第6話 女性の好きな仕草を強要される彼氏

「すまん、遅れた……って、何読んでるんだ?」


 放課後。


 諸用で遅れた俺が文芸部室に入ると、結朱が何やら古い雑誌と睨めっこをしている姿を発見した。


「あ、大和君。ちょっと暇だから本棚を見てたんだけど、なんかこういうのが出てきてね」


 顔を上げた結朱が、開いていたページを俺に見せてくる。


「えーと……『女子の好きな男の仕草特集』?」


「そう。けど、文字で見るだけだといまいち分からなくて」


「なるほど」


 それで難しい顔で睨めっこをしていたのか。


「あ、そうだ。ねえ大和君、ちょっとこれやってみてよ」


 結朱が名案を閃いたという様子で、俺に雑誌を押しつけてくる。


「まあいいけど……まずは『ネクタイを緩める仕草』ね」

 言われるがまま、俺はブレザーのネクタイに指を掛け、軽く緩めた。


「これでいいか?」


「お……ちょっといいかも」


 結朱の心は微妙に揺れたらしい。


「でも、もう少し疲れた感じを出してくれるといいかも。なんかこう、仕事から帰ってきた時みたいに」


「また細かい要求を……しょうがねえな」


 俺は軽い疲労の籠もった溜め息を吐きながら、少し雑な仕草でネクタイを緩める。


「お、おおおお! これだよ大和君! なんかいい、ぐっと来た!」


「えー……なにがいいのかよく分からない」


 なんかめっちゃテンション上がってるけど、全然ピンと来ない。


「この、自分の戦場から帰ってきて気が緩む瞬間って感じ……ちょっとぐっとくる」


「そんなもんかね? じゃあRPGのレベル上げが終わる度に、毎回この仕草やってやろうか?」


「それはなんか文脈が違うからやめて! この仕草が穢された感じがする!」


 せっかくサービスしてやろうと思ったのに、なんて言い草だ。


「それより他の! 他の仕草も見たい!」


 さっきまで記事の内容に懐疑的だったくせに、一気に乗り気になったな。


「分かったよ、もう。ええと、次は『ネクタイを締める』だって。なんだこのマッチポンプ。さっき緩めた意味がねえじゃねえか」


「フェチズムに生産性を求めちゃいけないんだよ! さあ早く!」


「お、おう」


 結朱の迫力に押され、俺はきゅっとネクタイを締め直す。


「あ、いい。今度はこれから戦場に向かうぞっていう凜々しさが出てるっていうか」


 ぐっと親指を立てて見せる結朱。これもまた好評だったらしい。


「そうか。じゃあ今度からレベル上げを始める時に――」


「やらなくていいです! そのおもてなしホスピタリティは捨てて!」


 またもサービスを拒絶されてしまった。何がそんなに気に入らないのか。


「それよりも次! 次! ほらほら、まだあるでしょ?」


 結朱はまだこの流れを続けるつもりなのか、三度みたび催促してきた。


「まだ貪欲に求めてくるのか……じゃ、今度は『腕まくり』な」


 正直もういいだろと思ったものの、ここでやめるとうるさいのは目に見えているので、渋々付き合う。


 俺はブレザーを脱いでワイシャツ一枚になると、袖ボタンを外して腕をめくってみせた。


「あ、これもいい。なんだろ……いい」


 よっぽど刺さったのか、結朱の語彙力がだいぶ退化していた。


「うーん……これも俺には分からんな」


 自分で自分の腕を見ても、まるで感じるものはない。


「えー、そうなの? このシャツから見えた腕に意外と筋肉があって血管が見えるところが、なんか男っぽさ感じるっていうか」


「ああ、この筋肉がいいのか。RPGをやる時に、コントローラーを激しく操作することで付いた、自慢の筋肉だ」


「台無しなんだけど! さっきからRPG情報のちょい足しやめてくれる!?」


 どうやら俺のサービス精神は全て裏目に出てしまったようだ。


「なんだと。筋肉に貴賤はないだろ」


「そうだけど! でもなんか筋肉が持つ頼もしさとかは消え去ったよ!」


 むぅ……結朱のツボがいまいち把握できないため、何がどう受けているのか全然分からない。


「じゃあ次ね! さあ早く!」


「えー……まだやるのか?」


 なんかちょっと恥ずかしくなってきたんだが。


「なあ……もしかして俺、セクハラってやつをされてるんじゃないか?」


「気のせいだよ! さあ早く!」


 キラキラと結朱の瞳が輝く。


 だが、一度羞恥が生まれると、大人しく指示を聞くのは難しい。


「嫌だよ、もう。十分満足しただろ」


「してない。普段全く男としての魅力がない彼氏が、ようやく魅力の欠片を見せてくれたんだよ? そりゃあもっと欲しくなるってもんだよ」


「お前は棘のある褒め言葉しか口にできないのか」


「これは失礼。薔薇のような女なもので。主に美しさが」


「どっちかというとサボテンのような女だな」


 周りが砂漠でも、勝手に生き残ってるたくましいところとか。

 そんな皮肉を込めてみたのだが、結朱は何故か上機嫌だった。


「やだもう。それってサボテンの花言葉が『枯れない愛』ってことに掛けてるの? 大和君ったらロマンティック」


「……やっぱりたくましいサボテン女だわ」


 もう俺の手には負えねえよ、こんなポジティブモンスター。


「てか、俺ばっかりやってたら不公平だろ。お前もなんかやれよ」


 俺は都合の悪い流れを切るため、矛先を結朱に向けた。


「私に? いいけど、何をやってほしいの?」


 その言葉に雑誌を見てみたものの、残念ながら女性の仕草については言及がなかった。


「むぅ……じゃあネットで調べてみるか」


 そう言って俺がスマホを取り出すのを見て、結朱はにやりと笑った。


「なるほど。ネットだったらいっぱい情報が出てくるだろうね。その山ほどある選択肢の中から大和君がどういうのをチョイスするのか、非常に興味深い」


「う……」


 なんか、その一言で急に俺の性癖暴露大会みたいになってきたんだけど。


「ねえねえ、大和君はどんな仕草にドキッとするの? さあさあ、私に全部晒してごらん?」


 上目遣いでぐいぐい迫ってくる結朱。い、言いづらいわ!


「ほーら早く。楽しみだなあ、大和君が女の子に何を求めているのか知れるなんて」


 ぐぬぅ……こんなの、どう答えても辱められるぞ。なんだ今日は。俺がひたすらセクハラかまされるだけの流れじゃねえか。


 こうなったら最後の手段だ。


「頼むからもう黙ってくれ。無言で微動だにしないことが、俺が一番好きな仕草だ……」


 あっさりと俺は逃げの一手を打つのであった。


 そう来られては前言撤回できないのか、結朱も不本意そうに頷いた。


「むぅ……そう言われたら仕方ないね。じゃあ静かに大和君の腕まくり動画を見てるか」


「おい、いつ撮ったそれ! 消せ!」


「………………」


「無言で微動だにしない!? 最悪のタイミングで俺の要求に応え始めたな!」




 この後、文芸部室には俺の腕まくりとネクタイをいじる動画が十回ほどループで流れるのだった。

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