第13話 倦怠期を避けたいカップル

「はあ……」


 いつも通りの文芸部室。


 ゲームの休憩時間になると、結朱が妙にアンニュイな溜め息を吐いた。


「どうした? 今日はレベル上げもなかったのに」


 小首を傾げて訊ねると、結朱はまた憂鬱そうな表情のままこっちを見た。


「それがね、今日ちょっと友達から相談を受けたの。なんでも、彼氏と倦怠期に陥ってるって」


「へー……で、なんでお前がそのことでそんな暗くなってるのさ」


 いかに友達思いな女とはいえ、他人の倦怠期まで我が事のように苦しむほど共感しやすい性質でもないのに。


「いや、うちは大丈夫かなって思ってさ……倦怠期」


「確認するけど、俺たち偽物カップルだよね?」


 偽物カップルの倦怠期とはこれ如何に。


「もちろん。形は偽物だとしても、大和君の私に対する愛情は本物だと伝わっているからね。だからこそ、本物特有の倦怠期が訪れるんじゃないかと心配で」


 よし、なんかもう反論するほうが面倒だから流そう。


「別に俺は結朱といることに倦怠感なんかないし、そんな危機感を覚えなくてもいいんじゃないか? せいぜい、たまにウザいなって思ったり、鬱陶しいなって思ったり、うんざりしたりするくらいだし」


「非常に強い危機感を覚えるよ!」


 安心させようと素直な気持ちを伝えてみたのだが、逆効果だったらしい。


「ますます不安になってきたし、ちょっと倦怠期の兆候を調べてみよう」


 そう言うなり、結朱はスマホを取り出して調べ物を始めた。


「えーと、倦怠期に入りそうな彼氏の特徴……と。あ、これかな?」


 どうやら目当ての情報が書いてある記事を見つけたらしい。


「まずその1。『デートがマンネリ化している』。あれ、これ早速当てはまってない?」


「まあ八割ここでゲームやってるだけだしな」


 縁起の悪いことに、初っ端からヒットしてしまったらしい。まあこういうこともあるだろう。


「次、えーと『自分磨きをしなくなる』。大和君、自分磨きしてる?」


「もちろん。ゲームの腕は日々向上して――」


「何もしてないってことね。ますますピンチ」


 追い詰められてきたのか、俺の話を最後まで聞かない結朱であった。ちょっと悲しい。


「あとは……『目を合わせなくなる』。よく考えたら、今日この部室に来てからの会話、八割くらい目が合ってなかったような気が!」


「そりゃ二人ともゲーム画面見てたからね。そうなるよね」


 ものすごく妥当な論理的帰結に至ったにもかかわらず、結朱はそれをスルーして、悲しそうにこっちを見てくる。


「結論として、大和君は倦怠期に陥ってる! 私くらい可愛い彼女を相手に倦怠期になるなんて、いったい何が不満なの!?」


 なんでこんな愁嘆場みたいな詰め寄られ方してるんですかね、俺は。


「倦怠期に陥った自覚はないが、不満があるとしたらお前の性格だ」


「うぅ……美人は三日で慣れるってやつね。どれだけ私が可愛くても、釣った魚に餌をあげないタイプなんだ……」


「ねえ、俺の話聞いてた?」


 結朱は当然のように俺の言葉をシャットアウトし、悲劇のヒロインを気取り始めた。


「というわけで、倦怠期の改善を行おうと思います!」


「なんか風邪でもないのに解熱剤飲まされてるような気分なんだが」


 一方的な宣言に反対するも、一度危機感を覚えた結朱を説得するのは無理だったようで、彼女は倦怠期の改善方法をネットで調べ始めた。


「まず……『距離を取る』。これは却下ね! 私が寂しい」


「真っ先に試せ。なんなら今試せ」


 具体的には、倦怠期であるという思い込みを忘れるまで。


「他には『嫉妬させる』だって。だとすると、他の男と仲良くしてるところを見せるとか?」


「まあそうだが……俺、お前が桜庭や生瀬と話してるところよく見るけど、特になんとも思わんぞ」


 そう答えると、結朱は頬を膨らませた。


「なんかそれはそれで不満なんだけど。なんで妬かないのさ」


「そう言われてもな。逆に聞くが、そこを気にするようだったらお前とこういう関係になってると思うか?」


 だいたいにして、俺たちが偽物カップルになった経緯を考えれば、そこに嫉妬をするわけにもいかないだろうに。


「う……確かにそこ嫉妬されるようになると、逆にこっちも支障出るというか」


 自分に都合が悪いことに気付いたのか、結朱の気勢が削がれた。


 そして、誤魔化すようにスマホに目を向ける。


「え、えと、他には……『イメチェンしてみる』だって。髪型でも変えてみようかな、大和君はどんなのが好み?」


「うーん……似合っていればなんでもいいな」


「そう言われると逆に困るんだけど。ほら、私ってなんでも似合うし」


 どんな時でも自己陶酔を忘れない勤勉なナルシストである。


「つっても、別に女の髪型とかそんなに分からないし、今のままでいいと思うぞ」


 素直な感想を伝えてみたのだが、結朱が納得する気配はない。


 それどころか、どこか引き攣った顔になった。


「距離を取りたい。嫉妬もしない。イメチェンにも興味がない。ここまで改善点がないなんて……大和君って、もしかして私に興味がないんじゃない!?」


 がーんとショックを受けたようによろめく結朱。


 そういう結論に達してしまうのか……いやまあ偽物カップルだから、本来はそれが正しいんだろうけども、今更そこまでドライにもなれない。


「別に興味がないわけじゃなくてね?」


 そう否定してみるも、結朱には全く響いた様子がなく、しゅんとしていた。


「うぅ……まあそりゃあ偽物カップルだけどさー。もうちょいこう、興味をさー……」


 そもそも倦怠期ですらないのに、どうしてこんなことに……と頭を抱えたくなったが、よく考えたら普段からコミュニケーションをサボり気味な俺のせいという気もしたので、多少は自業自得かもしれん。


 俺は深々と溜め息を吐くと、この場を解決するために覚悟を決めることにした。


「えーと……不安にさせたのなら悪かったけど、ちゃんと結朱に興味もあるし、倦怠期でもないです。ほんと、一緒にいて結構楽しいと思ってるから」


 正面からこういうことを言うのはなかなかに小っ恥ずかしく、自分の顔が赤くなっているのが分かる。


「大和君……」


 結朱は少し驚いたようにこっちの顔を見つめてきた。

 それで羞恥の限界を迎えた俺は、思わず目を逸らす。


 まあ、めちゃくちゃ恥ずかしかったものの、その甲斐あってちゃんと結朱にも気持ちは届いたらしいし、これで安心して――。


「目を逸らした……はっ!? これやっぱり『目を合わせてくれない』っていう倦怠期の特徴では!?」


「おい、なんでそうなるんだよ!」


 思わぬ結論に達していた。


「じゃあ今のもう一回、私の目を見て言ってみて!」


「言えるかあ! もう今ので俺の精神力はガス欠なの! 一ミリも走れないの!」


「やっぱり倦怠期なんだ!」


「なんだこの無限ループ!」




 この後、結朱を納得させるために十回ほどリテイクを食らった。

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