第五章 ライクスの祭り(中編)


 かつてこの大陸には、様々な種族が住まい、時に交わりあっていたという。東の果ての緑豊かな大地には、人ならざる人々が、西の彼方、荒野と鉱山の大地には、工夫にあふれる人間が、そして両者が交じり合う場所こそが、今は六王国が納める土地である。

 分かたれたのは、神話の時代の、大いなる戦いのため。

 カルバ要塞は、その名残とも言える。巨大なクレーターを利用して作られた。

 内部は地上五十階建てをはるかに越える、部屋数は、実は把握しきれていない。ベールディンの王宮を含めた、あらゆる構築物を上回る巨大さである。

 その内庭には、祭りの催しのための色々が、ちらほらと姿を現していた。


「よぉ~し、そのまま、そのまま………よし、とめろぉ~」

「ちょいまて………もうちょっと右じゃねぇか?」

「そうか?どうせ一晩持てばいいんだし………」


 若者達が丸太をロープで引っ張り、くくりつけ、高さ五メートルほどのお立ち台を作成中である。クレーターの内側から見上げる、東の彼方の大森林から伐採、今朝方届いた大木たちだ。

 カルバ要塞の内庭にも樹木は自生しているものの、実はそのはるか上、カルバ要塞の東の山の向こう側は、一面の森が広がっているのだ。

 外からは霧が濃すぎて分からないが、広大なクレーターでさえ、岩山の一部に過ぎない。そして、小川が岸壁の途中からちょろちょろと、小さな滝が小川となり、中央の田園地帯へと流れていく。

 ただ、食料を集める範囲は広いほど持続性があると、カルバ要塞入り口周囲にも手を伸ばしているだけだ。植物の種類がやや異なるということで、森の民の方々も、問題ないとすすめてくれた品々だ。同じ森に住まうもの同士、それであれば、時折食料を持ち寄って、祭りか、宴会でもしようと考えるのが、人情。それが、ベールディンの暮らしの知恵と言うことなのだが………


「今日の祭り、モートリスたち来ないのか?」

「いや、おっちゃんが誘ったみたいだけどな、いつも通りに断られたらしい。住まう場所が違うとかで………」

「お堅いんだか、まじめなんだか………まぁ、こっちは感謝の気持ちを表すのが目的だろ?それを無理強いしたんじゃ、かえって迷惑だからな」

「って、モートリスたちは普段、どこで暮らしてるんだ?」

「森と一体化して………まさか、あいつらの正体は森の木々だったり?」

「やべぇ、おれたち、あいつらの親戚、弓矢にしちゃってるよ」

「いやいや、御伽噺にもなってないって、せいぜい、霧だろ」

「同じじゃねぇか………じゃぁ、妖精が正体ってか?」

「………案外、納得………?」


 無駄話に花を咲かせながら、若者達はロープを引っ張り、四本の大木はようやく、ピラミッド型として安定した。すぐにも台座となる四段ほどの板の間に、階段がつけられることだろう。

 もちろん、周囲にちらほらと見え始めている、ひらひらとした飾りも、ふんだんにくくりつけられて、完成となる。

 ひらひらと、いたるところで風にあおられる飾りは、何かを呼び寄せているようであり、何かが訪れたと知らせる目印のようでもある。

 あるいは、その象徴。

 派手さは異なりながら、どの都市、どの村にも見える光景である。そして、すべての飾りが、祭りで使われた衣装にその他をやぐらに詰め込み、夜も最高潮と言うあたりで、燃え上がるのだ。

 遊びに来た何者かを、煙と共にどこかへと送り出すようなものだ。

 この日の夜、一晩のためだけに作られるにしては、少し大げさであるが、お祭りだからこそ、張り切りたいのが人情と言うもの。

 先日、帝国軍の部隊が侵入、そして、防衛に成功したのだから、否が応でも気分は高揚している。

 自分達は、今回も生き延びたぞ――と


「よっし………あとは飾りか………」

「いや、その前に安全確保だ………だれか、おっさん呼んできてくれ。どうせ、おっさんもこの台で演説するんだ。自分で安全確かめてもらわなきゃ」

「一番、でかいからな。万が一崩れても、将軍様なら、平気だろう」


 笑っていた。

 将軍と言う地位をいただく頭巾のおっさんとの距離は、とても近いようだ。頼りにしているというか、いいように使われているというか………それだけ、距離が近いということだ。

 もう、見慣れた頭巾が、後ろにいた。


「ほう、ほう………なら、お前達も一緒に来てもらおうか」


 出撃のときでなくとも、頭巾はかぶっているらしい。敵の攻撃から身を守るためのはずが、ファッションとしても成り立っているのだ。

 毛皮の毛並みを存分に生かした、クマのようなファッションは、正に山賊だ。

 そのおっさんが、軽口を叩いていた若者二人の頭に、ポンと、手を置いていた。


「やぁ、これはこれは、ブローニック将軍、本日も、お日柄のよいことで」

「ただいま、将軍が登られる台座の安全を確認しようとしていたところでございまして………」


 あわよくば、将軍に手伝わせようと思っていた若者達は、嫌な汗をかいていた。周りの若者達など、それはそれは、さわやかな笑顔で、お出迎えだ。

 両手を、耳に当てている仕草は、お約束らしい。どこかで、ワーレッジがしていた、子供っぽい、うるさい小言対策ポーズだ。

 にっこり笑顔のおっさんは、大きく息を吸い込む。

 皆さん、耳をしっかり覆っている。

 そして、おっさんに頭をむんずと捕まえられた若者達は、嫌な汗。

 そして――


「しっかり、やらんかああああっ」


 いつもの小言が、草原に響き渡った。

 和やかな、カルバ要塞の光景だ。

 その光景を遠くに見ながら、ぽろろん、ぽろろんと、軽やかな調べが風に乗る。

 ダークブラウンのポニーテールが、お手製の楽器を弾いている。やや調子がずれながら、ぽろろん、ぽろろんとの軽やかな調べと共に、語りが始まった。


「哀れ若者たち~、いらぬ口を開いたばかりに、災いに見舞われた~」


 あんたにも言えるのではないか。誰かが突っ込みそうなセリフをはくのは、吟遊詩ぎんゆうしじん人を気取っいる、副官のオリゲル殿である。

 楽器をいくつ演奏できるのか、笛を腰に、今はギターのような楽器を手にしていた。気に入っているのか、腹部から胸元までの皮製の鎧は、のんびりしていても身につけたままだ。何かあれば出撃せねばならないのならば、おっさん共々、普段着のままではいられないのかもしれない。

 その後ろでは、カルバ要塞の守りの要である、ワーレッジが何かをしていた。

 きらりと光るものを、手にしていた。

 どのような宝玉術だろうかと、興味を引かれる。だが、ワーレッジにとっては、さらに秘密の作業であった。

 ライクスの仮面の、作成中なのだ。

 お子様には絶対に秘密なのだ。


「オリゲル、唄はいいから、子供達が来ないように、見張っててよ」


 吟遊詩人を気取るオリゲルに、注文をつけた。

 将軍ブローニックと副官のオリゲル、そしてワーレッジの三人は、一緒に過ごす時間が長い。そのため、プライベートの時間との区切りはつけがたく、今もこうして、ワーレッジに付き合っているのだ。

 ただ、吟遊詩人の背中は、ワーレッジの言葉を聞いてくれたのか、疑問である。

 いや、心配しすぎだと、その背中は言いたいのかもしれない。カルバ要塞は、狭いように見えて、かなり広い。クレーターの直系は二キロメートルで、よく太陽の当たる中央を田園地帯に、次に日当たりの良い場所は洗濯場所に、運動広場にと区分けされている。もちろん、運動広場は居住地域のすぐ目の前。

 広大であれば、誰かが近づけば分かるものだ。

 すなわち、ワーレッジの秘密の作業が、モルテちゃんに見つかる恐れはないというのが、オリゲルの背中の言わんとすることなのだ。

 それでも、油断は禁物なのだと、ワーレッジは続ける。


「ライクスの鬼の正体がボクだってことは、絶対に秘密なんだからね。ねぇ、分かってる?」


 カルバ要塞の最強の戦力が、死に神と恐れられる少年が、何を言っているのだろうか。

 しかし、赤ん坊の頃からお世話をしている女の子のため、ワーレッジは本気の、本気なのだ。

 それが、お兄ちゃんなのだ。

 まぁ、父親であっても同じだろう、可愛い子供のためにと、見れば周囲の方々の様子が、ちょっとおかしい。


「あれ、うまく変わらない………なんでだ?」

「引っ張るところ、ちょっと余裕もたせちゃどうだ?」

「ねぇ、このお髭、ちょっと長すぎるよ。子供が怪我したら、どうすんの?」

「だってよぉ、この方が迫力あるだろ?それに、あいつの手は、まだ髭までとどかねぇって」


 頭から布をかぶり、あるいは仮面をかぶったまま、やいやいと、相談の真っ只中である。みなさま、ワーレッジの作ろうとしている仮面を手に、ああすればいい、ああではないと、誰もが懸命になっていた。

 それはもう、襲撃を受けたときの騒ぎを上回る勢いだ。本当の非常時には冷静になっていた反面、今は心置きなく、大騒ぎである。


「ワーレッジ………近所なんだから、仮面くらい、俺らが作るってのに………ほんとに、兄バカと言うか、何と言うか………」


 二十代半ば過ぎの若者が、近づいてきた。その姿は、すでに祭りの準備が完璧な、頭から布をかぶり、その上から仮面をかぶって、肩や背中からも、ひらひら、何かをくっつけているお姿だ。

 モートリスの姿に、似ていなくもない、完全なる擬態の姿。

 ただ、森に身を潜め、敵に気付かれないためのものではない、その目的は、むしろ逆である。

 すなわち――


「………デレットは、本気すぎ………」


 ワーレッジが顔を上げると、大人でも恐怖を覚えそうな仮面が、こちらをにらんでいた。それはもう、細かな細工の施された、ライクスの仮面があった。

 一見すると、たれ目のおじいさんの仮面に見える。シワが深く、眉毛が妙に長く垂れ下がり、もちろんお髭も伸ばしたおじいさんのお面である。作り物と分からせてくれるのは、片側から伸びている、紐である。

 その、片方からたれている紐が、お楽しみだ。くるりと回転して、顔の上下が逆になる仕組みなのだ。

 すると不思議、たっぷりと蓄えたお髭が鬼の角や、逆立った髪の毛に化けるのだ。へらへらした、情けなさそうに垂れ下がった口元など、怒りに眉をひそめて見える。

 いわゆる、だまし絵である。

 たれ目は怒った鬼の目になるのでほぼ共通だが、お髭の長さや形、太さは全て異なる。

 基本は、三本角の鬼のお顔であるが、あまりにお髭がとがっていれば、子供が怪我をするかもしれない。先ほどの奥様のお怒りの理由だ。

 ちなみに、おじいさんの仮面のときも、あまり見ていて微笑むようなお顔ではない。いつ、このお面が鬼に変わるのかと言うことで、おじいさんのお面の段階で、お子様達は泣き始めるのだ。

 よって、決してこの作業を、お子様に見られてはならないのだ。

 大人の、楽しみである。


「どうだい、これで、オレんとこの悪ガキも、ちっとは大人しく――」


 いいながら、すっとひもを引っ張る、ワーレッジのご近所さん。かくん――という音もない、無音のままでくるりと、おじいさんの顔が回転した。


「いい子になるなぁ~………ってよ?」


 ちょっと、びっくりしたことは秘密のワーレッジ君十七歳。

 カルバ要塞の守りのかなめであり、死に神と呼ばれる宝玉術の使い手をおびえさせるとは、何者なのだ、この隣人のご主人は。

 ニルミアお姉さんが知れば、大急ぎで、ライクスの仮面を掘り始めるに違いない。見事に、怒りまくるライクスの鬼のお顔になっていた。

 もしも、おふざけの声でなければ、もっと怖かっただろうに。淡い水色のショートヘアーの少年、ワーレッジ君は、思った。

 しかし、ここは死に神と呼ばれた少年だ。平静を装って、隣の奥様のお顔を伺い見る。

 止めてあげてと。

 本気すぎるからと。

 手直しには時間がまだある、気付けばクレーターの内側が太陽に照らされる、お昼時であった。



 *    *    *    *    *    *



 町外れの草原に、しとしとと、雨が降る。

 真上には、秋の太陽が暖かく輝き、今日もいい天気だ。この時期は快晴が続いて、ぽかぽか陽気の、よい天気が続くのだ。

 ………なのに、ここでだけ、雨が降っていた。

 町外れの、妙にすっきりしすぎた草原には、まばらに家屋があるばかり。その一角ではしとしとと言うか、ドバドバと言うか、大雨だった。これは通り雨、局所的豪雨ではない。人工の、雨だった。


