第一章 死に神ワーレッジ

 

 さんさんと、太陽が今日も暖かい。

 秋に差し掛かる今日この頃、その陽気は地面を暖めて、暖かい。なのに、森の中はうっすらと寒く感じる。木々が太陽の光を逃すものかと枝葉を広げ、互いにひしめき押し合っているためだ。

 森は、意外と暗いのだ。

 そこに、叫び声がこだました。


「出たぁ~、死に神ワーレッジだぁぁああああああ――」


 男の声だった。

 その赤茶けた頭はぼさぼさで、服装もみすぼらしく、汚れまみれだ。片手に斧を持っているが、木こりでない。腰には大型のナイフをはじめとして、色々武器を帯びていた。

 男は、傭兵だった。

 傭兵ようへい軍団と名乗れるほど大所帯の、一人であった。

 七年前はウアルデギド帝国に雇われ、ベールディンの土地で活躍し、戦後のごたごたにおいても活躍した方々の、生き残りであった。

 ベールディンの土地が帝国領土となり、平和となった今は懐に寒さがこたえる流浪の日々。賞金首を求めて各地を転々とし、とある賞金首の存在を知ったのだ。


 ー―死に神ワーレッジ――


 賞金首の名前や、そのほかが記された古びた用紙が、男のふところに見え隠れする。古びているのは、賞金稼ぎを仲介する組合の壁に、長く貼り付けになったまま、誰も手を出さなかったということだ。

 なぜ――と言う疑問は、この地域の賞金稼ぎがまぬけであると、彼ら傭兵軍団は判断した。曲がりなりにも、軍団と言うだけ合って、それなりの経験をつんでいる、下手な兵隊よりも強いという自信は、実戦経験と言う裏打ちがあってこそだ。

 そのため、ただの賞金稼ぎより危険な相手でも問題ないと、死に神が出没するという、この森にいる。

 そして、遭遇した。

 だが、叫び声が表すものは、恐怖であった。


「ここだ、死に神だぁあああああああっ」


 恐怖の理由が、足元に転がっていた。

 男と同じく、着の身着のまま、身につけた姿だった。かなりごっつい剣を下げた大男もいるが、抜く間もなかったようだ。十数人の死体が、転がっていた。頭部のない死体や、胸や腹などに空洞がある死体があった。


 “何か”が、その身を貫いたようだ。


 弓矢でない“何か”であった。その様子を目撃した男はそのために、恐怖の叫びを上げていた。姿は見えないが、死に神に遭遇したのだと。

 そして逃げようと、きびすを返した。

 斧を手にしていたが、構えようともしなかった。木々すら倒す威力は、人の肉など、骨もろとも切断する凶器である。それを、男はあっさりと放り投げた。

 逃げる邪魔になると判断したのか、慌てて手が滑っただけなのか、分からない。本人に判断する余裕はなく、ただただ、逃げようとしていた。

 走り出しながら、叫んだ。


「ここだ、ここだぁあああ――」


 男は、十数人の一人。

 大所帯ゆえに、広い森である故に、別れて捜索していたのだ。死に神に遭遇した中では、最後の一人。

 今、ゼロになった。

 唐突に、男の思考は闇に閉ざされた。

ドサリと、地面に倒れる音がしたが、その音は、果たして男の耳に届いたのだろうか。傭兵の男は、死んでいた。

 そこへ、大量の弓矢が降り注いだ。

 すでに命を終えていた傭兵の男には、どうでもいい話だ。風を切る無数の音と共に、金属にぶつかる音と、木々にさえぎられる音、地面に突き刺さる音が、合わさった。仲間の傭兵たちは、悲鳴の聞こえた方向へ向け、弓を射込んでいた。巻き添えなど、気にしていない。

 当然の判断だ。

 仲間が生きている可能性より、死に神を倒す可能性だ。直接やりあえば危険であるのならば、弓矢を浴びせるべきなのだ。

 ………なのだが、死に神ワーレッジは、ここにいるわけではなかった。遠くの木陰から、のんびりと眺めていた。


「ふぅ~ん、遠くから弓矢の雨………ボクに出会わない工夫………かな」

 

