第9話 こたつで眠るカップル
結朱との紙相撲勝負に負けた俺は、自販機で二人分の飲み物を買い、ついでに食堂の中にいた男子生徒の顔を意味もなくチェックしてから、そそくさと文芸部室に戻ってきた。
「ほら、買ってきだぞ」
誰もいないのを確認して文芸部室に入るも、出迎える声はない。
どうしたのかと思ってこたつに近づいてみると、結朱が横になって眠っているのに気付いた。
「無防備な……」
いくら俺しかいないからといって……いや、俺しかいないのに、こういう姿を晒すのはどうかと思う。女子として。
「ほら、置いとくぞ」
聞こえないと分かりつつも、結朱の前のテーブルに飲み物を置き、俺は自分の分の紅茶を飲み始めた。
「……ま、気持ちよく寝ているようだし起こすのも忍びないし、自然に起きるまで、RPGでもやってるか」
そう呟くと、俺はゲームの続きを始めた。
こたつのせいで暖まった空気、同じ敵を倒すルーチンワーク。
普段であればラジオや音楽を流しながらやるレベル上げだが、今は寝ている結朱を起こさないように無音でやっている。
「ふわぁ……」
そのせいだろう。いつの間にか、俺も睡魔に襲われてきた。
「ねっむ……」
駄目だ、さっきからキャラの操作ミスりまくってる。これは寝落ちする寸前だ。
「無理にやっても楽しくないし……今日はもうやめるか」
ぼんやりする頭でセーブをして、ゲームを終了させる。
途端に眠気を遮るものはなくなり、俺もこたつに潜り込んで目を閉じた。
「ん……トイレ……」
眠りの世界に落ちる途中、こたつの反対側から、もぞもぞと結朱が立ち上がるような音が聞こえてきた気がした。
――ふと、意識が覚醒する。
最初に目に入ったのは真っ暗な室内。
「…………?」
寝起きのぼんやりとした脳では現状を把握できず、俺は顔をしかめる。
が、徐々に覚醒するにつれ、俺は状況を理解し始めた。
「ああ……こたつで寝たんだっけ」
やべ、今何時だ?
俺はポケットに手を突っ込むと、スマホを取り出して時間を確認する。
明るいスマホの画面には、十九時という表示がしてあった。
「うわ……もう七時。そりゃ暗いや」
たっぷり二時間は眠った計算である。
俺は慌てて上半身を起こそうとして――その事実に気付いた。
「すぅ……すぅ……」
――真横に、眠っている結朱の顔がある。
「…………!?」
謎の事態に、俺は声も上げずに混乱した。
え、なにこれ!? なにこれ!?
室内が暗くて気付かなかったけど、結朱が超至近距離で寝てるじゃん!
しかも、俺に腕枕されて寝ている。なんで!?
相当長く腕枕をしていたせいか、枕にされている右腕の感覚がない。
「そういや、俺が寝る直前に結朱が外に出てたような……」
まさかこいつ……トイレ行った後、この部室に戻ってきた時に、寝ぼけたまま俺の隣に潜り込んだのか?
というか、それしか考えられない。
「とにかく、離れないと」
もし結朱が目覚めて、こんな状況を見られたら大変な誤解を招いてしまう。
俺は結朱の頭の下から、ゆっくり自分の腕を引き抜こうとしたが、なにぶん腕の感覚がないため、力加減がうまくできない。
「んん……」
と、少し強引に引き抜きすぎたか、結朱が寝苦しそうに身じろぎする。
「う……」
バレないかと緊張すると同時、結朱が至近距離で漏らす吐息の妙な色っぽさに、また別種の緊張も味わう。
くっ……普段はウザさによって相殺されているものの、こうして静かに眠っている結朱は、非の打ち所がない可愛さだ。
「いかん……早く腕を引き抜かなければ」
万が一にも理性を爆発させるわけにはいかない。
俺はごくりと唾を飲むと、再びゆっくりと腕の引き抜き作業を始めた。
「ん……やぁ……」
が、それがむずがゆかったのか、結朱が寝返りを打ち、すっぽりと俺の腕に収まってしまう。
「う……!」
な、なんだこの凄まじい背徳感は。
別にこうやって密着するのは初めてではない。その度に割とドキドキはしてたけど、これはなんか別種のもの。
「やばい、これ……!」
こう、いつもみたいにお互い緊張したまま抱き合うのじゃなく、なんていうか、誰も見ていない感じとか、結朱の無防備さとか、そういうものが独特の解放感を生み出している。
もっと言葉を選ばず言うのなら、『誰も見てないし結朱も気付いてないんだから、少しくらい……』的な誘惑が、ガンガン脳内から飛んでくるんだけど!
「まずい。このままじゃまずい……!」
マジで理性が飛ぶ。そしてとんでもないことになる。
「こうなったら、ちょっとずつ腕を引き抜くのはやめだ」
その途中に結朱が予定外な行動をしたら、今度こそ理性を保ってる自信がない。
一気に、腕を引き抜く。
そして、その衝撃で結朱が目覚めるより先にこたつから出て、無関係アピールをする。
これしかない。
「よし……」
俺は一つ深呼吸をして自分を落ち着けると、覚悟を決める。
そして、テーブルクロス引きのような勢いで思いっきり右腕を引き抜いた。
やった、まずは成功。
「んみゃ!?」
同時に、枕を抜かれた結朱の頭が床に敷かれたカーペットにこつんと当たり、彼女が目覚める気配がする。
今のうちに、素早く逃げなければ……!
そう思い、俺は右腕を突いて上半身を素早く起こそうとする。
――が、ここで俺は一つだけ計算ミスをしていた。
長時間、腕枕に使われていた右腕は完全に麻痺しきって感覚がなく、ついでに力も入らないことを……!
「うおっ!?」
力の入らない右腕に上半身の体重を預けようとした俺は、途端にバランスを崩した。
その勢いのまま結朱に衝突しそうになったが、寸でのところで左手を突き、なんとか事なきを得る。
「危ないところだった……」
衝突事故を避けられたことに、俺はほっと胸を撫で下ろす。
「……大和君? 何やってるの」
――が、それと同時に別の事故が起きていた。
「いや、これはその」
気付けば、俺は結朱の上に覆い被さるような姿勢になっていた。
頭が真っ白になり、うまい言い訳が思いつかない。
その間にも、ちょっと寝ぼけた様子だった結朱は現状を把握しつつあるのか、徐々に目を見開いて、顔を真っ赤にした。
「いや、本当に何やってるの!? 大和君!」
俺から身を守るように、自分の身体を抱き締める結朱。
「誤解だ、これはちょっとした事故で!」
「そんな寝てる間って……こういうのはもっとムードがあるところで、然るべき手順を踏んでから……!」
「だから違うんだって!」
「私も一方的に駄目って言ってるんじゃなくて、ちゃんと手順を踏んでほしいって言ってるわけで……」
「さてはお前、まだ寝ぼけてるだろ! それ以上言うと目覚めた時に色々と死にたくなるぞ!」
一時間後。俺たちは満場一致でこたつの撤去を決めるのだった。
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