「よぉ~し、そろそろいいだろう………」

「んじゃ、降りるぞ………動かすなよ、いいか、はしごを動かすなよ~」


 バケツを空にした男は、はしごの上から、支える仲間に告げる。いったい何杯目だったのかと考えながら、バケツのお水は、穴の空いたタルに注がれていた。

 人工の雨のための、仕掛けであった。


「もういいだろっ、こっちは体が冷えて仕方がねぇ………ってか、射撃手まで水浸しにする意味あんのかよ」


 タルの下で、男は震えていた。

 作業着もろとも、銃も水浸しである。秋とは太陽がぽかぽかと暖かく、風は涼しい季節なのだ。水浸しでは、凍える寒さであるのだ。

 声も、こごえていた。


「うるせぇ、上の指示だ」

「そういうことだ。死に神のいる森は、霧が濃い。そのために、なにが起こったのかって知りたいんだと」

「なにせ、みんな仲良く、銃が撃てなくなったって話だからな」


 バケツを満たしてのはしごの往復も、楽しい作業とは言いがたい。はしごから降りたばかりの仲間たちも、汗でぐっしょりだ。太陽が暖かく、秋風もそよぐ日和である。みんな仲良く、明日は風邪をひいていることだろう。

 いや、すでに風邪を引いていてもおかしくない、水浸しの男は毒づいた。


「………どうせ、バカがバカな命令出して、現場が混乱しただけだろ。俺は、民衆の主だぁ~、とか何とか言ってよ」

「俺もそう思う。けどな、命令は、命令だ」

「そうだそうだ。バカな命令にも、バカみたいに従う、俺たちはバカばかりだ」

「バカバカ言うな、このカバ」

「カバだと、この………カバ?」


 一部で言葉が怪しくなっているが、お疲れでは仕方ない。言い合いながら、もくもくと準備をする作業着姿の男達。彼らは帝国軍専属の、整備士たちであった。

 バルガデアンの引き連れた部隊は実戦部隊、他にも従者その他を引き連れての、その他に分類される整備士が、彼らであった。

 武器の改良や開発をすることもあるが、地方都市に派遣されている彼らは、武器の補修整備が、主な任務である。

 今回の実験の目的は、不具合の検証だ。

 『東の果ての都』に駐留する部隊のための兵舎は、都市の外延部に開拓された、広々とした敷地にある。その敷地から、さらに離れた草原が射撃を含めた訓練場であり、整備士の方々が整備や、このような射撃を含めた実験を行うわけである。

 と、いうことで、哀れにも狙撃手に選ばれた整備士は、人工の雨に降られていた。これで、撃てなくなったという状況を、体験した事になる。

 続く発射実験のために、震える手で銃に溜まった水を切り、銃弾を装てんする。

 弾丸の数は、五発。

 五連銃ごれんじゅうとの愛称がある理由である。高度な技術が必要であるため、王国には存在しない武装である。そして、ウアルデギド帝国になるまで、お目にかからなかった技術である。

 しかも、帝国の誇る技術力の一端でしかないのだ。その一端に手を触れているのだと、誇りを持つ作業着姿の整備士たち。

 今は、苛立っていた。


「いいから、早く終わらせて、一杯やろうぜ」

「だな、今晩はライクスの祭りなんだ」

「何か準備要るんだっけか?方々で派手な色の飾りがはためいてるけど………」

「たしか、仮装するんだよな、ひらひらしたのつけて………あと、なんだっけ?」

「みんなで、仮面をかぶるじゃなかったっけ?」


 無駄話をしつつ、整備士たちはぞろぞろと、射撃手の後ろに集まった。仲良く見つめているのは、人の胴体ほどもある、丸太であった。

 試射の、標的だ。


「おぉ~い、そろそろ撃つぞぉ~」

「「「「いいぞぉ~」」」」


 返事を合図に、引き金を引く。

 乾いた音が余韻を残し、何かがはじける音が重なる。射撃手の後ろに控えていた整備士たちは、耳を押さえたまま、顔を見合わせる。問題なく発射されたと、互いに見合うことで、確認していた。

 湿気って撃てないなど、やはりありえないのだ。池にぽちゃんと落としても、撃てるのだ。互いにうなずくことで、確認しあう。

 水をばしゃばしゃと、しっかりきってもらわねばならないが、霧に包まれた程度では、問題が出るはずもない。


「次、撃つぞっ」


 無言のやり取りを尻目に、射撃手は、声を上げる。

 ジャコン――と、金属のボルトを引き寄せる。

 そして、戻す。

 これで、弾は込められた。改めて、じっくりと狙いを定める。凍える指をわずかに伸ばして、改めて引き金に差し入れる。

 この作業を繰り返し、五発連続で、撃ちつくした。

 人工の雨にふられていても、二百メートル先の標的には、当たっていた。弓矢の使い手でも、これほどの距離、これほどの制度で当てられるだろうか。技術者の端くれたちは、惚れ惚れと帝国の技術のすばらしさをだべりながら、ノロノロと移動を始めた。

