第3話

「……ティファは、私の実の娘で、あなたの、本当のお母さんよ」


 母さんは、静かにティファについて語りだした。


「あの子は優秀な冒険者だったわ。当時の女性冒険者の中では、トップクラスの実力者だって、こんな田舎にまで名前が届くくらいにね。たまに家に帰ってきて、冒険の話をしたり、将来の夢の話をしてたわ。「いつか、この手で魔王を倒すのが夢なの! 英雄べリアのように!」って」


 息を呑んだ。俺はティファと同じ夢を……。母さんは、俺の話をどんな気持ちで聞いていたのだろうか。


「私も、あの子の活躍を聞くのが好きで、嬉しかったわ……あの日が来るまでは」


 母さんは、拳を握り締めた。


「ある日、ギルドから便りが届いたの。魔王軍に、ティファが攫われた、って。話によると、何人もの女性冒険者が魔王軍に攫われていて、ティファもその中の一人だったらしいわ。それから一年は、どうしようもないくらいの不安に包まれていたわ。でも、あの子ならきっと元気に帰って来てくれるはず、って信じてもいたの。でも……」


「彼女は、テレポートで帰ってきた。瀕死の傷を負って」


 母さんは、なぜ知っているんだ、と驚いたような表情を浮かべたが、すぐに「ええ、そうよ」と話を続けた。


「死んでしまったあの子の願いを叶えるために、あなたのことを幸せにしようって思って育ててきたわ。あなたも、本当に元気に育ってくれた。毎日楽しそうにしてるあなたを見て、ティファを失ってから感じられなくなってた幸せを、感じられるようになっていったわ」


「……俺が、冒険者になりたいって聞いて、どんな気持ちだったの」


 聞いてはならないことのように思えた。だが、母さんは、聞かないとそれを話してくれないと思った。ここまで、仕舞いこんできたように。


「どんな気持ちって……血は争えないなぁって、微笑ましく思っていたわ。楽しそうに特訓するのもあの子そっくりで、それで……」


 小さく、「冒険者になんて、なって欲しくないって、思うようになったわ」と呟いた。


「あなたを失うのが怖かった。でも、幸せそうなあなたに、何も言えなかった。その気持ちは、今でも変わってない」


 涙を浮かべる母さんに、胸が締め付けられる。だが、


「……ごめん。それでも俺は、冒険者になりたい」


「うん、そう言うと思ったわ」


 意外にも、母さんは俺の言葉を否定しなかった。


「いいの?」


「ええ。あなたの夢を否定するのは、あの子との約束を破ることになっちゃうもの」


「……ありがとう」


 ティファのことを想う。同じく英雄を志した冒険者にして、今に俺の命を繋いでくれた人で、俺の幸せを誰よりも願ってくれた母親ひと


「俺、ティファを越えてみせるよ」


 母さんは、またも驚いた表情を浮かべた。


「今は、あの人には敵わない。でも、いつかあの人のような強い人間になって、そして、あの人が出来なかった魔王討伐を果たしてみせる。そして、英雄に、あの人も目指した英雄になってみせる」


 魔王。人を人とも思わず、道具のように扱う、魔王。奴を、許しておくわけにはいかない。ティファの無念を晴らすためにも。


「うん。頑張ってね、カナタ」


 母さんは、笑顔でそう言ってくれた。


「さーて、じゃあ、夜ご飯にしましょうか! 今日のご飯は、あなたの大好きなハンバーグよ!」


「え、マジ!? やった!」


 いつも通り振る舞ってくれる後ろ姿が、いつもよりも大きく見えた。やはり母は偉大だ。


「……母さん」


「ん? なあに?」


「……本当に、ありがとう」


「……何よそれ。さ、早く食べちゃうわよ」


 母さんは、いつもの調子で、そう言った。


     〇


 翌朝、俺は母さんに見送られ、旅立とうとしていた。


「分かってると思うけど、まずは最寄りの冒険者ギルドのある町、「ティアラ」に向かうのよ? 困ったことがあったらすぐに帰ってきてね? できる限りのサポートはするから」


「分かってるって、心配性だなぁ。じゃ、行ってくるよ」


「うん、行ってらっしゃい」


 母さんは、いつもと同じ調子で明るく俺を見送ってくれている。


「……母さん」


「ん?」


「俺にとって母親は、今までもこれからも母さんだから。母さん、今まで育ててくれてありがとう」


「もう、何よ急に湿っぽいこと言っちゃって」


「……行ってきます」


 町の外に向かい、しばらく歩いていくと、後ろから、「カナタ!」と声が聞こえた。振り向くと、母さんが涙を流していた。


「カナタ! 絶対に死なないでね! 絶対よ!」


「ああ、分かってる!」


 俺は、グッと拳を握り締めた。もう、俺の夢は俺だけの夢ではない。母さんの、そして、ティファの夢でもあるのだ。気持ちを新たに、俺は冒険へと足を踏み出した。

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