在処。一緒に考えてくれる?」
「う、うん。いいよ」
頭で考えるより早く、僕はそう返事していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます