第11話 星を見るカップル

「あ、大和君。わざわざ迎えに来てくれてありがとね」


 あるマンション近くの公園。

 そこのベンチに座っていた俺の元に、私服の結朱がやってきた。


「気にするな。夜道を一人で歩かせるわけにもいかんしな」


 すっかり日も沈み、夜の帳も降りている今、待ち合わせを結朱の家の近くにするのは当然の配慮だった。


「じゃあ行こうか。ここから少し歩いたところにある丘がベストスポットなので」


 案内する結朱に並び、歩き始める。


「けど、流星群を見に行くのなんて久しぶりだなあ」


 結朱は楽しそうに空を見上げながら丘へ続く道を歩く。


 そう。今日はしし座流星群の活動が極大になる日。

 それを知った結朱が、一緒に星を見に行こうと俺を誘ってきたのだ。


「上向いて歩くと危ないぞ」


 足元が疎かな結朱に注意するが、彼女は聞いた様子もない。


「大丈夫だって……っとと!?」


「言わんこっちゃない」


 注意した側から転びそうになった結朱の手を、掴んで支える。


「あ、ありがと。つい気になって」


 バツが悪いのか、ちょっと恥ずかしそうに苦笑する結朱。


「危ないから気を付けろよ」


 そう言って手を離そうとする俺だったが、結朱はぎゅっと握ったまま朗らかに笑った。


「大和君が手を繋いでてくれれば安心だね」


「……まったく。しょうがないな」


 俺は溜め息を一つ零しながらも、結朱の手を握り返すことにした。まあ、また転びそうになっても困るし。


 そうして歩くこと数分、俺たちは目的地に辿り着いた。


「到着! どう、私のお気に入りスポットなんだけど」


 どこか自慢げな結朱。


「へえ……」


 俺は彼女の言葉を聞きつつも、目の前の光景に意識を奪われていた。


 少し小高い丘というだけなのに、街の明かりがよく見渡せる。


 見上げれば、高い建物もないので空がすごく大きかった。


「うん。いいところだな」


「でしょ? じゃあ準備しちゃうね」


 俺の言葉が嬉しかったのか、結朱は鼻歌交じりにバッグからレジャーシートを取り出し、地面に敷いた。


 そこに、二人揃って座る。


「あ、ココアあるよ。飲む?」


 結朱は魔法瓶を取り出すと、蓋を開けて注いだ。


「今日はやたら用意がいいな」


「うん。せっかくだし、ここぞとばかりに女子力を見せつけてやろうと思って」


「そういう下心は言わないほうが女子力高いと思うんだ」


 結朱からもらったココアを一口飲む。


 ほんのりと優しい甘さと、温かいものが胃の中に落ちていく感覚。


 寒い中を歩いていたせいで強張っていた心身が、なんだか一気に解された。


「美味しいな」


「うん。私にも分けて」


「……ん」


 魔法瓶は一つしかないらしく、俺たちは少し照れ臭い気持ちを隠してココアを回しのみした。


 そのまま、二人でぼんやりと空を見上げる。


 会話はないが、それで気まずくなることはない。

 むしろ、どこか満たされた気分ですらあった。


「そういえば、流れ星に願い事ってしたことある?」


 と、不意に結朱がそんなことを口にした。


「いや、ないな。不意打ちで流れ星見ても三回願うのは無理だろ」


 人の反射神経ではおよそ不可能な都市伝説だ。


「じゃあ、今日挑戦してみようか。来ると分かっていれば三回いけるかもしれないし」


「そうだな。せっかくだし」


 楽しそうな結朱の影響か、俺も乗り気になってきた。


「大和君は何の願い事をする?」


 問われた俺は、少し考えてから最初に思いついた願いを口にする。


「そうだなあ……よし、次に買うRPGが当たりでありますようにと願おう」


「大和君らしいね。じゃ、私はそのRPGのレベル上げが簡単であることを願いましょうか」


 と、結朱は俺の願い事に乗ってきた。


「……意外だな。どうせまた『大和君がもっと私のことを大事にしてくれますように』とか言い出すかと思ったんだが」


「おや? 私の興味が自分から薄れたんじゃないかと焦ってます?」


 からかいモードで俺の顔を覗き込んでくる結朱。

 だが、俺はそれに肩を竦めて返した。


「いいや、全く。平常心の中の平常心よ」


「なんでよ。少しは焦りなさいよ」


 ぷくっと膨れてみせる結朱。

 その姿が微笑ましくて、俺は頬を緩めた。


「そこはほら、結朱ちゃんの愛情を信じてますから」


「ならばよし」


 満足そうに頷く結朱。単純な女である。


「それに、私も信じてるよ。大和君は私のことを大事にしてくれるって。だから星には願わない」


 にこりと、笑顔で不意打ちされてしまった。


「そ、そうか、うん」


 油断していた俺は、ちょっと返答がしどろもどろになってしまった。

 当然、結朱はそれを見逃さない。


「あ、照れてるね。ねえねえ嬉しい? 今の私、一途な感じで可愛かった?」


「やかましい。そしてうざい」


 不利を悟った俺は結朱から視線を逸らす。

 と、そんな俺の肩に結朱が自分の頭を預けてきた。


「というわけで、私のことをちゃんと大事にしてね? 大和君」


「……善処します」


 恥ずかしさを堪えてそう答えると、結朱はくすりと笑った。


「頼りないけど、まあ仕方ない。大和君にしては前向きな返事だったとしましょう」


 なんとなく子ども扱いされた気がして、俺は思わず空を仰ぐ。

 その時、きらりと一条の星が夜空を横断するのが見えた。


「あ、始まったぞ」


「ほんと?」


 俺の言葉に、結朱も空を見上げる。


 すると、それを見計らったように大量の星が降り始めた。


「わあ……綺麗」


 結朱は願い事をするのも忘れたように、星を見ながら溜め息を吐く。


 気持ちは俺も同じだ。


 流星群なんて見るのは初めてだったが、こんなに綺麗で、神秘的で、心躍るものだったのか。


 ……結朱と一緒でなければ、こうやって空を見上げようとは思わなかったな。


 そう思うと、今この時間がすごく貴重で得がたいものに思えてきた。


 流れ星が願いを叶えるというのなら、これからもこの時間を――。


「……いや」


 願いかけて、やっぱりやめた。


「どうしたの? 大和君」


 結朱が俺を見て小首を傾げてくる。


「なんでもない。願い事、三回言えるかなって」


「おっと、星に見惚れてて忘れてた」


 そうして、俺と結朱は当初の予定通りの願い事を唱えるのだった。


 それでいい。それだけでいい。




 もう一つの願い事は、星じゃなくて俺が叶えればいいのだから。

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