 射撃の実験で面倒なのは、この移動だと言い合いつつ、気付けば、小走りになっていた。上に怒鳴られたのではなく、早く終わりたかったためである。

 太陽が暖めてくれていても、すっと風がそよぐだけで、ぞくりと身を震わせ、肩を抱く若者達。

 削れた、丸太の前に移動を終えた。


「うん………まぁ、これだけ当たっていれば、十分だろ」


 丸太の真ん中には、適当に円が描かれていた。丸太ぎりぎりを削った痕跡が三つに、一応、円に当たっているものが二つ。


「ど真ん中には、かすりもしてねぇな………」

「俺は狙撃手じゃない。でもま、俺ほど忍耐があって、この距離で、これだけ当てられるやつは、多くないはずだぜ」

「………まぁ、五発とも目標には当たってるな。致命傷は、二箇所だが」

「心臓に当てないと死なないってわけじゃないだろ。わき腹に、肩に、ここなんか、本来致命傷だぜ。ほら、足の動脈をかすってるからな」


 丸太の前で、感想を言い合っていた。

 射撃手の自慢はさておいても、五発とも、命中であった。かすっただけであっても、当たっていた、撃てていたのだ。


「………しっかりと、湿気ってるな」


 腕ほどの長さの銃を、じっと見つめる。

 木製の台座に、細長い鉄パイプが乗っかっている。わざと水浸しにしていたために、もちろん水にぬれて、泥の塗装がされていた。


「それでも、撃てただろ」

「そもそも、雨みたいな霧なんて、ありえねぇよ。川にでも落ちたか?」

「みんな仲良くか?」

「んで、整備をサボった」


 やはりおかしいと、新品のようにきらきらした、一部傷だらけの銃をいじる。

 撃てなくなったと、山積みにされた一丁である。バルガデアン部隊の方々が、死に掛けたのだと、放り投げた品々である。

 そのせいではないはずだが、ドロや草がべったりとへばりついている。動作不良の原因が、銃口などに詰まっている泥や草なら納得だ。撃つ前からこの状態であったのかは、ぜひとも問い詰めたいところだ。

 そこへ、一人が思いつめたように、つぶやいた。


「………分かった。宝玉術ほうぎょくじゅつだ………」


 何かを、思い出すようでもあった。いや、思い出すというより、思いつめたような物言いに、場の雰囲気が変わる。


「宝玉術って………あの、小汚い格好のガキどもの力か?」

「せいぜい、直感がすごいとか、遠くが見える程度だろう………不思議な力には違いないけどよ、弓矢の時代ならともかく、五連銃の時代だぜ?」


 一同は、顔を見合わせる。

 宝玉術の使い手が、彼らにとっては未知なる力を使うということは、知っている。五連銃の部隊を引きつれねば、危険だということも。

 見た目は素手であっても、侮ってはならない。気がつけば、火達磨にされていた、首がはじけ飛んでいたという話を、いくらでも聞く。

 なら、敵の攻撃が届かない距離から、一方的に攻撃をして、倒してしまえばいい。

 ここ、ベールディンの戦いでも、その一つ前のディーアミグアの戦いでも、勝利を収めた戦法なのだ。

 強敵だが、倒せると。


「並みの使い手なら、それで勝てるさ………水浸しにされても、撃てるしな」

 

 言いよどむ。

 話していいのかと、迷うようだ。顔を見合わせていた整備士たちは、額がこすれるほど、顔を近づけた。


「七年前、ベールディンの旧王都で戦後裁判があったろ?宣伝目的のヤツ」


 いじっていた銃をひざに置き、改めて向かい直る。

 話を聞く面々は、不気味そうな顔をしている。話題が、突然に変わったためである。それでも、何か意味があるのだろうと、記憶から呼び覚ます。


「たしか、正義がなされた………とか、なんとか」

「んで、諸悪の根源たる、ベールディンの王族は処刑された………とか?」

「ついでに、帝国軍の面汚しもな」

「ドサクサ紛れに、口封じも色々あったって噂もあるが………」


 それぞれの答えは頼りないが、どうせ縁がないことだと、ぼんやりとしか、記憶にしていないのだ。当時は見習い、あるいは下っ端の下っ端で、ベールディンの戦いには参加していない。話は、全て噂程度なのだ。

