第8話 こたつの魔力に負けるカップル
「こたつをもらってきました!」
いつも通りの文芸部室で、結朱がセット済みのこたつ一式を見せびらかしてきた。
言われてみれば、もう季節は秋を過ぎて冬に片足を突っ込んでいる。
部室にもそういうアイテムがあれば有り難い――が、一つ疑問が。
「そんなもん、どこからもらってくるんだよ……」
文芸部室に入るなり前述の発言を受けた俺は、半ば呆れながら部室のど真ん中に設置されたこたつを見つめる。
「一回、事務室で使おうとしたんだけど、仕事にならないからって撤去されたんだって。そこを私が確保してきたわけよ」
「事務室から? よくここまで運べたな」
小型とはいえ、結構な重さだ。結朱の細腕で運ぶには苦労しただろう。
「そこはそれ。私ほどの人望があれば、途中で助けてくれる人間の一人や二人いるものですよ。あ、もちろんこの文芸部室のことはバレないよう、途中からは私一人で運んできたけどね?」
ものすごく自慢げな結朱。
とはいえ、今回は俺としても少し嬉しい。
「まあ、こたつに潜り込んでRPGをするのは、冬の定番イベントだからな。でかしたと言っておこう」
「全く聞いたことのない定番イベントだけど、褒め言葉は素直に受け取っておくよ。じゃあ、早速入ろうか」
結朱に促されるまま、俺はこたつに足を入れる。
「おお……」
既に電源が入っているため、じんわりとした暖かさがふくらはぎに伝わってきた。
「この人を堕落させる感じ……まさしくこたつって感じだねえ、大和君」
俺の正面に座った結朱も、猫のようにくつろいでいた。
「そうだな。じゃ、次はこっちの準備もするか」
俺はゲーム機の電源を入れると、テレビを付けた。
「私、今日は見るだけにしとくー」
早くもこたつののんびりオーラに蝕まれたのか、結朱はプレイを放棄していた。
まあいい。それなら俺一人でやろう。
結朱が見守る中、俺はどんどんゲームを進めていく。
船のステージに入った主人公は、緑色の服を着た空を飛ぶ少年と共闘することに。
「あ、このキャラ見たことある。へー、このゲームに出てくるんだ」
「このキャラは有名だよなあ」
会話をしつつ、俺は敵を次々と薙ぎ倒していく。
そんな中、不意に結朱がぽつりと呟いた。
「ねえ、なんか喉渇かない?」
「言われてみれば、確かに」
こたつというのは水分を奪うものである。自然と、入っているだけで喉が渇く。
「飲み物を買いに行きたいけど……」
そう言いながらも、結朱の表情はどこか渋いものだった。
気持ちは分かる。俺も同じ想いだからだ。
即ち――こたつから出たくない。
この晩秋の夕方という寒い時に、風通しのいい廊下を歩いて学食前の自販機まで行くなど、苦行以外の何物でもないのだ。
「ねえ大和君。私ね、この寒い時期にもミニスカートに素足なんだ。何故か分かる? 大和君に可愛いと思ってもらうためだよ。そんな私の努力に、大和君も彼氏として報いるべきだと思わない?」
こいつ、遠回しかつ恩着せがましく俺に飲み物を買いに行けって言ってきやがった。
「そうか。そんな無理をさせて悪かったな。だが安心しろ、俺は黒ストッキングも好きだから遠慮なく穿いてこい。そうだ、確か購買部にストッキングが売ってたはずだし、自分のサイズに合うものを選んだらどうだ?」
もちろん、ついでに飲み物も買ってこい。というメッセージを言外に付ける。
「……ふふふ」
「……ははは」
二人の間で、バチバチと火花が散る。
「よし、仕方ない。こうなったら一つ勝負をしよう!」
まどろっこしい言い合いでは決着が付かないとみたか、結朱が正面から切り込んできた。
「いいだろう。で、なんの勝負にするんだ?」
俺は戦闘中だったゲームにスタートボタンを押してポーズを掛け、結朱に向き直る。
「そうだなあ。こたつから出て大がかりな準備はしたくないし、たまたま近くにあったこれでどう?」
結朱は、文芸部OBが残したと思しきおもちゃをこたつの上に載せる。
