第14話 小谷亜妃とラストエリクサー問題
「おはよう。今日も寒いね……って、どうしたの?」
もう冬も近いその日、教室に登校した小谷亜妃を出迎えたのは、親友である七峰結朱の仏頂面だった。
「……おはよ、亜妃。ちょっとね」
拗ねた様子で窓の外を見る結朱。
この親友は顔がいいからか、怒っている姿ですら可愛いのがずるいと思う。
「結朱がそんなふうになるなんて珍しい。もしかして……和泉となんかあった?」
そう彼氏の名前を出すと、結朱の肩がピクッと反応した。
「やっぱり」
どんな時でもそつなく、軽やかに人間関係を築く結朱をここまで乱すなんて、和泉大和以外に考えられない。
最初は全然釣り合わないと思った二人だったが、なかなかどうしてここまで続いているらしい。
「まあね。ちょっと喧嘩しちゃって」
「珍しいね。話聞こうか?」
人間関係を柔らかく着地させることに長けた結朱が、大和の前ではムキになったり、調子に乗ったり、少し子どもっぽくなることを亜妃は知っている。
なので、微笑ましい気持ちで訊ねてみると、結朱は少し迷うように目を泳がせてから、思い切ったように口を開いた。
「実は……ラストエリクサーの使い方で揉めたの!」
「…………………………は?」
――ラストエリクサー。
某有名RPGに存在するアイテムで、その効果はパーティ全体のHP・MPを完全回復させるという最強の回復手段である。
が、その強力さと相反するように入手手段に乏しく、一周のプレイで手に入るのはほんの数個という稀少品なのだ。
「…………で、強力なボスと戦う時、結朱はすぐ使おうとしたのに、和泉が反対したと」
「まあ」
「その通りだね」
しんとした空き教室で、目も合わさず亜妃に答える大和と結朱。
朝のHRが終わる前にこの問題を解決したいと思った亜妃は、当事者二人を誰もいない教室に呼び出し、和解策を探ることにしたのだった。
「それで喧嘩になったと……なるほど」
想像以上にくだらない理由に、首を突っ込んだことをちょっと後悔する亜妃であった。
とはいえ、乗りかかった船だ。さっさと解決してしまおう。
「ピンチだったなら、使っちゃえばよかったんじゃないの?」
とりあえず結朱の肩を持つ形で話を進めようとすると、大和は納得できないらしく、険しい顔で首を横に振った。
「いやいや、まだ中盤も中盤だぞ。これからもっと強くて厄介な敵が出てくるかもしれないのに、ここで使ったらもう後がなくなる。ラストエリクサーっていうのは保険なんだ。保険なしで戦いに挑んで、詰んだら取り返しがつかない」
「なるほど……」
そう言われると、和泉の言い分にも一理ある気がしてくる。
納得した亜妃は、結朱に話を振ることに。
「じゃ、取っといたほうがよかったんじゃない?」
が、結朱も結朱で納得できないようで頬を膨らませた。
「そう言って最後まで使えないのが大和君なんだよ。すぐに使えば簡単にクリアできるのに、慎重になりすぎて時間を無駄にするっていう。ここをクリアすれば、もっといいところで効率よくレベル上げもできるのに。ラストエリクサーっていうのは投資なの。ちゃんと使ってこそ意味がある」
「なるほど……」
今度は結朱の意見にも一理あるような気がしてきたから困ったものである。
さてどうしたものかと悩んでいると、目の前の二人は勝手にヒートアップし始めてしまった。
「そもそも効率を考えるなら、一番強いラスボスで使うのが一番効率いいだろ。それまでは取っておくべきだ」
「ラスボスでも使わないのが大和君でしょ。隠しボスがいるかもって言って」
「なら隠しボスで――」
「そう言って隠しボスでも使わないじゃん! もっと違う形態があるかもとか言って無駄に慎重になってさ! ただのコレクターアイテムと化してるじゃん」
「そりゃ試行錯誤でどうにかできるうちは使わないほうがいいだろ! 最後の砦をそう簡単に使えるか!」