 それでも、うろ覚えながらも出された答えこそ、射撃手の言いたかったことであった。口封じが、それだ。

 ヤバイという雰囲気が、すでに最高点に達している。

 自分達もやばい、それでも聞きたいと、顔を近づけた。むさくるしいとなど、言ってはいられない。


「ある整備士長が、職務怠慢で処刑されたんだ。それ、俺の師匠なんだけどさ………処刑の前に教えてくれたんだ。本物には、手を出すなって」


 息を呑む。

 仲間が処刑された。それも、職務怠慢と言う、整備士としては恥とされる大罪においてだ。それだけでも、十分に背筋を正して聞くに値する出来事である。

 そうではないと、彼は言ったのだ。


「信じられるか?一千人を越える大部隊の銃が、全部撃てなくなったんだってよ。そのせいで、一方的に………最終局面ってこともあって、そん時の敗北の責任は、誰に取らせるってことになったわけだ」


 王都攻防戦の話だという。

 戦いはベールディン側の大敗北に終わり、南へと帝国軍が進むごとに、都市は落ちていった。その最終局面と言える戦いが、王都での戦いだ。

 ベールディンの王都の南にも都市はあるが、象徴たる都を落とされてなるものかと、おそらくは全ての力が、宝玉術の使い手を含めた力が、集結した。

 こちら側にも宝玉術の使い手がいたため、有利だった。規模の大小はあれど、バルガデアンの発想と同じだったわけだ。

 結果、大敗した。

 ある使い手が現れたと同時に、撃てなくなったと言う。

 霧が、立ち込めていたと。


「知ってるやつは、知っているがな………都の半分が無人となり、いよいよ王宮に突入しようとしたときに、神殿から霧が立ちこめて………ってよ」


 宝玉術の使い手が、戦後、その子供に至るまで殺された理由が分かる。王族ならば分かるが、宝玉を持つだけで、子供まで処刑されたのだ。

 例外は、もちろんいる。

 そもそも、王国の民の皆殺しが目的ではなく、豊かな土地、資源が目的なのだ。その資源には、人と言う労働力も含まれている。象徴となる王族や貴族には消えてもらう必要があっても、皆殺しにする意味はないのだ。

