第2話 転生の事実、衝撃の事実

「!?」

意識が覚醒する。

小鳥の優しいさえずりによって、ゆっくりと目覚めさせられた。真っ白なシーツが敷かれているベッドに寝ており、見覚えのない部屋を見渡す限り、なるほど、この程よい疲労感も相まって転生の成功を実感させられた。そのとき、

「おや、目が覚めたようだね。」

そんな声が聞こえた。まだハッキリしてない頭をきりきり……と動かすと、私の転生の手続きをした天使(フォボスだっけ?)がこちらを向いて微笑んでいた。ん?なぜここに?

「決まってるじゃない。あなただけでどうやって生活するのよ。アフターケアってのは、転生した後のケアも含めてるのよ。まあ、詳しい話は朝ご飯を食べながらにしましょう。さ、さっ、早く顔を洗って、着替えてきなさい。」

アフターケアの範囲広いな……。まあ、口調が真逆と言っていいほど砕けているのは無視するとして、食卓につけばいろいろ教えてくれるのだろう。ここは彼女の指示に従って朝の支度をする。ちなみに、服はあまり見たことのない丈夫そうなパンツと、ふんわりしたセーターだった。正直、セーターのチクチク感はあまり好きではないが、ここは甘んじて着替えた。

「さ、さっ、覚めないうちに食べちゃって。」

そういって差し出されたのは、温かそうな野菜のスープと、こんがり焼き目がついたトーストに、大きなハムとチーズ、卵が乗せられた、美味しそうな朝食だった。

「食べていいんですか?」

「もちろん!目を覚ますためにも、話す前に腹ごしらえしておきましょ!」

では、遠慮なく。

「頂きます」

まずはスープをいただく。カップを口に近づけると、ふわっとしたコンソメの香りが鼻腔をくすぐる。そのままカップを傾け、すいと口の中に含む。しっかりとしたコンソメの味が溶けだしており、それでいて華やかな野菜の匂いは消されていない、実に美味しいスープだった。そのままの勢いで、フォークを使い、野菜やベーコンを口に運ぶ。なるほど、ベーコンは茹でられているものと焼かれているのものに分かれており、スープに旨味が溶け込むと同時に、肉本来の味も楽しめる。とても満足だった。さて、スープで口を湿らせたところで、次はこんがり焼かれたトーストを手に取る。そしてそのままひとおもいにかぶりつく!美味しい!ほどよく柔らかな、塩味の効いたハムと、少し溶けているが、全くしつこくない、それでいてまろやかなチーズのコントラストが、なんとも形容し難い美味しさをかもし出している!その土台となるパンは、シンプルに焼かれているだけだが、そのおかげで小麦本来の風味が楽しめる!これはうまい!そばに置かれてあった冷えた麦茶と、スープ、そしてトーストを夢中になって飲み食いしているうちに、彼女がこちらをにやにやしながら見つめているのに気がついた。

「なに見てるんですか?食事中に注視されると落ち着かないんですが……。」

「ああ、ごめんごめん。私、前世では他人に料理なんて振る舞ったことなかったからさ。美味しそうに食べてくれるのが嬉しくって。じゃあ、そんなに見ないから、気にせずに食べていいよ!」

ええ⁉︎こんなに料理の腕があるのに(素材がいいだけかもしれないが)他人に振る舞ったことないのか⁉︎もったいない!

「では、もう少しで食べ終わりますので、ちょっとまってくださいね。」

その発言からたいして時間がたたないうちに食べ終わった。いや、あんなの半端じゃないほど美味しいぞ?冗談抜きで店構えた方がいいんじゃないか?

「あら、ありがとう。そんなに美味しかったのね。気合を入れて作った甲斐があったわぁ。」

そう言いながら彼女は食器を下げてくれる。流石にそれは自分でやろうと思ったが、「いいのよいいのよ。そこで待っててね。」

と言われた。だが、どうしてもあの美味しさと自分の労働が釣り合っていない罪悪感に囚われて、いてもたってもいられなくなったから、結局お皿洗いは手伝うことにした。

「いや、ほんとにとても美味しかったです。ありがとうございます、あんな美味しいものを食べさせていただいて。」

「いいよいいよ、気にしないで。さすがにこれから毎朝あんなクオリティーで用意するのは無理だよ?もうちょっとグレードは落ちるから、あんまり期待しないで?」

彼女はおどけた口調で言う。やっぱりさっきのはどう考えても普通の、毎日作れるような朝食じゃないよな。品数は少ないが、多分作るための労力が違うのだろう。それとも愛か?食材の質か?まあともかく、そんな事を考えているうちに、調理器具と食器の洗い物は完了した。では、いよいよ細部を詰めていく時間だ。

「じゃあ、座って。」


「ええと、では、改めて……。」


「こんにちは、双葉ふたば 日付ひつきさん。あなたの名前は、前の名前からこの名前に変わりました。そして私はあなたの母、双葉 日遠ひえんです。転生したことにより、ここの社会の環境に少しでも適応するために、こういった形になりました。父親はいますが、こちらは、まあ気にしなくていいです。海外に単身赴任している設定ですので。そして、この世界の話ですが、もともと私たちがいた世界とは似て非なるものなの。言うなればパラレルワールドのような扱い、だね。いろいろ注意深く観察すれば、様々な発見があるはずだよ。」

「パッ……パラレルワールドっ、ですか?異世界とかじゃあなく、なんかちょっと変わっただけ?」

「ええ。でも、具体的にはいろいろ変わってるところがあるよ。例えば警察の制度。もとの世界では警察なんて表面の、上辺だけの組織だったでしょ?なんせ必要ないほど平和だったから。でも、ここの警察はとても有能なんだよ。つまり必然的に、環境や治安もいいことの裏付けになる。」

「警察が有能なんですか……。私達の警察なんて数少ない犯罪者の賄賂や裏の手回しにまみれて、あるだけ無駄みたいな組織でしたもんね……。」

「そのほかにも、例えば学校の制度。私達はレイトミラー(注:この世界でいう遠距離通信用の器具)で授業を受けてたじゃん?それに、小学生から不必要だと感じたものは切り捨てオッケーで、その分自分んの得意な強化に割り振るって感じだったけど、ここでは全ての教科が強制されてるの。つまり、個性を矯正してるのね。」

なんだそれは……?つまり、自由が許されていないわけなのか……?想像がつかないな……。

「まあともかく、ここはそういった世界なのよ。受け入れることね。」

ふぅん……。

「それから、これから私はあなたのことを『ひーちゃん』と呼ぶからね。そこは心得ておいて。あなたも私を『お母さん』だったり『ママ』だったり、好きな呼び方で呼んでいいからね。」

!?

「はいいいぃ⁉︎なんで私がお母さんなんて呼ばないといけないんですか⁉︎」

「だーかーらー、ここでは親子っていう設定を守らなきゃいけないんだって。どうせあんたもアレでしょ?親の顔なんてもう今となっては覚えてないでしょ?」

「そんなわけッ……」

…………。あった。思い出せない。いや、親の顔だけじゃあなく、友達の顔まで忘れていた。なんだと?こんなことがあっていいのか?思い出は風化する……とはいええ……だ。

「そんなの、当然よ。」

彼女は言う。


「だって、転生なんて言い方だけど、実際はあなたの中の時間をでたらめに動かして、どこだかわからない時間……どこだかわからない世界線に飛んだように錯覚してるだけなのよ?なんなら、ここは、あなたの頭の中かもしれないし、誰かが想像し、創造した空虚な世界かもしれない。簡単なことを、人は見落とすものなのよ。」

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