「だから、それよりも効率を考えるなら――」
二人の痴話喧嘩をじっと聞いているうちに、亜妃は一つだけ悟った。
ラストエリクサーとは決断力を試されるアイテムである、と。
貴重なもの、大事なものだからこそ、重要な局面でちゃんと使うのか、あえて使わないのかの決断力を常に試されるのだと。
(……ゲームで人生観見えるって面白いかも)
そんな興味を覚えつつ、二人に注目する。
「じゃあお前、本当にピンチの場面でラストエリクサーがなかったらどうするんだ!」
「その時にレベル上げすればいいじゃん!」
「一番ピンチの場面で使えないとか、なんのためのラストエリクサーだよ! 一番高いハードルだけ自力で超えるのが一番効率悪いわ!」
……決断力、か。
こう、人生における重大場面での選択の仕方というか、冒険の仕方というか。
そういう部分が出るアイテムなのかもしれない。
(……なんか、早く結婚したい彼女ともう少し待ちたい彼氏のやりとりに見えてきたわ)
そんな結論に達しながら、亜妃はもう一度友人たちを見てみることに。
「そうやって先延ばしにして! 大事なことなんだからちゃんと決断してよ!」
「今じゃなくていいだろ! 何も嫌だって言ってるんじゃなく、もっと相応しいタイミングで――」
「そのタイミングが今って言ってるの! 絶対今じゃないと後悔する!」
「絶対違う! もっとお互いに成長してからの方がいい!」
あ、すごい。本当にそう見えてきた。
ていうか、このまま付き合っていったら、結婚のタイミングでこういう喧嘩しそう。
「まあまあ。和泉は、
訊ねてみると、大和は素直に頷いた。
「そりゃあ、いつかはって思ってるよ。けど、まだ焦って
うん、と頷いてから結朱のほうを見る亜妃。
「でも結朱はすぐがいいんだね?」
「うん。ここで
……面白い。すごく面白い。
「ねえ、和泉は結朱のために
「そんなことはない。むしろ、結朱のために
なるほど。配偶者に苦労させずに養いたいタイプなのか。
「結朱は? どうしてそんなに
「だって、そのほうが大和君も楽になるかなって。あとで苦労することがあっても、一緒に乗り越えていけばいいし」
なるほど。内助の功で支えたいタイプなのか。
これはすごい……RPGの一アイテムの使い方だけで人生観がどんどん見えてくるとは。
あとなんかちょっとお互いに対する惚気も見えてきたし。
「なら、お互いに相手を大事に思ってるようだし、それで喧嘩をするのも馬鹿らしいでしょ。もうちょっと落ち着いて話し合ったら?」
「……まあ」
「確かに……」
そう促すと、二人は完全に冷静になったらしく、さっきまでの熱が嘘のように落ち着いた表情で向かい合った。
「なんか……ムキになって悪かったよ」
「……こっちこそ、ごめん」
二人とも謝り、微妙な沈黙が生まれる。
それを先に破ったのは、大和だった。
「ええと、ラストエリクサー使おうか」
「え、でも……」
戸惑う結朱に、大和は笑顔を見せた。
「大丈夫。この後に何かあっても、二人で頑張ればいいだろ?」
「……うん!」
大和の言葉に、満面の笑みで返す結朱。
そして彼女は、亜妃のほうを見た。
「亜妃のおかげでうまくいったよ。ありがと」
どうやら、一件落着したらしい。
「ん、気にしなくていいよ、二人には世話になってるし。じゃ、あたしは先に教室戻るわ」
お邪魔虫になりそうな予感を覚えた亜妃は、一足先に空き教室を出たのだった。
廊下の冷たい空気に触れ、ふぅ……と一息吐く。
「いやー……なんか他人のプロポーズを見た気分なんだけど」
もしかしたら何年か後に、こんな感じで本番のプロポーズを迎えるのかも、と友人たちの未来に思いを馳せる亜妃なのであった。
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