 反抗すれば殺す。従えば生かすという選択肢で、支配すればよいのだ。

 自分達も、そのようにして生き延び、今のウアルデギド帝国が完成した。

 最初に支配下に置いたディーアミグア王国の使い手は、ベールディンの戦いにおいて、それなりに役立った。

 特に、宣伝目的で。


「偉大なるディトの教えを受け、目が覚めたって、宝玉術の使い手が宣伝した。そのおかげで混乱したことも、勝利の一因ってな」


 帝国の力の前では、宝玉術の力など、意味を成さないのだと。そして、王国の希望たる宝玉術の使い手も、今や忠実なる、帝国の僕なのだと。

 その神話が崩れては、ならないのだ。


「………だから、職務怠慢ってことにしたってか」

「失態を、下に押し付けるか………『民衆の主』が指揮官なら、よくある話だな」

「しかしよ、それなら、俺たちが王国に勝てるわけなかったろ?」


 それはそうだと、整備士たちは、再び注目する。そもそも、五連銃という武器だけでも、宝玉術の使い手に対抗できる。

 それが通じないのならば、そもそも、帝国軍は勝利できたはずがない。

 続きが、気になった。


「言ったろ、たった一人だってよ。それに、結局はそいつを倒すことは出来た。だけどな、いったいどれだけ犠牲が出たと思う?百か、二百か?………もっとさ」


 ごくりと、誰かがつばを飲み込んだ。

 帝国は、勝利した。

 だが、一人を倒すために、いったいどれほど犠牲になるだろう。犠牲となる側に、自分がなりたいだろうか。

 本物には、手を出すな。


術師じゅつしって言うんだと、本当は………んで、術師を導くのが、導師どうしだってさ」

 銃の内部に弾丸が入っていないことを確認してから、そっと立ち上がり、森へと銃を向けた。

 そして、すぐに上空へと向けると、引き金を引く。

 かちりと、乾いた音が響く。


「ところで………死に神の正体って、何なんだろうな?」


 冷たい風が、そっと吹いた。

 撃てなくなった、銃の山。

 例え何百、何千と銃をそろえても、撃てなくなれば、ただの鉄パイプになるのだ。そうなれば、一方的な餌食である。

 本物には手を出すな。

 この言葉に、整備士たちはぞっと、身を振るわせた。


「ともかく………次は、俺たちが責任を押し付けられる番ってわけか?」


 しばらく無言で見詰め合って、大きく、ため息をつく。


「よし、黙っていよう」

「口裏、しっかりと合わせねぇとな」


 心は、一つになった。

 不具合の原因は、現場の整備不良。それが、全員一致の見解であると、口裏を合わせることが決定された。証拠が山積みになっているのであれば、文句は出る余地もない。

 明日はわが身。今回はとりあえず、難を避ける道を選んだのだった。



 *    *    *    *    *    *



「できたっ~」


 無邪気な少年の声が、草原を駆け抜けた。

 さわやかな風に、淡い水色のショートヘアーがなびく。ワーレッジの琥珀こはくの瞳は、期待に胸を躍らせる少年のものだ。十七歳の少年であるが、いつまでも子供なのだと、ほほえましく思う笑顔であった。

 すぐに、ライクスの仮面が覆い隠す。

 あまり手先が器用ではないのか、あまり怖くない。ご近所の若いお父様による、あまりにもこだわりぬいて、ワーレッジすら恐れさせる仮面に比べると、怖くない。


「どうかな、どうかな?」


 衣装は未完成だが、自信作の感想を聞いて回るお子様ワーレッジ。この仮面がライクスの鬼の命であれば、あとは布をかぶるだけでも良い。ワーレッジは、興奮冷めやらぬお子様の仕草で、周りで準備に明け暮れる親御さんたちに訊ねて回る。

 正に、お子様だ。

 稼動部分は、さすがにご近所さんに手伝ってもらったため、スムーズに動く。一本髭を蓄えたおじいさんのお顔が、お怒りの鬼の髪の毛に見える。ワーレッジは巨大な一本角のつもりなのかもしれないが、モルテちゃんがどう反応するかが、すべてなのだ。


「うん、まぁ、いいんじゃないか」

「ワーレッジも、鬼の役をするのが四回目………これからどんどん、うまくなるさ」

「そうそう、俺のレベルになるには、十年早いがな」


 どうやら、大人になる儀式のような印象もある。ライクスの鬼を怖がるのは、子供の役目、怖がらせるのは、大人の役目と言う節目は、いつごろだろう。

 ちょうど、その節目となる男の子が、やってきた。


「ワーレッジ、そんなに叫んで………モルテちゃんに聞かれるよ」


 柔らかな黒髪の、まだ子供と言う扱いをされてもよいだろう、十三歳の男の子だった。

 声変わりがまだであること、そして、完全に子ども扱い………と言うか、着せ替え人形と言う地位を持つネイベックの登場だ。

 ワラワラと、お姉さん達を引き連れた、憎らしい野郎である。これが嫉妬につながらないのは、まだ十三歳と、ライクスの鬼を怖がって欲しい年齢であるためだ。

 特に、ワラワラとネイベックの周りに集まるお姉さん達にとっては


「ネイベックちゃん、お姉さん達の言うことを聞かないと、ライクスの鬼が来ちゃうぞぉ~」

「「「「「そうだ、そうだぁ~」」」」」


 数名は、ネイベックと年頃の近い十四歳から十六歳だが、年上のお姉さんには違いない。一番年長で二十三歳と、そろそろ自分のお子さんを相手している年齢の方もいる。カルバ要塞に来る前から、ネイベックの世話をしていたらしい。


