第15話 カンガレルラの山脈
あれから数日の時が過ぎた。
仲間が増えて、ちょっと動きにくくなった私たちは巣穴を拡張してそこを拠点に暮らしている。
『生命之祝福』がある分、同じ個体の魔獣達よりは皆強いけど、この山ではその差はあってないようなものだ。
巣穴の周辺及び私の近辺。
その周囲にしかミリム・リア・ヒマの活動範囲を許していない。
窮屈だけど仕方ない。
ミリム達に自由行動を許せば他の魔獣の餌になってしまうのは考えなくてもわかること。
だからここのところ3人にはお留守番をしてもらって、私だけが狩に出ている状態……なんだけど。
これ、してることって完全にママだよね。
変に所帯じみてしまったせいで、なお一層ママ兎味が増してしまったことにため息が出る。
しかし、考えても仕方ない。
私は今日も食料を集める為に山の奥へと出向くのだった。
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
―
この山については、暮らしていくにつれてなんとなくはわかってきた。
この山の名前はカンガレルラの大山脈。
たまに野営をしている冒険者達の近くに行って聞き耳を立てていて入って来た情報だ。
カンガレルラの大山脈。
ここはその麓。
思った通り、中腹以上にはレベルの高い冒険者が集まるところで。
それこそ、山の麓のこの区域では前に私がぼこぼこに倒した4人組や同郷の山川俊吾レベルがこの森区域ではちょっと弱い部類らしい。
本来はそのレベルが来れる場所……なのだから、私は初日に妖狐みたいな強いヤツとエンカウントしたのは本当に運が悪かったのだ。
……山川俊吾達はもっと運が悪かったの……ごめんね。
「ぶぅ!!」
「ぐぎぃ」
タックルで剛火猿を吹き飛ばして倒す。
山に入った最初は剛火猿にちょっと苦戦はしたけど、今となってはもうゴブリンと大差ない。
ステータスを見る限り私の状態に変化はないけれど、見えない部分とでも言うべきか。
補正値みたいなのは裏で上がり続けている……筈。
大量大量。
私は倒した剛火猿の魔核を首にぶら下げた鞄の中に入れる。
この前、偶然冒険者たちに絡まれたから返り討ちにして手に入れたこの鞄。
多分、氷魔法使いちゃんと愉快な仲間たちよりちょっと強いくらいの冒険者。
やっぱり兎を食材としか思っていなくて、狩をされたから逆に狩り返してやったわけだけど。
その時に手に入れたこの鞄の利便性はパない!!
今まであの子達に食料を届ける為に、この兎の身体じゃ魔核の持ち運びなんてできなかったから生活圏を広げられなかったけど、この収納を手に入れてしまったお陰でかなり広がって安定して魔核を収集できるようになった。
この調子だときっと、ミリム達の進化ももうすぐだろう。
魔核の稼ぎ頭が私だけだと、どうにもペースは落ちてしまうから時間がかかってしまうのは仕方ない。
けどこの山は最初の森と比べて強い魔獣も多いから経験値も多いはずだ。
大分過保護になってしまったけど、それは仕方のない事。
この世界に来て、私に出来た初めての仲間なのだから。
大切にしてしまうのはおかしい事ではない。
「ぶぅ」
剛火猿や道中倒してきたゴブリンや幼狐の魔核が大分溜まった私は、巣穴に戻ることに消えた。
月の光が照らす闇夜。
満月ではないけど、奇麗な月は私を優しく包み込む。
月を見上げた……瞬間だった。
「ッ!?」
私は横なぎに吹き飛ばされた。
突然の衝撃に防御も出来ずに吹き飛んで、木にぶつかって止まる。
身体の中の空気が全て出て、失いかけた気を取り戻して息を深く吸う。
と同時に、衝撃が来た方向に視線を向ける。
「ッ……」
視界に写ったのは白い光の玉。
否、魔法。
『敵性感知』
随分と遅れて、頭の中にメッセージが鳴り響く。
何とか直撃は免れて、でも余波で飛ばされた私は茂みにぶつかって止まる。
瞬時に体制を立て直して魔法の元……この現象の根源を視界に捉える。
そこにいたのは。
『久方ぶりに麓まで降りてきたが。貴様が、クランが言っていた異分子か?』
狐だ。尾の無い狐。
金色にその体毛が彩られ一種の芸術にすら感じられる造形。
そして、この世のものとは思えない神々しさ。
私の『同胞の絆』のように直接脳に言葉が響く。
『どうりで。魔魔兎を殺すつもりで撃った光魔法に耐えおった』
金色の狐は私を視界に捉えながらゆっくりと呟く。
私は無意識に、『鑑定』を行った。
けれども。
――――――解析
[――]
[種族]:
[状態]:解析不可
[加護]:『――』解析不可
『――』解析不可
『――』解析不可
『――』解析不可
『――』解析不可
[
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
[兎への敵性]大
何もわからなかった。
妖狐の時よりもひどい。
種族以外何もわからない。
『ほぅ。『鑑定』が出来るか?力の差がわかるよう種族くらいは開示してやったが』
身体が震える。
本能が全身全霊で逃げろと警告を挙げているが、理性が何をやっても逃げきれないと諦めてしまっている。
無理だ無理だ無理だ。
この存在に、勝てるビジョンが、逃げ切れるビジョンが浮かばない。
この存在に比べれば、妖狐なんて赤子のようなものだと……今になってわかる。
『震えているか?弱気存在よ。クランを出し抜いたのが運の尽きよ。我らは同族への侮辱を許さぬ』
『……?ま、って。私はそのクラン……なんてしらない』
恐怖で震える頭をなんとか動かして、『同族の絆』でいつも行っているようにテレパシーを送る。
なんとか、通じたみたいで空狐は目を細めた。
『貴様が出し抜いた九尾よ。魔魔兎を狩り切れぬなど、狐の名折れ。……然り、気になったものでな。クランより逃げ切れる魔魔兎がいると』
思い当たった狐。
初日に、山川俊吾に押し付けたあの妖狐の事だろう。
なに。あの妖狐情けなくもこの親分みたいなのに私のこと告げ口して直々に私を狩に来てると?