 つぶやいた声からは、たくましさよりも、頼りなさと言う印象を受ける。薄い水色のショートヘアに、琥珀こはくの瞳の、十七歳の少年だった。

 身長は大人とほぼ等しいが、たくましさはまだまだのようだ。衣服は茶褐色の生地の長袖、長ズボンに、すねをすっぽり覆うロングブーツ。そして、ひざやひじ、腰や腹部を守る、皮製の鎧。有り合わせの、着の身着のままである。

 それは、厳しい暮らしを垣間見せるが、傭兵の方々とは、大きな違いがあった。

 清潔感だ。

 つぎはぎの痕跡こんせきは、どこか家庭の温かみがあり、お洗濯もされているらしい。しつこい汚れはあきらめるにしても、不潔と言う印象を受けないのだ。生活環境が、整っている証であった。

 そしてその首からは、琥珀のお守りが下げられていた。

 『宝玉ほうぎょく』と、呼ばれている。

 言葉通りに宝物の一種でありながら、それ以上の意味があるのだ。神々の血の雫だとか、樹木の命の結晶だとか、様々な伝承と共に、伝わっている。

 伝わる由来の数だけ宝玉の数があり、歴史があるのだ。

 共通することは、一つ。力を持つ人物が持てば、その力は倍、数倍と高められるということだけ。

 宝玉を用いるので、『宝玉術ほうぎょくじゅつ』と呼ばれている。


「弓を打ち込んでる場所は………二箇所か」


 近い方を見つめる。

 ワーレッジの琥珀色の瞳が、森の木陰の暗闇に、不気味に輝く。無意識に握っていた宝玉も、光っていた。

 ここだと教えているようなものだが、意外と、気付けない。

 そこにると当たりをつけて探していても、見つけにくいものである。その上に、とてもすばやいのだ。

 もう、消えた。

 目標に向かったのだ。

 その先では、敵は抵抗することすら出来ず、死を迎えることだろう。そのために、ワーレッジは、こう呼ばれている。

 死に神ワーレッジと。

 臆病おくびょうワーレッジと呼ばれた少年の、今の呼び名である。



 *    *    *    *    *    *



 ――賞金首 死に神ワーレッジ――


 安っぽい用紙に、大きく横書きに、名前が印字されていた。

 風に吹かれるままに飛び去った、古びた用紙だった。先ほど命を落とした傭兵の懐から、風に吹かれて飛び去ったものだ。

 賞金稼ぎ向けの、依頼書であった。

 全ての事件に帝国兵を使うには、数が足りない。それでも、治安を維持するためには、何かしなければならないということで、賞金稼ぎの出番だ。

 名前の次に、白紙の空間が広がっていた。本来は、人相書きや、服装などの外見的特徴が記されているはずだが、白紙だった。

 死に神と出会って、生きている者はいないためだ。

 次に、注意事項が記される。

 森に立ち入らなければ、無害とあった。

 妙な話である。まるで、森を守っているようではないか。おかげで、その森の付近にのたくる街道は、最も安全な街道とされている。傭兵崩れの山賊、盗賊の方々も、恐れて近寄れないのだ。

 最も、そこは古くから『迷いの森』と呼ばれているため、地元の人々は、足を踏み入れることはない。死に神の噂のおかげで、賞金稼ぎで暮らしを立てる方々も、決して足を踏み入れようとはしない。足を踏み入れるのは、手を出すのは、何も知らない流れ者くらいなものだ。

 本日の、死に神の犠牲者の方々であった。



 *    *    *    *    *    *



「み~つけた」

 