「オレ、一人前の戦士になったんだから、ライクスの鬼なんか、来ないよっ」

「あれぇ~、そんなこと言って、いいのかなぁ~」

「「「「「いいのかなぁ~?」」」」」


 面白がって、ネイベックのお世話に参加する女子は少なくないが、何名かはネイベックを気遣ってのこと。

 初の実戦の、翌日なのだ。

 何かをしたい、自分も守る側になりたいという気持ちが強いと知るゆえ、心配なのだ。

 いつもの姿と言えば、いつもの姿である。それは、いつもを守ったネイベックに対する感謝の気持ちと、ネイベックが守った日々を表すのだ。

 いつものようで、いつもと少し違う、生意気男子を可愛がるお姉さん達の群れ。すでに、ライクスの鬼の正体を知っているお子様の到着に、暖かな時間が流れる。

 とたんに、ワーレッジは大慌てで、仮面を外した。

 どこからか、誰かが近づいてくる気配を受けたのだ。それは、イタズラを見つかった子供のような仕草であるが、今、ワーレッジが慌てる理由は、一つだ。

 モルテちゃんだ。

 大人たちも、ワーレッジの変化に敏感に反応。普段は兄バカの時間が始まるのだと気にしないのだが、ライクスの祭りの本日だけは、心は一つだった。

 すなわち、子供から、隠せ――である。


「いそげ、モルテちゃんが来るぞ」

「うちの子も、いっしょかな?」

「お昼………あぁ、そろそろか」


 事前に、申し合わせはしていたらしい。木箱はすぐそこに用意され、急ぎながらも、丁寧に箱にしまっていく。衣装も、走り回って問題ないつくりであるはずだが、ちょっとしたことで壊れてしまうかもしれないし、まだ仮縫い状態の衣装もあるのだ。

 こうして、二十箱以上の木箱に封印がされるまで、何と、二分もかからなかった。

 そこに、トタトタと、おとなしい足音がした。

 普段はタタタタ――という、元気いっぱいの駆け足が聞こえてくるのだが、とっても大人しく、不気味なほどだ。草原に吹く風が、美しい銀のロングヘアーを優しくなでる。

 ワーレッジは、間に合ったと内心、胸をなでおろしながら、片ひざ状態だ。


「あれ、モルテちゃんが大人しい?」

「走ってきてないし………まぁ、こっちに近づいてるけど」

「………今晩、ライクスの祭りだからな」

「「「あぁ~」」」


 言いつけを守っているのか、いないのかは微妙であるが、それでも、なぜか大人しい理由が、ライクスの祭りである。いい子にしていなければ、鬼が来るのだ。

 お手伝いを率先している様子が、笑いを誘う。子供の浅知恵だと、意地悪く微笑むライクスの鬼達。本日限定のいい子など、ライクスの鬼は、見逃してくれないのだ。


「おにいちゃん、お昼ご飯だから、かえっておいで………だって」

 おしとやかなお嬢様を演じておいでのモルテちゃんと、気付けばワラワラと引き連

れていた、お子様軍団。背後からは、奥様方も、くすくすと笑いながらついてきている。普段は大人の言葉を聞かず、走り回っているお子様達である。それが、本日限定、あるいは数日前からかもしれないが、おとなしい。

 そのような珍しい光景を、見逃してなるものかと、ついていらしたのだ。

 ただ、お子様達の興味は、別にある。


「………どうしたのかな、ボクたちのお姫様?」


 ワーレッジが、ようやく到着したモルテちゃんを抱きしめつつ、たずねた。その答えは分かっているため、笑顔が少し、引きつっている。

 モルテちゃんは、お返事の変わりに、きょろきょろと、ワーレッジが背後に何か隠していないかと、視線は鋭い。


「ねぇ、何作ってたの?」


 本当に、鋭い。

 毎年、ライクスの鬼に追いかけられた経験が、正体を暴いてやるという決意に変わっているようだ。

 しかし、簡単に正体を開かされてはたまらない、大人たちの心は今、一つになっているのだ。


「どうした、我が息子よ、みんなと一緒に、畑のお手伝いじゃなかったのか?」

「そうそう、今日からいい子になるんだって、言ってなかったけ~?」


 ご近所夫婦が、必死だ。

 木箱に近づこうとするたび、夫婦そろって立ちはだかる。その周りでも、ワラワラ集まるお子様達に、大人たちが静かに立ちはだかる。

 大人vs《ばーさす》お子様と言う構図の、毎年の戦いは、激化の一途をたどっていた。どうやら、この時期に大人たちが集まる場所を、知られているようだ。

 そこへ、吟遊詩人が歌いだす。


「ライクスの鬼が、見ているぞぉ~、いつから来るのか、それは誰も知らな~い~」


 ぽろろん、ぽろろんと、絶妙に音がずれかけているのは、オリゲル殿の腕のためか、手製の琴が故なのかは、おそらく本人にも分からないだろう。

 だが、ライクスの鬼と言う言葉に、お子様達はさっと、この場から消え去る。

 この場にいては危険と言う判断をしたらしい。いい子と言う演技を忘れ、逃げ去った。


「姿は優しいおじいさん~、それでも怒ると鬼になぁ~るぅ~」


 子供達が消え去ったというのに、歌は続いていた。せっかく乗っているので、最後まで歌いたかったようだ。




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