なにそれずっこくない……。
『元来、我が動くことなどない……が、気になったものでな。放っておけばいずれカンガレルラの均衡を崩す一因になるやもしれん。邪魔が入らぬ内に、な』
震える身体を何とかしようと力を入れるけど。
どうにもならない。
そもそも、最初の光魔法のダメージだけでも、回復が追い付かないくらいに痛みが身体を支配しているのだ。
『我の『鑑定』で解析できぬ加護と能力を受ける貴様は、危険因子だ』
解析できない私の加護と能力。
恐らく、それ等は兎神様からもらった加護の事だろう。
『兎神之寵愛』
『豊穣之祝福』
『夜見之祝福』
兎神様の権能。流石に、超越種でも見れないみたいだ。
……まさかそのせいで超越種に危険因子と捉えられて殺されるなんて、なんて不幸……。
『せめて安らかに眠れ異分子よ』
空狐の口に集まるのは圧縮された光の魔素。
それはさっきの光の玉とは比べ物にならない程に圧縮されたエネルギーで。
おそらく喰らったら跡形もなく消し飛ぶことは間違いない。
低級でも中級でも、きっと上級の魔法でもない。
おそらく、超級の……。
諦める。
この状況は詰みだ。
満月でもなく……いや、満月であったとしても果たしてどうにかなっただろうか。
……超越種と会敵した時点で、ちょっと強いだけの兎なんてもうどうにもならないのだ。
蟻と像で闘って、勝てと言われているもの。
私の兎生もここまでだ。
まぁ、本来生きることのなかった兎生。少しは楽しくやれたのではないのだろうか。
ミリム達の事だけが気がかりだけど、あと少しで進化できるからそれさえ乗り切ってこの山を出てくれさえすればあの森でなら平和に暮らせるだろう。
ミリム達と過ごした少しだけの幸せの期間を思い描きながら。
私は目を瞑った。
――――。
その刹那。
とても肌寒い風が吹いたと思うと。
(?)
私の身体に何かが当たる感触があって、目を開ける。
(ッ!?なにこれ……)
其処は一面銀世界。
さっきまでは何ともなかったこの山に吹雪が吹きあられ、雪が積もり、辺り一面の銀世界と化していた。
『感づかれたか』
超級光魔法を行使しようとしていた空狐は、吹雪の中で私を睨みながら魔法の行使を中断して忌々し気に呟きながら私を見る。
『命拾いしたな。異分子よ。次こそは殺そう。二度に渡る狐種への侮辱、許されると思うな』
憎々し気に、凶暴な牙を見せて私を睨みつけながら。
『……貴様もだ、雪兎』
視線を私の背後に移し、睨みつけると空狐は吹雪の中にその姿を消した。
(助かった……?)
私は安堵に包まれて、ふと、空狐の最後の言葉にひっかっかる。
私の背後を見ながら呟いた言葉。
雪兎……?
私は痛みで軋む身体をなんとか動かして、背後へと視線を向けた。
吹雪で視界の霞む世界で。
確かにそこに、大きな雪の塊が鎮座しているのを確認できた。
否、雪の塊じゃない。
それはふわふわした真っ白の綿のような毛。
紅くくりくりした瞳が私を覗いてる。
『大丈夫?』
とても優しい声音で、其れは語りかけてきて。
――――――解析
[――]
[種族]:
[状態]:良好
[加護]:『――』解析不可
『――』解析不可
『――』解析不可
『――』解析不可
『――』解析不可
[
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『――』-解析不可
『ゆき……うさぎ……』
私の視界はブラックアウトした。
――――――
―――――
――――
―――
――
―
『ママー起きて―』
『うぅん……』
私の意識は覚醒する。
気が付けば、よく知る巣穴の中で私の目は覚めた。
朧げな視界と思考の中で、なんとか考える。
確か私は、食料を取りに行ってたら空狐に狙われて……と思ったらいきなり山が吹雪になって、大きな兎が……雪兎が現れて。
『ママ―!!おきたー!!よかったー!!』
『よかったー!』『……よかった』
『ぐふッ』
ミリム・リア・ヒマの3方向から来る衝撃に私は思わず咽てしまうが、なんとかミリム達を抱きとめた。
『ママ巣穴の外で寝ちゃってたから心配したー』
ミリムが言うには私はどうやら巣穴の前で眠っていたらしい。
……ここまで私を届けてくれたのは恐らく雪兎だろう。
空狐と同じ超越種。
でも、少なくとも私を助けてくれたし敵ではないことは確か。
あの雪の世界は雪兎の能力……なのだろう。
超越種……恐ろしい。
私を心配してか抱き着いてくる三匹に、もう大丈夫だよ、と安心させて。
運よく身体に付いていた鞄から今日の戦利品の魔核を取り出して3匹に食べさせた。
とりあえず、助かった。
私は命の危機を脱したことに安堵して、ため息を吐いた。
兎にも角にも。
また、兎に助けられてしまった。
なんとも、私の人生も兎生も、兎に助けられることが多いようだ。
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