第2話
これは恐らく、俺の幼い時の記憶だ。根拠ではなく、確信がある。
「貴様にとってその赤子がどうであろうと、我にはその赤子に一切の価値を見出せない。混血はそれだけで強力な力を持つ。だが、その赤子は魔族の血が薄すぎる。バランスが悪く、一般の兵士としても使えない、ゴミだ」
「なっ……そ、それが、自分の子供に対する言葉ですか!?」
ティファは、噛みつくように叫んだ。
「ふん、お前以外にも数えきれない母体と子供がいる。お前もその赤子も、我にとってはなんの思い入れもないその一つに過ぎない」
「く、クズめっ」
「くくく……1年経っても目に光が宿っているとは、やはりお前はそのゴミの親として使い捨てるにはもったいないな」
「この子はゴミなんかじゃ、ないっ!」
ティファの叫びが、広い室内に響き渡る。
「……本来、母親としての役目を終えた女は殺すのだが、お前はおもしろい。……提案だ。魔族は、人も食料にする。人の赤子は特に美味だ。お前がその赤子を我々に提供するなら、お前の命だけは助けてやる」
大男は、そんな人道を外れたことを、こともなげに提案してくる。魔族、ということは、この大男は人間ではないようだ。
「自分の子供を、部下の食料にする、と」
「ああそうだ。我の息子だ、どう扱おうと我の勝手だろう」
「……不本意だけど、本当に不本意だけど、この子は確かにあんたの息子よ。でも」
ティファの、俺を抱きしめる腕に力がこもる。
「その前に、私の息子なの。あなたの好きにはさせない」
そういうとティファは突然駆けだして大男から距離を取ったかと思うと、目を瞑り、俺を抱きながら両方の手のひらを合わせた。すると、俺たちの周りが光に包まれた。
「ぬぅっ、【
「いつでも脱出できるように、最初っからよ!」
「天晴だ。だが、生かして逃がすわけにはいかん」
だが、そうはさせまいと大男が剣を振りかぶり迫ってくる。距離を取ったものの、大男の機動力は不意を突かれた者のそれではなく、簡単に間合いに入られてしまう。
「ガキもろとも死ねぃ!」
そして、俺とティファを真っ二つにすべく、振り下ろされた刃は。
ティファの背中を凄惨に切り裂いた。
ティファが、俺を守るべく、かばうように刃を受けたのだ。
「……この子は、死なせないわ」
そして、大男がもう一度剣を振りかぶったところで、俺たちの体は完全に光に包まれた。
〇
次に目を開くと、そこは、見慣れた町の風景だった。
しかし、相変わらず俺はティファに抱きしめられていた。まだ夢から覚めてはいないようだ。
「てぃ、ティファ!? あんた、その傷、どうしたの!?」
すると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。見ると、そこには、俺の母さんその人がいた。
「お、お母さん。私、今、魔王から逃げてきたの。子供を守るために……」
「あ、あんた! とりあえず喋らないで! 今医者のところに連れて行くからね!」
「無理だよ、お母さん。どんなことしても、もう助からないから」
ティファは、絞り出すように言葉を紡ぐ。母さんは、現実を受け止められず、とめどなく涙を流していた。
「この子、魔王と、私の子供なの。死ぬほど憎い奴の子どもなの。でも、それでも、可愛くてね。幸せになって欲しいって、そう思ったの」
ティファはゲホゲホと吐血した。母さんが「も、もう喋らないで!」と涙ながらに訴えてきたが、ティファは首を横に振る。
「この子、生まれて1か月で、名前はカナタっていうの。あんまり泣かない強い子でね、よく笑ってくれて、その笑顔が、ビックリするくらい可愛いの。……お母さん、私からの、最後のお願い。私の代わりに、この子を育てて欲しい。そして、この子を幸せにして欲しい」
ティファの目は母さんの目を見つめて、そういった。母さんは、涙を流しながら、無言でうなずいた。
「……ありがと」
それを見てティファは、安心したように笑顔を浮かべた。
「……カナタ。ごめんね、育てられなくて。私がこの一年間耐えてこれたのは、あなたのお陰なのにね……。あなたに何もあげられないまま死んじゃうのが、本当に悔しい」
ティファはごろんと仰向けになり、俺を抱きしめた。
「私は、幸せになれなかったから、あなたには、私の分まで幸せになって欲しい。……カナタ、愛してるわ」
ふっ、と、俺を抱きしめる腕から、力が抜けるのを、感じた。
〇
次に目を覚ますと、そこは、見慣れた天井だった。
どうやら、自分の部屋で横になっていたようだ。横から、母さんが不安そうな目で俺を覗き込んでいる。
「良かった、目、覚めたのね。なかなか帰ってこないから心配したのよ? 心配で森に行ったら、ぐっすり寝ちゃってるんだもの、ビックリしちゃった」
「……ティファ」
俺のつぶやきに、母さんはビクッと体を震わせた。
「なんで、その名前を……」
「母さん、教えてくれ。俺のことと、ティファ――俺の、母さんのことを」
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