第13話 ママ兎


(まってー)


巣穴に戻る私の後ろをぴょんぴょんと跳ねながら追ってくる魔兎。


(ママ―)


(ママじゃないのに)


私は、はぁ、とため息をつく。

魔兎に懐かれてしまった。


私に追いついて、私の白いモフモフに身体を擦りつけて安心したような表情をする魔兎。

私よりも一回りも二回りも小さい魔兎を見て考える。


どの魔獣よりも弱そうな魔兎。


私が助けなければこの魔兎は間違いなくゴブリンに捕まって食べられてしまっていただろうことは間違いない。

その運命を捻じ曲げて私が助けてしまったのだから。

この子がまだ生きながらえていえるのは言ってしまえば私の責任でもある。

俗にいう、助けたのなら最後まで責任を持って助けろ、と言ったところだろう。


連れて帰ると決めた理由。

このままこの子を放置するのもなんだかモヤっとする。

私が全力で逃げれば、この子は当然追ってくることは出来ない。

『生命』の付与によって多少ステータスは上昇したからさっきのゴブリンに負けることはないだろうけど、この危険な山ではいずれその命は散ることだろう。

だからこうして連れ帰っている。


……。


本来なら、自分に無関係な存在は見捨てる。

私のようなイレギュラーが介入してまでこの魔兎を守る責務はない。

それが自然だ。

この山に存在する他の魔兎は今日もその貧弱なステータスで逃げながら生活している。

だから、私がこの子をここで突き放して放置しても問題ない……筈なのに。


いざ逃げようとすると、私の足に力は入らなかった。


私に懐いて踞ってくるこの子を払いのけるなんて私にはそんな人でなしなこと出来ないし。

これがもし前会った冒険者とかだったら同じ状況でも見捨てられるだろう……でも、この子を前にしてそれは出来ないのだと、何故かそう感じる。

感じる若干の違和感。










『兎を見捨てる』











兎を助けて様々な権能や恩恵を受けている私が、兎を見捨てる。

その行為をした時。

その時、私がどうなってしまうのか。

一種の恐怖を全身で感じる。

根拠はないけど、それでもその結論に行きついた時とても良くないことが起きる気がする。


ならば、この世の兎をすべて助けるのか?と問われたら答えはNOだ。

私は生前目の前の兎の為に命を落としたけど、別に兎愛護団体ではない。

ただ、助けられる命があったから。手の届くところにあったから。


だから、私が助けられる兎がいたのなら。手が届くのなら。

私は


兎以外はどうでもいい。でも兎だけは。

実際のところ、わからないけどそう考えるのが自然だ。

そう考えて活動したほうがいいだろう。


(どうしたのママ―)


動かなくなった私を不思議に思ったのか、魔兎が覗き込むようにその赤い瞳を私に覗かせる


(どうして、私がママなの?)


(おっきくてつよいからー)


(強いとママなの?)


(わたしをたすけてくれたからー)


魔兎はぴょんぴょんと小さな身体で跳ねて答える。

能天気な魔兎の姿に、思わずため息が出る。


(私はママじゅないけど……)


(うわー)


私は魔兎の首根っこを口で捕まえて、上空に放り投げる。

そのまま私の背中でキャッチ。


(とりあえず、早く巣穴に行くよ)


(わぁー。おうち!!)


嬉しそうな声音で、魔兎は叫ぶ。

もちろん、『同胞の絆』によるテレパシー。

実際には、ぷぅ、と鳴いているだけである。



私は怠け者ではあるが薄情者ではない。

助けてしまったからには情が湧く。

これはだるいけど仕方のない事。



私は、自分を納得させながら巣穴へと戻るのだった。



―――――――――――――――


巣穴に戻ると二つの生命が私の言いつけ通り巣穴の中で待っていた。


リアルマの苗と石のヒマル。

二匹…………なのかな?

とりあえず二つの私が生み出した『生命』は私が帰ってきたことに気が付くと嬉しそうに動いた。

リアルマの苗はうねうねと動いて、ヒマルは私に近づいてくる。

命令達成したよーって報告してる感じかな。


二つの生命を見て、ふと思考を過る。

そういえば、この二匹は私が生み出した生命……私ママなのでは!?


ふと思いついた過程に、魔兎を見る。


(ママ―)


魔兎はぴょんぴょんと跳ねながら嬉しそうに巣穴の奥に入っていった。

確かに、この子に『生命』を与えたのだから、この子の言うように私がママのはおかしくなかったのでは……。

と、私は思考するが、この子が私をママだと言い始めたのは『生命』を付与する前からなのでただこの子が能天気だっただけなのだと落ち着く。


(ママーおなかすいたー)


気が付けば、魔兎が私にタックルしながらお腹がすいたと唸っていた。

おおぅ……完全に甘えんぼムーブに入っているよこの子。


ママではないけど……。

お腹がすいたのなら、仕方ないかぁ……。


だるい時に引きこもれるように、巣穴の奥に貯めておいたミニベリーを魔兎に与えた。

仕方ない。

だって魔兎、リアルマの苗を見ながら涎垂らしてたからね。

多分、私のだってわかってたから食べなかったんだろうし、勝手に食べずにちゃんとお腹すいたと催促できただけ偉い方だろう。


……なんか段々とママ兎の思考になってない?

私のそんな思考を他所に。


(おいしー)


魔兎は美味しそうにミニベリーに齧り付いていた。
















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る