 子供のように、ワーレッジはつぶやいた。

 まだ男らしさが未熟な顔立ちであれば、女性には恋人ではなく、弟にしたいタイプだと、評価されるであろう。淡い水色のショートヘアが、風になびいていた。

 ワーレッジは軽快に、枝葉の上を、走っていた。

 まるで、森を駆け抜ける風のように軽快に、軽快すぎて、とうてい人には不可能な移動術であった。いいや、人どころか、森の獣でも難しい。

 せいぜい、リスくらいだ。

 目的の目標を捕らえたのか、リスのように枝葉を駆け上り、大きな樹木の影に、身を潜めた。

 遠くを見通す力も、並みの人や、獣すら上回っているワーレッジは、どこかを見ていた。

 そして声も、耳に届いていた。


「――………やったか?」

「――いやぁ、あれだけの矢を浴びれば、さすがに………」

「――油断するな。これだけ木々が茂ってるんだ。せいぜい、かすり傷程度だ」

「――毒矢にすべきだったか?」

「――ダメだ。即効性のやつは、数が少ない。切り札は、とって置くものだ」

「――なら、巻き添え食ったやつの死に損か………」

「――生きていたなら………だろ。死に神と出会って、生きて帰った者はいないって話だからな」

「――生存者に言わせればな」

「――………生存者、いるじゃん」


 まだまだ、死に神との距離はある。そう思って、声はヒソヒソ声ではなかった。

 全員が弓を手にしていたが、腰の矢筒は空だった。死に神の噂を馬鹿にしていない証だろう、あたりをつけた方向に、ばら撒いたのだ。

 無駄撃ちをしてもいいように、矢筒は、もう一つあった。

 今回の賞金は、それだけの出費に見合う額だったらしい。そう思うと、ワーレッジは少し、うれしかった。どのような評価であれ、人並みはずれたという評価は、少年心をくすぐるものだ。

 同時に、その評価をもっと上げねばならないと、思った。バカな連中も、手を出すことを恐れるほどの噂を、必要としていたのだ。

 彼らの目には見えないだろうが、ワーレッジの瞳は、光っていた。周囲にも、光るものが浮かんでいた。

 水滴だった。

 指先ほどの小さな水滴がふよふよと、浮かんでいた。

 十個ほどが、浮かんでいた。


「この距離なら、いいかな………」


 ワーレッジはつぶやくと、周囲に浮かんでいた水滴を、そっと飛ばした。

 ワーレッジの命令に従う、ハチの集団のようだ。もちろん羽音などなく、すぐ目の前に来ても、認識できるか不明である。

 水滴の群れの向かう先、傭兵達は、まだ話していた。仲間の巻き添えを引き換えに、勝利を得た。そんな実感が湧いていないためである。

 長話は、不安の表れである。


「――どうする、いっそ、走るか?」

「――やめとけ、ガサガサうるさくして、どうする」

「――そうそう、ここにいるぞって、教えるようなものだろうが」

「――それにだ、死に神がこっちに近づいていたら………」

「――やめろ、ってか、そこにいるのか。何か、感じたのか」


 この言葉に、ワーレッジは少し緊張した。

 かなり距離をとっているものの、気付かれる恐れはある。宝玉術と言う力を振るうワーレッジだからこそ、その力は絶対ではないと知っている。

 自分達のベールディン王国が滅びたことからも、経験済みだ。

 何より、宝玉術の使い手は自分だけではなく、敵にもいると知っている。そして、宝玉がなくとも、そもそも力の持ち主は、何らかの力を発揮できるのだ。

 宝玉術はその力を高め、あるいは数倍もの威力を発揮できるだけだ。

 そのため、ワーレッジが緊張したのは、当然だった。人の性格は、早々変わるものではない。臆病ワーレッジと呼ばれた少年は、死に神と呼ばれていてもなお慎重に、慎重を重ねて、なお慎重なのだ。

 敵を、確実に倒すためだった。

 失うことへの恐怖が、そうさせていた。

 後悔。

 自責。

 そして、約束。


「あの技なら………けど、目立ちすぎるのも………」


 ワーレッジは水滴に意識を集中しつつも、静かに息を吸い込む。

 敵の集団はまだ同じ場所にいるが、どこかから別働隊が、ワーレッジを狙っているかもしれない。

 のんびりと会話をしているのは、ワーレッジの注意を引くための作戦、おとりと言うことも考えられる。

 ならば、目立つ危険を冒しても、一気に倒してしまったほうがいいのではないか。ワーレッジは自らと相談するように、首から下げている琥珀の宝玉を握り締め、静かに息を吐く。

