第15話 彼女が告白されている場面を見てしまった彼氏

 昼休み。

 喉が渇いた俺は、食堂の側にある自販機を目指してふらっと教室を出た。


「うわ、寒いな」


 暖房施設のある教室から廊下に出た途端、寒暖差に思わず首を竦めた。


「飲み物はホットコーヒーにするか……」


 そんなことを呟きながら、食堂にやってきた時だった。


「――好きです! 付き合ってください!」


 食堂の裏から、そんな声が聞こえてきた。


 一瞬、俺は反射的に足を止める――が、すぐに歩き出した。


「出歯亀の趣味はないしな……」


 邪魔しないようにこっそりコーヒーを買って、こっそり消えよう。

 そう決めた時、告白されたらしい女が返事を口にした。


「あの、私付き合ってる人がいて」


 再び、俺は足を止めてしまう。


 この声……結朱か?


「だから、申し訳ないけど――」


「ま、待ってくれ! それは分かってるんだけど……一晩、せめて一晩考えてから答えをくれないか!?」


 断ろうとした結朱の言葉を遮り、男が必死に食い下がった。


「そう言われても、無駄に気を持たせるわけにもいかないし……」


「とにかく、俺のために一日くれ! 頼む! ほら、一晩冷静になって考えたら、気持ちも変わるかもしれないしさ!」


「……まあ、それで満足できるならいいけど」


 相手の必死さに折れたのか、結朱が困惑混じりに譲歩した。


「本当か? ありがと! 俺を選んでくれたら絶対後悔させないから! じゃあまた明日、この場所で!」


 結朱の気が変わる前に退散しようとしているのか、男のものらしき足音がこっちに迫ってくる。


「………………っ」


 ここで見つかったら、控え目に言って修羅場る。


 直感で悟った俺は、自販機の陰に入ると、息を殺してやり過ごした。


「……しかし、モテるんだな、結朱」


 いやまあ分かっていたことだけど、こうして現場を見ると改めて実感する。

 ともあれ、偽物カップルの俺がそれにとやかく言う権利もないけど。


「……寒いし、さっさと帰るか」


 俺はホットコーヒーを手早く買うと、結朱に見つかる前に踵を返すのだった。






 そして迎えた放課後。


「今日はボス戦までいけるかなあ。ね、どう思う? 大和君」


 いつも通りの文芸部室で、俺と結朱はRPGの続きをしていた。


 昼休みのことなど、まるでなかったかのように振る舞う結朱。


 まあ、こいつも告白されるのなんて慣れっこだろうし、わざわざそのくらいで平常心を失ったりはしないのだろう。


「今日はそこまでいくのは無理じゃないか? 昨日、新しいステージに来たばっかりだし」


 俺ものぞき見してたことを言うわけにもいかないので、そこには触れずポーカーフェイスを保つ。


 明日、結朱がどういう結論を出すかは知らないが、普段通りに過ごすべきだろう。


「じゃあ、今日はステージの探索とレベル上げかあ。よし、じゃんけんしよう」


 今進めているのは、一人用RPGであるため、俺と結朱は交互にプレイをしている。

 そのため、どちらが先にプレイするかを決めるじゃんけんをするのが常だ。


「いや、今日は結朱が先やっていいよ」


 なんとなく、俺は結朱に譲ることにした。


「え、いいの?」


「ああ。なんかそういう気分なんだ」


 ほら、結朱があの告白を受ける気になったら、これが最後のプレイになるかもしれないし?


「わーい。じゃ、ありがたくやらせてもらうね」


 結朱は鼻歌交じりにコントローラーを握った。


 巨大な鍵を武器にする少年が、アヒルと犬をモチーフにした仲間と共に旅をするRPGであるが、今はその仲間がいない。


「にしても、このステージ寂しいね。いつも仲間だった二人がいなくなって」


 ステージを探索しながら、結朱がぽつりと呟いた。


 少年の側にいるのは、いつもの仲間ではなく、さっき出会ったばかりの野獣系キャラである。


「あいつら、敵に寝返ったからなあ」


 普段の仲間は敵の元に寝返ってしまい、今は寂しく初対面の野獣と二人旅だ。


「あの子たち薄情だったよね。あんなに一緒に旅してきたのに、あっさり裏切るんだもん」


 結朱は仲間の寝返りが許せないのか、ちょっとご立腹だった。


「いやほら、仲間も難しい立場だったから……」


 仲間たちは鍵を持つ者に付いていけと上司に言われて、主人公に付いてきていたのだが、主人公が鍵を敵に奪われてしまったから寝返らざるを得なかったのだ。


「確かに迷ってたもんね。けど、それなら主人公も行くなって言えばよかったのに。主人公が引き留めてたらどうにかなってたんじゃないかなあ。そう思わない?」


「いやほら、主人公としても難しいだろ。確かに仲間ではあるけど、向こうは仕事で付き合ってるんだし……なかなかそういう我が儘も言いづらいっていうか」


 あれ、なんかゲームの話をしてるだけなのに、妙に心が痛い。


「えー……でも私が仲間だったら、引き留めてほしいけどなあ」


 なにこれ、もしかして俺試されてる?


