第8話
「ちょっと、なんでさ!!」
立ち去ろうとする俺の袖を引っ張り、キリさんは涙目で訴えてくる。
「いや、ふっつうに厳しいでしょ! 無理があるって!」
「いやいや! これでも四年間地道に特訓してきたんだ!! 頼むよ君しか頼める人がいないんだよ頼むよカナタさん!」
この人、とうとうさん付けしてきやがった!
「自分で言ったんですよ炎魔法効かないって! 別の魔法覚えてからにしてくださいよ!! 離せええええ!」
「ぬおおおおおお!」
くそっ! 小柄な癖に、意外と力あるなこの人!
「離してくださいよ! 俺は、魔王を倒すために、こんなところで死にたくないんですよ!」
「なっ、少年も魔王を倒そうとしているのか?」
俺の言葉に反応したキリさんが、急に力を抜いたせいで、勢いよく床に激突してしまった。
「ああ、すまん!」
「いてて、いいですよ。キリさんも魔王討伐を目指しているんですか?」
「ああそうだ。私は、炎魔法一つで魔王を倒し、「炎極の支配者キリ」の異名を、全世界に轟かすのが夢なんだ!」
そう言ってキリさんは、背負っていた杖を上へ突きあげた。
「それ、自分で考えました?」
「ああ、考えるのに二日かかったぞ」
「はぁ……てか、なんで炎魔法一筋なんですか……?」
「それはな、「火炎の英雄」の異名を持つトップ冒険者、アグニさんのような、炎の使い手になるためだよ!」
キリさんは、今までで一番高いテンションになっている。
「彼は、炎魔法しか使えないにも関わらず、パーティーの仲間と協力し、以前、いくつもの町に被害を与え、猛威を振るっていた古龍を封印したのだよ! 一つのものを極めた末、数多の冒険者の中でもトップクラスに上り詰めて、そんな偉業まで成してしまうなんて、そんなの、かっこよすぎる!」
キリさんのキラキラする目を見て、思わずドキっとしてしまった。
決して、ときめいたわけではない。ただ、この人に、近しいものを感じたのだ。なぜ自分が、冒険者を目指したのか。自分が、何を目指しているのか。
この人は、俺にどこか似ている。
「……そんなすごい人目指すなら、確かにドラゴンムカデくらい倒せないとですね」
「え?」
「俺だって、よく考えたら、魔王を倒すならそいつくらい倒せないと、ダメだよな。逃げてる場合じゃねえよ」
「少年、もしかして……」
「いいでしょう。ムカデ退治、付き合ってあげますよ!」
「ホントか!? やったあああああ!!」
「わっ、ちょ、ちょっと! 抱き着かないで!」
女性に抱きしめられ、思わず顔が熱くなってしまう。
「少年、心配はするな! こう見えて私は先輩冒険者だ! 大船に乗った気持ちでいたまえ!」
「はいはい、分かりましたよ」
「あと、また敬語になってるぞ、少年! なはは!」
キリさんは、楽しそうに笑った。
〇
「でも、不利なことには変わりないよね? キリさんはもちろん、俺は木刀しかないし」
「少年は逃げてるだけでいいんだぞ?」
「俺は、キリさんのこと信じてはいるけど、信頼してはいないから」
もしもキリさんの魔法がドラゴンムカデに及ばなかったら、二人揃ってお陀仏だ。逃げればいいんだけど、強敵との戦いなら、備えあって憂いなしだ。
「だから、付き合う代わりに条件を付ける。そこの武器屋で、一番安い剣でいいから、俺に買ってください。でないと、俺はキリさんに付き合えない」
「ああ、全然いいぞ」
即答だった。
キリさんは、こともなげに、そんなこと? といいたげな表情をしている。
「え、いや、最安値でも5万エーンだよ? そんな軽い感じでいいの?」
「全然大丈夫だ。どうせドラゴンムカデの討伐で30万エーン入るしな」
キリさんは、もうドラゴンムカデを倒した気でいるらしい。どこからそんな自信が湧いてくるんだろうか。
〇
武器屋で買い物をしたのち、俺たちは町の入り口へと来ていた。もうすぐで日が暮れるころだ、急いでクエストをこなさないと。
「報酬は、もちろん折半ね?」
「当たり前だ。あ、さっきの5万は少年の分から引いておくからね」
「そ、それはおかしいでしょ!」
そんなことを言いながら、俺たちは町の外、ドラゴンムカデの討伐へと、足を踏み出した。
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