 冷静に、自分に問いかける。


「………違う………かな。違う………うん、違う」


 つぶやきながら、杞憂きゆうだと確信していく。

 なにか気配がすると振り向いていた男は、リスの気配におびえているのだろう、ワーレッジのいる方向とは全く別方向を、警戒していた。

 その間に、ワーレッジが迷いながら送り出した水滴が、到着していた。

 傭兵の方々には、まだ水滴に気付く様子はない。今度は躊躇せずに、ワーレッジはその刃を放った。

 頭を直撃された者も、腹部を貫かれた者も、なにが起こったのかわからないまま命を落とし、倒れこむ。

 倒れた死体には、いずれも水滴より数倍大きな穴が、うがたれていた。

 貫いたというより、一方向への爆発であった。

 数に限りがあるため、全員を同時に倒すことは出来ないが、八割以上は倒せた。

 ワーレッジの琥珀の瞳が、静かに細められる。

 改めて、集中する。はじけた水滴は、こうして再利用され、形となり、次の攻撃に移ることが出来るのだ。


「――なっ、何が――」


 恐怖し、戸惑いながらも懐に手を突っ込んだ男がいた。

 だが、そこまでだった。

 水滴がふわふわと、男の目の前に躍り出る。はじけた水滴は、すでに水滴だと見て分かるサイズに、集まっていた。

 男は動きを止めて、水滴を見つめていた。


「――これは、何だ?」


 理解できない現象に、反応できないでいた。そういえば、毒矢を持っている人物ではないかとワーレッジは思い出していたが、思い出しただけであった。

 すでに、男は脅威ではなくなっていた。

 頭部が、吹き飛んでいた。

 確実に命を奪うため、ワーレッジは敵の心臓か、頭を狙っていた。余裕がなければ胴体を狙うが、確実性には、こだわりたかった。

 それに――


「回収するとき、あんまり大きな穴が開いていると、悪いしね」


 懸命になって、をこすり洗う己の姿がまぶたに浮かぶワーレッジ。幼馴染のお姉さんにお説教をされながら、ごしごしとお洗濯をする様が、まぶたに浮かぶのだ。

 経験済みであった。

 すでに勝利の後のことも考えるワーレッジは、仕事人である。そうするうちに、目の前のグループは全滅していた。

 ワーレッジはふっと、瞳を閉じた。


「うん、大丈夫だよ、レーネック。きっと守るから………」


 数秒、静かに宝玉を握り締める。

 誰につぶやいているのでもない、小さなつぶやきだった。それは、自らに言い聞かせるようであり、誰か、この場にいない人物へ語りかけるようでもあった。

 亡き友人、レーネックへの誓いの言葉と、自分への言葉。

 託された命と、宝玉。

 そして、約束。

 ワーレッジの瞳は、静かに、開いた。


「弓矢が飛んできた方角は、あとひとつ………」

 

 すでに、おおよその場所、と言う精度に落ちていた。相手は移動しているはずであり、ワーレッジは傭兵達の実力を、侮ってはいなかった。

 ワーレッジは、臆病な少年だった。死に神と呼ばれた今も、人の根本は変わることはなく、常におびえているのだ。

 失う恐怖に。

 そして、強い後悔に。

 そうして誕生した死神は、風のように姿を消していた。




 *    *    *    *    *    *



 森に、ガチャガチャと、ガサゴソと、何かをあさる音が響く。着の身着のままの、山賊のような一団が、傭兵軍団の死体をあさっていた。

 数人は、周囲を警戒していた。手作りらしい、ナイフをくくりつけたような槍に、木製の弓矢など、貧しさをにおわせる武装の盗賊たちだ。

 ガサゴソ、シュルンと、身包みを剥いでいた。

 斧や剣など、刃物の類は慎重に毛皮などでくるみ、しっかりとロープで縛む。衣服も、血肉で汚れているものと、そうでないものに分けている。医療品に財布といった貴重品は、大切に皮袋に放り込む。

 手馴れていた。

 亡骸となった傭兵軍団の皆様は、情けないお姿をさらしていた。しばらくすれば、冬眠前の腹ごしらえだと、熊に狼が大賑わいだろう。森の番人で掃除屋さんのカラスなどは、すでに上空で旋回中だ。

