第10話 勘違いでこじれるカップル

「あ、和泉。ちょっと話があるんだけどいい?」


 放課後。


 今日は結朱が用事で少し遅れるということで、先に一人で文芸部室に向かおうとした俺だったが、教室の入り口で誰かに声を掛けられた。


 振り返ると、そこにいたのは亜麻色の髪の少女。


 結朱の友人の小谷亜妃だ。


「小谷? 俺に何か用か?」


 彼女の友人とはいえ、俺と小谷はまるで正反対の人種であるため、ほぼ会話はない。


 わざわざ放課後に呼び止めるほどの用件とは珍しい。


「んー……ちょっとね。場所変えていい?」


 言いづらそうに教室の外を指差す小谷。


 基本的に俺と小谷の接点は結朱しかないので、こいつが俺を呼び出すとなれば、まず結朱のことだろう。


「分かった、行こう」


 結朱のことだというのであれば、俺としても無下にはできない。

 帰り支度を整えた小谷の先導に従って、廊下に出るのだった。


「……この辺でいいかな」


 部室棟に向かう途中の廊下。

 生徒たちがあまり来ない一角で、小谷は立ち止まった。


「それで、何の用だ?」


 訊ねると、小谷は妙に言いづらそうな顔で切り出した。


「実は……昨日、結朱とあたしの家で遊んだんだけどさ、その時、お互いにいらなくなったアクセサリを交換しようって話になって、結構多めに交換したの」


「ほう」


 やはり結朱関連の案件だったか。

 とはいえ、それがどうして俺の呼び出しに繋がるのか分からないが。


「だけど……交換したものの中に、どうもうちの姉貴のアクセサリが混じってたらしくて」


 弱った表情で言う小谷。


 なんとなく事情が見えてきた。


「なるほど。それを俺に取り返してきてほしいと?」


「話が早くて助かるわ。で、頼める?」


「構わないが……俺を経由するより、別に自分で言ったほうが早くないか? 事情を話せば結朱だって快く応じてくれるだろ」


 そう正論を放つと、小谷は気まずそうに目を逸らした。


「それが一番いいのは分かってるけど……昨日、結構気前よく渡しちゃったし、今更返せっていうのもね。いやまあ、いいんだけど……なんかね」


 どうやら小谷的に、微妙に恥ずかしい状況に陥ってしまったらしい。

 まあ俺も鬼じゃない。この程度の頼みなら受けてもいいだろう。


「分かった、引き受けよう。で、どんなアクセサリなんだ?」


 俺が引き受けると、小谷はほっとしたように胸を撫で下ろした。

 そして、鞄に手を入れる。


「確かここに商品カタログが……あった。これ、中に写真が入ってるから」


 そして、白い便箋を取り出すと俺に渡してきた。


 店から送られてきた販促用のダイレクトメールだろう。


「ん。確認しとく」


「こういうこと言える立場じゃないけど、早めにお願いね」


 姉からせっつかれているのか、ちょっと焦った様子の小谷。


「よっぽど大事なんだな」


「うん。あたしなら好きにしていいけど、他の人には渡したくないって」


 なるほど。それならば急ごう。


「小谷の気持ちは分かった。じゃあ、俺もちゃんと結朱と話を付けてくるよ」


 しっかりと頷き、俺は小谷の頼み事を引き受けるのだった。






「失礼しましたー」


 完璧な愛想笑いを浮かべて、結朱は職員室を出た。


「ふう……私としたことが提出物を忘れるなんて、うっかりだよ」


 おかげで、余計な時間を取られてしまった。


 さっさと文芸部室に向かわないと、大和がRPGに夢中になりすぎて、こっちに構ってくれなくなってしまう。


 結朱は早足で廊下を歩き、部室棟へ向かった。


 と、その途中である。


「自分で言ったほうが……事情を話せば結朱だって……」


 ふと、大和の声が聞こえてきた。

 どうやらまだ部室に着いていないらしい。


「お、今なら追いつけるかも」


 そう思って足早に進んでいくと、そこには思わぬ光景が広がっていた。


「……亜妃?」


 何故か、自分の親友が大和と話をしていたのだ。

 咄嗟に、わけもなく足を止めて隠れてしまう。


 人通りのない廊下。どこか後ろめたそうな亜妃の雰囲気。親友と彼氏の密会。

 なんとなく怪しげな空気を、結朱の第六感が捉えたのだ。


「……まさかね?」


 亜妃と大和に接点なんてほぼないし……いやでも、前に私を放置して二人で一緒にいたことがあったような……。


「いやいや……」


 でも、よく考えたら亜妃は大和に恩もあるし……そういえば、好きな人のことを異性の友達に相談していたら、いつの間にかその友達のほうを好きになっちゃったってパターンもあるとか聞いたような……。


「けどねえ……」


 よりによって、あの二人が。

 そう脳内で否定しつつも、じっと二人の動向を見守ってしまう結朱。


 と、そこで小谷が何か便箋のようなものを大和に渡した。


「ラ、ラブレター……!?」


 まさか、そんな、やっぱり!?