テーブルにちょうど収まるサイズの、紙で出来た土俵。
「土俵……なるほど、紙相撲か」
なんで文芸部室にこんなものがあるんだ。今俺たちがやってるゲーム機といい、ここのOBはここをレクリエーションルームかなんかだと思ってたのか。
「そう! これで負けたほうがこの安全なコロニーから出て、極寒の宇宙で資源を探す旅に出るんだよ!」
「そんな壮大なSFみたいな話だったかはともかく、勝負の方法はそれでいいだろう」
「はい、じゃあこの紙で力士を作ってね」
結朱は厚紙とはさみを俺に渡してくる。
「ふむ……」
紙相撲は初めてだが、俺は地味に折り紙を得意とする男である。
この手の工作には非常に強い。
俺は手早く力士を作り上げると、土俵に上げた。
「む……早い。もしや大和君、手慣れてる?」
「多少はな」
俺から遅れること数秒、結朱も自分の力士を作り上げ、土俵に上げる。
「恨みっこなしだからね」
自信家な結朱らしく、俺が手慣れていることを知っても勝つ気満々だった。
「ふん。後悔させてやろう」
俺たちは向かい合うと、互いの人差し指を土俵の端に置いた。
「行くよ、大和君。はっきよーい……残った!」
結朱の合図に合わせ、俺は人差し指で土俵を叩く。
その振動を受けた俺の力士が、結朱の力士にぶつかっていった。
「む……! 力押しだね。負けないよ!」
結朱も俺に負けないよう、リズミカルに人差し指をタップする。
操作技術はお互い初心者らしく互角。
となると、あとは力士の完成度だが……やはりこれは俺が上。
やがて、結朱の力士は土俵際まで追い込まれてしまった。
「が、頑張れ! 私の力士! それじゃ横綱になれないよ!」
「悪いな、この秋場所は俺がもらった!」
ふふふ、このまま押し出しにしてくれる!
「こうなったら……! ねえ、大和君。私、こたつ運ぶのを人に手伝ってもらったって言ったじゃん? あれね、隣のクラスの男子だったんだ」
「なんだ、急に」
いきなり脈絡のない話をしてきた結朱に、俺は少し戸惑う。
「前からその男子は私に対して結構声を掛けてきてくれる人でね、まあ快く手伝ってくれたわけですよ。あれはきっと私にいい格好を見せたかったんだろうね。ちなみに、その男子は私と別れた後、食堂に行くって言ってたんだ。自販機のある食堂に」
「そ、それがどうした?」
無意識のうちに、俺の操る力士の動きがちょっと乱れる。
「別に。ただ私が自販機に行ったら、またその男子に会うかもねってだけ。さっきは私が忙しいからスルーできたけど、このタイミングで会ったらお礼もしなきゃいけなくなるだろうね。私に割と好感を持っているだろう男子に」
「………………」
「まあ、本当に勝負とは関係のない話だけどね!」
話が終わるなり、結朱が土俵をタップする速度を上げる。
その勢いは強く、俺の力士はあっという間に立ち位置を入れ替えられ、いつの間にか土俵際に追い込まれていた。
「あ、やべ」
俺もタップをするが、その勢いはなんとなく弱く、結局結朱の力士によって土俵の外に押し出されてしまった。
「勝利! 決まり手は押し出し!」
結朱がガッツポーズで快哉を叫ぶ。
実際の決まり手はもっと別のものだった気がしないでもないが、俺は沈黙を選んだ。
「しゃーねえ。勝負は勝負だ、買ってきてやる」
渋々こたつから出ると、晩秋の冷たい風が足に突き刺さる。
「おやおや、随分と素直だね。さっきまであんなに嫌がってたのに」
「負けた以上はしょうがねえだろ。お前は大人しく待ってろ」
俺は仏頂面も隠さずに文芸部室のドアノブに手を掛ける。
「了解。ふふっ、大和君は本当に私のことが大好きだねえ。あとついでにヤキモチ焼き」
「やかましい」
俺は妙に嬉しそうな様子でにやにやする結朱を一睨みすると、負けたから仕方なく、本当に本意ではないけども、渋々ながら買い物に出るのだった。
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