 そこへ、すっと影が降り立った。

 気の早いカラスだろうか、それにしては影がとても大きい。あまりにも突然のことで、見張りは振り向いてもいない。気付いたのは、声をかけられた後のこと。


「みんな、調子はどう?」


 死に神ワーレッジであった。

 しかし、荷造り中の皆様には驚く様子はない。見張りもまた、ほっとしたお顔で、胸をなでおろしていた。脅かすんじゃないと言うセリフが、喉まで出掛かっているようだ。

 そして、死に神ワーレッジも、攻撃の姿勢はとっていない。そもそも、敵対者に姿を見せることなく、一方的に皆殺しにする、死に神なのだ。

 ただ、降り立っただけであった。

 頭巾ずきんをかぶったおっさんが、のっしりと立ち上がる。


「ワーレッジ、相変わらず見事だ」

 

 頭巾に見えるのは、皮製のかぶとである。頭を守るには不足に見えるが、額部分は金具で補強されており、頭巾の見た目によらず、役に立つ様子。

 この場には、頭巾のおっさんをはじめ、十五人ほどが死体漁りをしていた。

 上は頭巾のおっさんの四十過ぎ。下はワーレッジより若い十五歳………未満。ワーレッジに向けて片手を上げる者、視線を向ける者など、様々に挨拶をしていた。

 ワーレッジも片手を上げることで応え、改めて頭巾のおっさんと向かい合う。


「ボク、死に神だからね」


 優しく、笑った。

 水色のショートヘアーがさわやかな風にそよぐ、子供っぽさをふんだんに残した、やわらかな笑顔であった。

 知らない人物が見れば、違和感を覚え、恐怖を覚える姿だった。お散歩の最中ではなく、殺戮の現場では、あまりに不似合いな笑顔なのだ。

 山賊といった風貌ふうぼうの頭巾のおっさんには、悲しみと、悔しさを与える姿である。

 一応は大人の仲間入りをする年齢のワーレッジでも、あくまで準備期間に過ぎず、おっさんにとっては子供扱いする年齢である。

 その子供の手は、敵の血で、べっとりと染まっている。

 そうしたのは誰だ、そうさせているのは、誰なのだと。

 まぶたの揺らぎは一瞬であるため、気付ける者は少ないだろう。すぐに、豪快なおっさんに戻る。


「ははは、まったく、作戦が台無しだ。一人で全部やっちまって……あまり無茶をするな、モルテも――」

「あ~、聞こえない、聞こえないぃ~」

 

 おっさんの忠告が、小うるさいオヤジの小言に聞こえたようだ。ワーレッジは子供の仕草で、大げさに耳をふさいでいた。

 時と場所が違えば、ほほえましい風景だ。敵対していたとはいえ、多くの亡骸なきがらを前にして、なんともほほえましかった。

 慣れているためだ。

 慣れてしまった、ためだった。

 刃物を荷造りしていたポニーテールの男が、笑いをかみ殺して告げた。


「ブローニック隊長、お説教はその辺で。戦いの場ですぜ、一応」


 年齢は、三十歳を超えたあたりの、名前をオリゲル。まるで副官のようだが、ブローニックとは王国時代からの隊長と副官と言う、長い付き合いであった。


「そうだそうだ、オリゲルの言うとおりだ」


 耳をふさいでいてもしっかり聞こえていたようだ。ワーレッジは、子供っぽくオリゲルの言葉に続いた。

 本当に、子供の仕草である。

 殺戮さつりくの実行者でありながら、あまりにも無邪気。しかし、人の命など遊び道具と言う、一線を通り越した殺戮者と言うわけでもない。命に頓着とんちゃくがなくなったというほうが、正しいだろう。なすべきことをしただけ、畑の雑草を刈り取るように、侵入者の命を刈り取ったというところなのだ。

 己らが楽しむために殺戮を行うのではない、大切なものを守るため、敵に容赦をしないだけなのだ。

 そうした人物を、古代からこう呼ぶ。

 戦士と

 それでも、子供にさせたい役割ではない。言葉に、態度に出さないながら、おっさんが心配するのは、おっさんの役割なのだ。


「ほらみろ、オリゲル。お前が甘やかすから、子供が――」

「子供っても、ワーレッジも十七歳。子供ってなら、ここには一人しかいませんよ。ワーレッジが『宝玉術』を教えてるボウヤがね」


 全員が、目線を一人に集中させた。

 視線を受けた小さな背中が、ピクリと動く。いったい誰のことだろうと、ゆっくりと振り向く。

 子供っぽいと顔立ちなのではない、本当に子供が一人、混じっていたのだ。柔らかな黒髪のショートへアーに、茶色の瞳の十三歳の少年だった。

 ここにいる、誰もと同じ姿、森での活動にふさわしい軽装備の、長袖、長ズボンスタイルだ。厳しい暮らしの例に漏れず、それは古着の寄せ集めであり、ひざやひじなどには、皮が縫いこまれている。

