半魔の英雄 ~捨てられた魔王の息子、英雄を目指す~

人参

第1話

「カナタ―! 起きなさーい!」


 母さんの声に目を覚ます。外を見ると、すっかり日が昇ってしまっているようだった。いつもは日が昇る前に起きて特訓をしているので、完全に寝過ごしてしまったようだ。


 目をこすりながら居間に出ていくと、朝ごはんのパンがテーブルに置かれていた。母さんは洗濯物を畳んでいる。


「おはようカナタ。今日はずいぶん起きるのが遅かったわね?」


「そうみたい。昨日夜遅くまで特訓してたからかな」


 疲労からか思わず、ふわぁと大きく欠伸をしてしまった。


「もう明日だものね、あなたが冒険者になるの」


 母さんはため息をつきながら、「時が経つのは早いわねぇ」と感慨に浸っている。


「我が子ながら、明日で16歳になる実感なんて、まるでないもの。あっという間の16年だったわ」


「ははっ、俺もそうだよ。冒険者になるって決めてから三年も経ったなんて、本当に信じられないや」


 自分で言って改めて、明日から自分が冒険の旅に出るのだという実感が湧いてきた。特訓で手マメの付いた手をグッと握り締める。


「私はまだ心配なんだからね? 三年前とそれは変わってないからね?」


「大丈夫だよ母さん。この三年で俺、結構強くなったから」


「強い弱いじゃなくて、カナタが町の外でやっていけるのかが心配なの。こんな田舎でずっと生活してきたのよ? 他所様にどんな迷惑をかけるか、今から心配で心配で……」


「本当、母さんは心配性だなぁ。今まで俺が母さんに迷惑かけたことなんてないだろ?」


「いくらでもあるわよ。一つ一つ上げてあげましょうか?」


 母さんは怒る直前の表情になっている。こういう時は、逃げるが吉だ。


「け、結構でーす……。お、俺、明日のために特訓してくるからー!」


 玄関に置いてある木刀を拾い上げ、さっさと家から抜け出す。


「あ、逃げたわねー!? いつもの森に行くんでしょ? 夕飯までには帰ってきなさいよー!」


 母さんは、「やれやれ、困った子ね」とでも言いたげな表情で、俺のことを見送ってくれた。


     〇


 冒険者は、約200年もの歴史がある、文字通り冒険をして生計を立てる職業だ。

 冒険者志望の人間は、まずはギルドに向かって、冒険者ライセンスを取得しなければならない。しかし、その後の活動は個人によって自由にすることが出来る。


 団体を作るもよし、クエストをこなすのもよし。ある者は気ままに狩りをして、ある者は薬草採集に精を出し、ある者は世界の果てを目指して冒険をし、ある者は長年にわたって人間を苦しめてきた「魔王」の討伐を目指し……と、その活動は多岐にわたる。

 そして、その活動を通して得た成果に応じて、ギルド側から報酬が支払われる、というわけだ。


 俺が冒険者になろうと思ったのは、冒険者ギルドの創始者にして、歴代最強の冒険者「英雄べリア」の話を聞いたからだ。

 べリアは、圧倒的な力とカリスマ性で冒険者ギルドを組織として形作り、一人で、暴虐の限りを尽くしていた当時の魔王を討伐したといわれている。


 そんなん、かっこよすぎるだろ!


 今でも、かなり鳴りを潜めたようではあるが、魔族からの被害は出続けているようで、先述した通り魔王討伐を志す冒険者も少なくないのだ。


 俺も、べリアのような英雄になりたい!


 ということで俺は、3年前に思い至った無邪気な夢を叶えるべく、冒険者を志したのだ。


     〇


「……ふう」


 一通り特訓を終え、一息つく。

 周りを見渡すと、今まで特訓で倒してきた木々の切り株が、いくつも目に入った。手に持っている木刀は、かなりボロボロになっている。手入れをして騙し騙し使ってきたが、そろそろ限界だろう。


「……いよいよ、かぁ」


 森のそばを流れている川で顔を洗う。冷たい水が心地いい。


 ふと、水面に写る自分の顔が目に入る。3年前より少し大人びた顔立ち。ああ、俺、本当に成長してんだな。


 ――ズキン。


 と、急に激しい頭痛が襲ってきた。


 ズキン、ズキン、ズキン。


 頭が割れてしまいそうな痛みが続く。どんどんと痛みが増していき、もがくことしかできないほどだ。


 ――急に、なんだよこれ。

 いてぇ、なんも考えられねぇ。なんだこれ、ワンチャン死ぬんじゃないか、これ……。


 激しい痛みに包まれ、俺は意識を手放した。


     〇


 目を開けると、そこには、見たことのない景色が広がっていた。

 物々しい内装の室内。禍々しいオーラを纏う鎧を着た大男が、剣を構え俺を見下ろしている。いや、正確には俺をではなく、俺を抱きかかえている女性を、だ。


 そう、俺は今、知らない女性に抱きかかえられている。体の自由も効かない。一体、どうなっているんだ。すると、


「おい、ティファ。その赤子から離れろ」


 と、大男が言った。言葉の一つ一つに、鳥肌が立つほどの迫力がある。


「嫌です。この子は……カナタは、私のかけがえのない、息子なんです」


 ティファと呼ばれた女性は、そんな大男の目をしっかりと見据え、そう言い放った。


 そこで、ようやく気が付いた。俺が今、赤ん坊になって、このティファという女性に抱きかかえられているのだということを。そして、今見ているこの景色が、現実のものではないということを。

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