第7話

 少女はキリと名乗った。クエストの危険度が高く、一緒に行ってくれる人がおらず困っていたらしい。とりあえず話だけでもと、俺は彼女に連れられ酒場のテーブルについた。


「よし少年、お礼としてここはひとつ、先輩の私が一品奢ってやろう。少年の名前は?」


「カナタ。奢りは流石に遠慮しとくよ」


 まさか、年下に奢ってもらうわけにはいかない。


「おいおい、別に遠慮なんてしなくてもいいんだぞ? にしても、話を聞いてくれたのは少年が初めてだよ。君はいいやつだな」


 半ば強引だったけどな、と思いつつ、俺は「あ、ありがとう」と微妙な返事をしておく。


「前衛に出てひたすら逃げているだけでいいと言っているのに、ちょっと話を聞いたらすぐ逃げ出して、誰もまともに取り合ってくれないんだ。まったく、この町の冒険者は金玉の小さい奴ばかりで困る」


「いや金玉って……どこで習ってきたか知らないけど、そういう下品な言葉は使っちゃダメだよ」


「さっきから少年は私を子ども扱いしていないか? こう見えて私は20歳。君よりも年上だぞ」


「え!? その見た目で!?」


「おいおい、少年は田舎の出か? デリカシーというものを習ってこなかったようだね」


 どう見ても12歳とか、そこら辺にしか見えない。でもよく考えたら、俺は16歳の誕生日である今日冒険者デビューしたのだから、先輩冒険者が年下なわけがないのか。

 いや、にしても20歳には見えない。凄んでこちらを睨んできているが、ハッキリ言ってちっとも怖くない。


「ああいえ! 口を滑らしましたすみません! てか、そうとは知らず舐めた口調で話しちゃって、ごめんなさい!」


「まあ、子ども扱いされるのは慣れている。そんなに怒ってはいないさ。後、敬語は使わなくていいぞ。戦闘中のコミュニケーションで、敬語は邪魔になるだけだ。ドラゴンムカデは、油断できる相手というわけでもないからな」


「そ、それなら、まぁ……。あ、でも、呼び方はキリさんでいいかな。呼び捨ては気が引けるから」


「うむ、そのくらいならいいぞ。私もいい気分になれるしな」


 そういって胸を張るキリさん。さん付けでよろこぶあたりも、子供にしか見えない。

 というか、いつの間にか俺がクエストに着いていく流れになっているみたいだな。まぁ、概要によっては30万エーンが一発で手に入るぼろ儲けクエストだ。この機会を逃すわけにはいかない。


「じゃあキリさん。さっそく、クエストの内容を教えてくれ」


「いいだろう。まず少年には、ドラゴンムカデ討伐の、前衛をしてもらいたい。ドラゴンムカデがどんなモンスターかは知っているな?」


「ごめん、知らない」


「じゃあ、まずはドラゴンムカデの説明を簡潔にしてやろう。ドラゴンムカデは、端的に言えば、よろいムカデの上位種、だな。装甲もより硬くなり、図体も数倍の大きさになっている」


 ふむ、よろいムカデはこの木刀で切れたが、話を聞く限りドラゴンムカデには効かなそうだな。やってみないと分からないが。


「さらにこのモンスターの特徴といえる部分が、火を吐くというところだろう。よろいムカデは炎魔法が有効だったが、こいつは火を吐くため、炎が効きづらい体になっている。正直、こいつの討伐は100万エーンくらいの報酬があってもいいところなんだ。この討伐クエスト自体が、このギルドから出されているものなんだが、この町はどこまでもぼったくりが好きらしい」


 何度かそのぼったくりに引っかかったのだろう、キリさんは報酬の話で、露骨に顔をしかめ声のトーンを落としていた。「ご愁傷様です」と労いの言葉をかけておこう。


「だが、基本はよろいムカデと弱点は同じで、魔法が有効打になる。炎を吐くから被弾リスクはあまり変わらないように思えるが、動きもよろいムカデより遅くなっているんだ。そこで私は、前衛を欲していたわけだね」


「なるほど。つまり、俺が囮になってドラゴンムカデの攻撃を避けつつ、その間にキリさんが、魔法で攻撃をするってことか!」


「その通りだ。飲み込みが早くて助かる。話しているだけなら簡単に聞こえるが、腐ってもよろいムカデの上位種だから、そんなに簡単にはいけないとは思うけれどね」


「なるほど。でも、キリさんは炎魔法を使うんだと勝手に思ってたよ」


 赤髪だから炎という、安易な連想だが、炎魔法が効かないドラゴンムカデに、それは使わないだろうしな。


「いや、私の得意魔法は炎だぞ?」


「あ、そうなの? でも、ドラゴンムカデは炎が効かないんだし、他の魔法を使うしかないよね」


「いや、私は炎魔法しか使えないぞ」


 ……え? 今何て言った?


「あ、炎が効きづらいからって心配しているんだろう。安心してくれ、効きづらいだけで、私の炎魔法の火力なら、そんな装甲くらい余裕で無効化できるからな!」


 ……なるほど、なんでキリさんの誘いを他の冒険者が断ったのか、よく分かった。

 目の前の子どもにしか見えないお姉さんは、他の冒険者にも同じことを言ったのだろう。だが、火力で押し切れるという彼女の言葉は、この見た目ではどう考えても信頼できない。初対面であればなおさらだ。


「えーと……キリさん。俺、クエスト辞退してもいいですか?」


 それなら必然的に、こうなるわな。

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