 ボロボロ、つぎはぎが当たり前でありながら、この中では、請ったつくりと言えなくもない。

 目立つのは、右手にはめている腕輪だ。つる草が巻きついたようなデザインであるが、ネイベックにはサイズが合っていないようだ。少しぶかぶかで、子供っぽさを際立たせていた。

 家族の形見の、ネイベックの宝玉であった。


「子供って、オレだってもう十三歳なんだっ」


 ぶかぶかの腕輪をした少年ネイベックは、ムキになって立ち上がった。

 なお、声変わりはまだのようだ、女の子に化けても違和感のない華奢な背中に、可愛らしいお声である。

 十三歳の男の子は、にこやかな男達の笑みに、囲まれていた。


「ははは、分かってるって。ネイベックの宝玉術も、ちゃんと俺たちの切り札なんだ。だからこうして最前線に来てもらってるんだからさ。ねぇ、ブローニック隊長」


「うむ、オリゲルの言葉は正しいが………ふがいないことだ、子供を戦いの場に向かわせてしまうとはな。この手に、宝玉の力があれば………」


 ブローニックは両脇の剣を抜いて、天に掲げる。

 自らを哀れむ男の懺悔でありながら、おふざけもあった。悲しみ、悔しさを口にして何の意味があると、笑い飛ばすのが彼らの強さだった。


「おっちゃんって、並みの使い手が相手だったら、勝てるんじゃない?」

「隊長のほうが、ワーレッジより見た目強そうだし」

「ははは、言えてる、言えてる」

「両手にナタを持つ姿なんて、山賊っぽいしな」

「いやいや、ナタじゃなくて、剣………?」

「でも、ナタって言うほうが強そうだよな」

 

 ワーレッジに続いて、副官オリゲル、そして同調する仲間たち。

 一団の人間関係は、良好のようだ。隊長と呼ばれた頭巾のおっさんブローニックなど、ご近所のおっさん感覚である。

 なお、両腕を大きく天に掲げ、十字に構えている剣はナタと呼ばれてもおかしくないほど、幅広で巨大である。豪腕のおっさんでなければ、とても二刀流が不可能であろうし、ちょっとした防御なら、もろとも吹き飛ばしそうだ。

 唐突に、ワーレッジが振り向いた。


「あ、モートリスだ」


 つられて振り向く面々だが、なにがあるのか、気付いた者はいなかった。

 ただでさえ、森の木々は木陰ばかりの、暗闇である。見張りはとても神経を使うのだが、気付けないのも無理はない。

 気付けば、葉っぱのお化けがいた。


「カルバ要塞の戦士たちよ、無事で何より」


 葉っぱのお化けが、歩いていた。

 目深まぶかにかぶったローブからは、素顔を除き見ることも出来ない。全身に、枝や木の葉、枯葉などをくっつけた姿であった。もしもワーレッジが教えてくれなければ、そばにいても気付けたか自信がない、見事な擬態であった。しかし、面々には警戒する様子はない。この葉っぱのお化けも、お仲間らしい。

 ワーレッジが、訊ねた。


「モートリス、他に、いなかった?」


 葉っぱのお化けは、ワーレッジのそばまで来ると、立ち止まった。

 フードのおかげでよく分からないが、ワーレッジよりは背が高いようだ。それほど、葉っぱのお化けの擬態はすばらしいのだ。


「逃がされた一人を除いて、全滅のようだ」

 

