第5話

 買ってしまった……。五本、1万エーン……。

 くそっ、我慢するつもりだったのに。肉が食ってくれ食ってくれとうるさいのがいけないんだ。こんなに肉汁を垂らしやがって。


 ごくりと喉を鳴らし、肉を頬張る。


 うん、美味い。後悔はない。1万エーンは必要な出費だったってことで。


「おーい、そこの兄ちゃん」


 俺が串焼きの一本目を食べ終えた所で、近くの果物屋の店主が声をかけてきた。嫌な予感がする。


「な、なんですか?」


「その串焼き、油っぽいだろ? 食い終わった後のデザートとか、欲しくないか?」


 そういうと、彼は切り終わった果物を出してきた。なんだろう、見たことのない果物だ。白っぽい果肉に、赤い皮が付いている。


「これはリゴンって果物だ。試食させてやるから、試しに一切れ食ってみな」


 半信半疑だが、しぶしぶ一切れを手に取り、口に運ぶ。


「な、なんだこれ、うまっ!!」


 食べた瞬間、爽やかな甘みが口の中全体に広がった。まったくしつこくなく、肉を食った後の脂っぽくなった口内に、ほのかな幸福感が充満していく。


「へへっ、美味いだろ? どうだ、買っていかないか? 一個2000エーンだぞ?」


「2000エーンかぁ……」


 このさっぱり感、一個と言わず十個でもぺろりとイケてしまいそうだが、一個2000エーンは流石になぁ……。


「だが、今日は俺の機嫌がいい。なんと一個につき、半額の1000エーンで売ってやる!」


「十個ください!」


     〇


 最悪だ……。

 ギルドに着きはしたのだが、ここに来るまでに何軒かの店で食べ物を買わされてしまい、登録料を除いて、残金がまさかの5000エーンになってしまった。

 食後のデザートとしてかじっていた最後のリゴンを飲み込み、前方に建つ建物を見る。


「これが、冒険者ギルドか……」


 俺の元居た町で一番大きい建物より、何倍も大きい建物で、入り口の横に立っている旗には、冒険者ギルドのエンブレムが付いている。

 いかにも冒険者といった感じの装備を身に着けた人々が出入りし、周りもにいる人も冒険者と思しき人ばかりだ。


 一度深呼吸をして、ギルドの入り口をくぐる。別世界に足を踏み入れたような気分だ。


 ギルドの中は、酒場と受付が併設されたような形になっていた。

 入り口近くにいた冒険者集団の一人と一瞬目があい、ドキッとしてしまう。経験の差だろうか、本物のハンターの目は、今まで出会ったどの人間よりも鋭く見えた。


 まずは目的を果たそうと、受付のお姉さんに「すみません」と声をかける。


「はい、どうなさいましたか?」


「冒険者登録をしにきました」


「新規登録ですね。では、こちらの用紙に個人情報を入力してください。お先に、登録料をお預かりします」


 にこやかに対応してくれるお姉さんのおかげで、緊張が大分ほぐれた。というか、用紙に個人情報を記入するという、思ったよりも固い形式の登録方法に気を抜かれたというのもある。


 記入を終え、お姉さんに用紙を手渡し、しばらくすると、


「はい、こちらが冒険者ライセンスです! えーと、カナタさん、ですね。ライセンスの再発行はできないので、お気を付けください」


「あ、ありがとうございます!」


 受け取ったライセンスを見る。ライセンスに刻まれた自分の名前を見て、気持ちが高まる。


「あと、こちらがティアラ近辺のガイドブックです! 近くのモンスターの生態や地形、ティアラの観光名所、駆け出し冒険者向けのアドバイスなどが書かれています!」


 観光名所いるか? と思ったが、便利なもので間違いないため、ありがたく受け取っておく。


「あれ、カナタさん、武器はその木刀だけですか?」


「ああ、一応ナイフは持っていますが、木刀をメインに使ってますね」


「であれば、まずは外の武器屋に行くことを勧めます。この近くのモンスターは木刀じゃ倒せないものばかりなので。特に「よろいムカデ」というモンスターは、通常の剣でも切れないくらいの装甲を持っているんですよ。魔法が使えない冒険者さんは逃げるのが無難なくらいです」


 確かに、この木刀ももうすぐ壊れてしまうだろうし、武器屋にいくのはありかもれないな。


「分かりました、ありがとうございます」


 と、ここでふと、とあることを思い出した。


「あれ、そのよろいムカデって、金属質の装甲を持ったデカいムカデ、ですか?」


「ええそうです。もしかして、遭遇しちゃいました?」


「はい」


「災難でしたねぇ。逃げるの相当大変だったでしょう」


「いえ、倒しました」


「倒した!? どうやってです!?」


「いや、この木刀で、ズバッと」


「その木刀で!!??」


 お姉さんがとてつもない大声を上げて驚いている。


「ちょ、ちょっと、どうしたんですか」


「いや、よろいムカデは、つい最近まで一般人だった人がその木刀で倒せるようなモンスターじゃないですよ! 剣で倒すとしたら、経験を積んだ冒険者がエンチャントされた剣を使ってやっとなくらいです!! というか、カナタさんはジャワの出身ですよね?」


「はい、そうです」


 ジャワは俺の故郷のことだ。にしても、よろいムカデがそんなに強いモンスターなのか? まったく手ごたえが無かったが。


「結構遠いところですよね? 他にも何体かモンスターに遭遇したんじゃないんですか?」


「いや、走って四時間かからないくらいで着いたので、よろいムカデにしか襲われませんでしたよ。見かけはしましたけど」


「た、たった四時間でここまで着いたんですか!?」


 な、なんでこんなに驚いているんだ。


「え、こわっ。ドッキリかなにかですか?」


「いや、違いますけど……」


「……カナタさん? 大人をからかっちゃダメですよ? さ、こんなところで油を売ってないで、武器屋に向かってください。新人冒険者は足で稼ぐんですよ」


「は、はぁ……」


 嘘じゃないんだけどなぁと思いつつも、俺はおとなしく武器屋へと向かうことにした。

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