第7話 催眠術を試す彼女

「ねえ大和君。今日は私たちが仲良くなるために、とっても素晴らしい手段を用意したの」


 放課後の文芸部室。


 いつも通りゲームの準備をしていると、結朱が唐突にそんなことを言い出した。


「仲良くなる手段……? なんか嫌な予感がするが、一応聞いておこう」


 もったいぶる結朱に警戒しつつ訊ねると、彼女はポケットの中から何かを取り出した。


「糸が結ばれた五円玉……? おい、この古典的クラシカルな呪具ってことはまさか」


「そう! 催眠術です!」


 嫌な予感、的中である。


 なんだこいつ、ナルシストをこじらせるだけじゃ飽き足らず、いよいよ電波キャラにも手を出し始めたのか? なんて守備範囲だ。


「私ね、まだ大和君と微妙に打ち解けられてない部分があると思うの。壁があるというか」


「そうだな。たった今、新たな壁が生まれたところだ」


「でね、その壁は何かって考えたんだけど、多分大和君が素直になってくれないことが最大の要因だと思うの」


「残念ながら俺は今、すごく素直にドン引きしてるぞ」


「だから、それを解決して仲良くためには、催眠術が一番かなって!」


「むしろ仲は確実に悪くなったよね」


 完全にテンションが上下に分かれた俺たちである。


「というわけで、催眠術を試しましょう」


「はあ……まあいいや。さっさと終わらせよう」


 どうせ遊び感覚なんだろうし、適当に乗ったほうが早く終わるとみた。


「じゃあ大和君、この五円玉をよーく見て」


 結朱は俺の前に掲げた五円玉をゆらゆらと振り子運動させ始める。


「大和君はだんだん私を好きになる……好きになる……」


 催眠術っていうか洗脳めいてきたな、おい。


 半ば呆れながら見ていると、やがて結朱が五円玉を止めた。


「どう、大和君。何か気持ちに変化は?」


「特に何も」


「なるほど……考えてみれば、現時点で大和君は私のこと大好きだもんね。好感度がカンストしてるから効かないのか」


「そうじゃなくてね?」


 どこまでも自分の魅力を疑わない女である。


「ということで、ちょっとやり方を変えるね。また五円玉を見て」


 再び、五円玉を振り子運動させる結朱。


「大和君はRPGよりも私のことを好きになる……好きになる……」


「おい、価値観をねじ曲げようとするのやめろ。さっき好感度がカンストしてるとか言いながら、RPGへの敗北感が見え隠れしてるじゃねえか」


「あとこういう余計なことに気付かなくなる……気付かなくなる……」


「完全に情報抹消にかかってんじゃねえか」


 俺は無理やり五円玉を掴んで止めた。


「なんだよー、邪魔しないでほしいんだけど」


 結朱は不満そうに唇を尖らせる。


「悪いが、明確な悪事を邪魔する程度の倫理観はあるんだわ」


「失礼な。女の子の可愛らしい陰謀ですよ。むしろ、彼女にこういう苦言を呈される自分自身を見直してほしい」


「急に正論ぶちこんでくるのやめろ。ぐうの音も出ないわ」


 彼氏としての言動に問題があると言われれば、もう完全に反論できない俺である。


「というわけで、大和君が彼氏としてレベルアップするために、今度こそちゃんと催眠術をかけます!」


 ものすごい断りにくい理由で再開されてしまった。そこを盾にされたら俺としても受け入れざるを得ない。


「大和君は私に素直になる……素直になる……どう、変化は?」


「何もない」


 スパッと答えると、結朱は不服そうにした。


「むぅ……駄目だったか。にしても大和君、ここは効いてなくても効いたって言っておいたほうがいい場面だよ」


「なんでさ」


 結朱の言うことの意味が分からずに首を傾げる俺である。


「だってほら、今なら催眠術のせいにして私に対する愛情を叫べる場面だったでしょ? むしろ今回のイベントは、それがメインと言っても過言じゃないのに」


「なんだ、そのねじ曲がった気の遣い方は……」


 なんで急に催眠術なんか持ち出してきたのかと思ったら、そういう思惑があったのか。


「色々画策していたところ悪いが、不要な気遣いだ。俺がお前に愛を叫ぶことなどない」


「そこまではっきり言わなくても……って、ああそっか」


 唇を尖らせた結朱だったが、何故か途中で納得したように頷いた。


「よく考えたら大和君、口説き文句とか持ってなさそうだもんね……女の子に愛情叫べって言われても困るか。ごめんね」


「なんか謝られると、それはそれで複雑なんだが」


「いや、私が悪かったよ。たとえるなら持ち歌がない子にカラオケでマイクを渡しちゃったような感じ。困らせちゃったね……」


 一見謝罪風に見せかけておいて、キレッキレの煽りをかましてくる結朱。なんだこの下からマウントを取ってくる感じ。非常にイラッときた。


「……いや、なんか今更ながら催眠術が効いてきたようだわ。なんかこう、心が解放されていく感じがする」


「え、本当に?」


 俺の言動が予想外だったのか、きょとんとする結朱。


 そんな彼女に対して、俺は満面の笑みを見せる。


「ああ。だから今なら結朱に対して超素直になれるわ。ごめんな、今までひねくれた真似ばっかりして」


「いや、それはいいけど……え、本当に?」


 俺の急な態度の変化に戸惑った様子の結朱。


 が、構わずに俺は畳みかける。


「本当だとも。いや、こんなに可愛い彼女がいるのに、どうして普段の俺は素直になれなかったんだろうね。ちゃんと可愛いと思ってるんだから、普通に可愛いって言ってあげればよかったのにな」


「う、うん……え、なんかこう素直だと怖いんだけど」


 結朱に動揺が見える。


「あはは、怖いのはお前の可愛さだわ。いやあ、本当に可愛いなあ。もっと近くで見ていいか?」


 言いながら、俺はぐいっと結朱を引き寄せる。


 至近距離で目を合わせると、彼女はみるみる顔を赤くした。


「や、大和君!? あの、その、えっと」


「ほんと、見た目だけじゃなく中身も可愛いよな、結朱は。よく考えたら催眠術をかけてまで彼氏に構って欲しかったって、最高に可愛いエピソードだよ」


「そう言われるとなんか恥ずかしいんだけど!」


 照れてる様子も可愛いなあ、うちの彼女は。


「なんかね、この可愛さをもっとみんなに知ってほしい気分だわ。というわけでこれから外に行って、手当たり次第にこの可愛らしいエピソードを吹聴してこようと思う」


 俺が踵を返して部室のドアに向かうと、結朱が腕にしがみついてきた。


「やめて!? ねえ、本当は催眠術にかかってないでしょ! ていうか怒ってるでしょ!」


「なんのことだ? 俺はバッチリ催眠術にかかってるぞ。だからもうこの可愛い武勇伝を広めたくて仕方ないわ。よし、まずは結朱の周りの人間を重点的に狙っていこう」


「学校に行けなくなるよ! 分かった、謝る、謝るから! だからその武勇伝を拡散するのはやめて!」


「嫌がる結朱も可愛いなあ。もっと広めたくなっちゃう」


「なにそのヤンデレ! 完全に怒ってるじゃん!」




 この後、結朱が五円玉を処分することを誓うまで俺の催眠状態(仮)は続いたのだった。

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