 心臓が爆音を立てる中、結朱は二人の会話をもっと聞こうと、忍び足で近づいていく。


「……あたしなら好きにしていいけど、他の人には譲りたくない……」


 途端に飛び込んでくる、亜妃の声。


「あたしなら好きにしていい……? 他の人には譲りたくない……?」


 完全にアウトな言葉が出た。こんなのもう確定と言っていいのでは!?

 果たして、大和の回答はいかに。


「小谷の気持ちは分かった。じゃあ、俺もちゃんと結朱と話を付けてくるよ」


 真剣な表情で、大和はそう答えていた。


「私と話をつける……」


 ――あれ? もしかして私、これから別れ話を切り出される?






 小谷との話が終わった後、俺は一人で部室に来ていた。


 ゲームをやろうかと思ったけど、万が一夢中になって小谷の頼みを忘れては悪い。

 結朱が来るまで待ってようと思ったのだが……遅いな。


「提出物を出してくるだけって言ってたが……」


 呟きながら、俺が連絡を入れようとスマホを手に取った時だった。

 文芸部室のドアが開く。


「……お疲れ。遅れてごめん」


 現れたのは、どこか沈んだ表情の結朱。


「いや、構わないけど、なんかあったのか?」


「……覚悟を決めるのに少々時間が」


 訊ねると、要領を得ない答えが返ってきた。

 よく分からないが、とにかく忘れないうちに小谷の依頼を済ませてしまおう。


「結朱、ちょっといいか。話があるんだが」


 俺がそう切り出すと、結朱はビクッと肩を跳ねさせた。


「……うん、分かってる。亜妃とのことだよね」


 と、意外なリアクションが返ってきた。


「おう、そうだが……なんで分かったんだ?」


「……さっき、二人が話してるのを聞いちゃったんだ」


 なるほど。

 やたらテンションが低いのは気になるが、これは話が早い。


「それなら改めて説明する必要はないか。要するにそういう事情なんだが、ここは穏便に譲ってもらえないか」


「やだ」


「え」


 スムーズに事が進むと思ったのに、予想に反して拒絶されてしまった。


 仏頂面のまま、ふいっと顔を逸らしてしまう結朱。


「いやいや、確かに結朱の気持ちもあるんだろうけど、元々お前のものでもないんだし、納得してもらえないか」


 説得してみると、結朱はたじろいだ。


「う……た、確かに正式には私のものじゃなかったけど……だからって捨てられた側からすると頷けないよ!」


「捨てられたの!?」


 え、もらったばかりのアクセサリを即行で誰かに捨てられたの!? 何があったんだ、こいつの日常!


「正確に言えば、これから捨てられるんだけども」


「これから!? 何その予定! 誰に捨てられる予定なの!」


 ていうか、自分のものを捨てられる予定ってなんだ!


「誰って……そりゃ大和君以外にいないでしょ!」


「なんで!?」


 世界一意外な容疑者が上がってきた。犯行動機が不明すぎる。


「私が聞きたいくらいだよ! どうせ飽きたからとかそういうのでしょ!」


「飽きねえよ、こんな短時間で!」


 まだ小谷の依頼を受けてから一時間も経ってないのに、もう飽きてアクセサリ捨てるって、俺はどういう人格だと思われてるんだ。


「信じられないよ! この浮気者!」


「あれくらいのことが浮気になるんすか! さすがにヤキモチの幅が広すぎない!? この程度のこと、誰だってやるだろ!」


 え、こんな重い女だっけ、こいつ。


 ドン引きする俺とは裏腹に、結朱は少し鼻白んだような様子を見せる。


「だ、誰だってって……そんなわけないでしょ! 仮にも彼氏にこんなことされたら、怒るに決まってるよ!」


「嘘だろ! 女心難しすぎない!?」


 え、俺がコミュ力のない男だから? 世の中の女子ってこんな感じなの?


「難しくないでしょ! こんな仲間内でとっかえひっかえしたら、揉めるに決まってるし!」


「いや、たかがアクセサリを取り替えるだけの話だろ!」


「アクセサリ呼ばわり!? 大和君ってそんな最低男みたいな考え方だったの!? 見損なったよ!」


「何が最低なんだよ! じゃあお前は今回のことをどう思ってるんだよ!」


「二人が私を裏切った案件」


「重すぎるわ!」




 ――数十分後、誤解が解けた結朱が羞恥のあまり部室でのたうち回ったのは、言うまでもない。

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