 実は結朱、あの場に俺がいたの気付いてて言ってるのか? まさかそんなはず……いやでも、こいつ鋭いところあるしなあ。


「そ、そうだな。引き留めるべきだったかもしれんな」


「やっぱりそうだよね」


 俺の同意を得られて満足したのか、結朱がプレイを続ける。


 が、このステージはギミックがややこしく、敵もそれなりに強いため、少し苦戦気味だった。


「うわ、またやられそうになった。これレベル上げ必要じゃない?」


「先を見据えると、確かに必要かもな」


 俺がその意見に同意すると、結朱もコントローラーを置いた。


「よし、じゃあレベル上げじゃんけんを――」


「いや、今度は俺がやるよ。今日何もやってないし」


 じゃんけんの構えに入った結朱をスルーして、俺はコントローラーを手に取る。


「あ、そう? まあそれならいいけど……」


 結朱は拍子抜けした様子だったが、苦手なレベル上げをやらずに済むということで、特に文句を言わずに引き下がった。


 そして、俺操作でのプレイが始まる。


「あ、確かにここの敵強いな」


「でしょ?」


 結朱は自分でレベル上げをするのは嫌なのに、人のレベル上げを見ているのは嫌いじゃないという、俺からすると不思議な性質である。


 なので、特に彼女のことも気にすることなく、俺はレベル上げに没頭していった。


「ねえ大和君」


「なんだー?」


 画面に集中しながら、半ば自動的に結朱に応答する。


「今日、なんか変じゃない?」


「……何がだよ」


 内心ではぎくりとしつつも、表面上は平静を保って答える。


「だって、RPGのプレイ権を私に譲るとか、ゲーム大好き大和君にしては珍しすぎるし」


「たまにはレディファーストな気分の時もあるわ」


「それにレベル上げを代わりにやってくれるなんて、私への嫌がらせが大好きな大和君にしては珍しすぎるし」


「俺をなんだと思ってるんだ……」


「好きな子にいたずらしちゃう男子小学生メンタル」


 不本意すぎる評価が下っていた。


「とにかく、普段の大和君に比べて、なんとなく紳士的なような?」


「俺は普段から紳士だっつうんだよ」


「そうやって小粋なジョークも言えるようになったし、なんかコミュ力が高いんだよね、今日」


「今のをジョーク判定されるのは、微妙に傷付くんだが」


 十割の本音だったというのに。


「だから、今日なにあったのかなって思ってさ」


 妙に鋭いところを見せやがって。


「別に、俺のほうにはなんもなかったわ」


 誤魔化すため、俺はゲームに集中するふりをしながら軽く流した。

 ――が、それがよくなかったらしい。


「『俺のほうには』……? まるで、大和君以外には何かあったみたいな言い方……ん? あれ、それって」


 まずい、と思った時にはもう手遅れだった。

 結朱は、にやーっと擬音が付きそうなほど腹立たしい笑みを浮かべて、俺を見てくる。


「もしかして大和君。私が告白されたところ、見てた?」


「……なんのことだ?」


 腹に力を入れて、全力で知らんぷりする俺であった。


「ふむ。私が告白されたって聞いても驚くことなく、平常心で知らんぷり。これは予め知ってた人のリアクションだね」


 おおぅ……コナン君か、こいつは。


 たじろぐ俺を見て確信を得たのか、結朱は腹が立つ笑顔のまま、すり寄ってきた。


「不安にさせてごめんね? 別に下心があったから言わなかったわけじゃないんだよ? どうせ断るつもりだったから報告するほどのことじゃないかなって思っただけで」


 しまいには、まるで駄目な弟を相手にしているように、優しーく俺の頭を撫でてきやがった。


「撫でんな。別に元から気にしてねえし」


「お、ということは、やっぱり私が告白されたこと自体は知ってたんだね?」


「………………」


 ぬがあああ! 俺としたことがこんな簡単な罠にかかるなんて……!


「大和君は本当に私のことが大好きだなあ。心配しないで? 大和君がどんなに素直になれなくても、私はちゃーんと理解してあげるからね」


「うぜえ! 理解してるなら今俺がものすごく嫌がってることも理解してくれませんかね!?」


 くそう! 隙を見せてしまった!

 最近なかったのに、久々にやらかした!


「いやあ、大和君の可愛い部分が見られて、私は嬉しいなあ」


 非常に満足そうに頷く結朱。

 それに対して、俺は羞恥でぷるぷる震えていた。


「にしても、私を引き留めるためにレベル上げをやってあげるっていう、小学生みたいな可愛らしい行動。それが最高に――」


「あー! あー! 聞こえない聞こえない!」


 敗戦の憂き目にあった俺は、ひたすら耳を手で押さえるしかできないのだった。

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