 声からして、どうやら若い男らしい。そして、寡黙な性格らしい、モートリスと呼ばれた葉っぱのお化けは、短く答えた。

 ワーレッジたちのノリについてこれるか、心配だ。


「協力に感謝を、森の民モートリス」


 頭巾のおっさんブローニックは、ねぎらいの言葉をかけた。

 だが、その言葉は仲間に向けるにしては、少し距離を感じる。モートリスと言う葉っぱのお化けは、おっさん達の仲間と言うわけではなさそうだ。

 森の民――と、おっさんが呼んだモートリスは、静かにうなずくことで、謝意に応えた。

 どこが首だか、頭だか分かりにくいが、多分、うなずいたのだ。森の民モートリスは、本当に寡黙な性格のようだ。

 あるいは、隠れ住むために、身についた習慣かもしれない。そして、もう挨拶は終わったらしい、立ち去った。足音ががさがさと、森のざわめきにまぎれていく。確かにその姿を見送っていたはずなのに、ワーレッジ以外にはすでにその姿を追う事は出来なくなっていた。

 長年蓄積された、知恵と技術であった。


「相変わらず、すごいな~、モートリスは。森に侵入者がいたら、教えてくれるし」

 

 この場で最強の十七歳が、不思議そうに見送っていた。

 ただ一人、ぼんやりと動きを目で追うワーレッジもすごいのだが、誰も突っ込みは入れなかった。

 ネイベックは代わりに、質問をした。


「力があるって………宝玉術じゃ………ないんだよね、それって」


 宝玉を右手にしている十三歳の男の子にとっては、自分達と異なる力への好奇心が抑えられなかったのだ。


「うん、魔法の一種って言ってた。えっとね、宝玉術が宝玉を使う魔法で、モートリスたちのは、自然を使う魔法………っていうのかな」

「森に侵入者がいたら、教えてくれる………えっと、森事態が警報装置ってこと?」

「あぁ、そういえば、古くから迷いの森って言われるのも、けっこうあいつらの仕業だっけ?」

「カルバ要塞を守るため………って話だっけか」

「けど、要塞に住んでなかったし、今も別々だし………」


 ネイベックの質問から、話題は森の秘密へと移っていく。

 死に神が出ると恐れられるこの森は、王国の時代からすでに、迷いの森として恐れられてきたのだ。

 もとより、東の果てには闇のように霧が深く、立ち込めている。

 そして、この森は王国の東の果てにあるのだ。当然、進むほど霧が深くなり、その霧の濃淡によって、出口の方角だけは、かろうじて分かるという有様だ。

 だが、戻ってこれなかったのは、霧のためだけでは、なかったと言うことだ。

 それは、何のために。

 頭巾のおっさんブローニックは、思い出すようにうなずいた。


「守る………か、ワーレッジが森の秘密を知っていて、よかった。そうでなければ、我々も、今頃………」

「ボクも、最初は攻撃されたけどね。防ぐって分かって――なかったかな、あれ?」


 笑っていた。

 七年前の出会いを思い出していたのだ。

 難民の一団と合流したワーレッジが、この森へと導いた。森の存在を知る人々は危険だとおびえたが、すでに王国のどこにも安全な場所はなく、ワーレッジの言葉を信じるしかなかったのだ。

 ところが、予想外と言う事態が待っていた。

 森を進むほどに霧が深くなることは予想していたのだが、不思議な攻撃を受けたのだ。

 ワーレッジ一人が、平然としていた。攻撃を受けたご本人であるが、全く気にしていない様子なのだ。

 警告に過ぎない威力だったのか、本気で殺す一撃も、ワーレッジが余裕で防いだということなのかは、誰にもわからない。

 それは笑い事ではないが、ワーレッジたちは笑っていた。出会いは、今ではいい思い出らしい。

 その森の民も、こうして共に秘密を守る仲間である。


 しかし――と、ブローニックは考える。

 今でも距離があり、まだ明らかにされていない秘密を持っている様子でもある。それは、自分達ベールディン王国のためではないようだと。

 誰のために、何のためにカルバ要塞を守っていたのか――と。

 頭を振ることで、ブローニックは余計な考えを振り払う。貴重な協力者へ疑いを持つことなど、ばかげていると。今の彼らに、その余裕はないのだから。

 ブローニックは気持ちを切り替え、宣言した。


「では、戻ろうか。我らが住まい、カルバ要塞へ」


 若者達は、元気いっぱいに、お返事をした。



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