第4話

「ねえ、みんなで外で遊ばない? ゲームだけじゃ物足りなくなっちゃったよ」

 外で遊ぼうと、声をかけられた。

 今度は一転して運動タイムである。


「お、おお」

「いいよ」


 ぞろぞろ庭のテニスコートに出て行った。

(まだ何かやるのか)

 だだっぴろい庭は凄い。

 池の鯉を眺めていた。

 飼い慣らされている鯉はこっちが縁に立つとぱくぱくやってくる。

 外にでて待っていると悠里が、着替えてやってきた。

 ばっちりテニスウェアだ。

 着ているのは動きやすい肩紐のシャツ。

 テニス用のミニスカート。

 そして髪の毛はポニーテール。ピンクに白いラインが入ったシュシュで纏めている。


「おおお」


 またまたどよめきが起こった。


「どう? 似合うかなあ」

「似合う、似合うよ」


 ふふと笑っていた。自分の格好に手応えを感じている。


「じゃあ、みんな、準備はいい?」


 ラケットもボールも用意されている。

 早速、皆でトーナメント表まで作ってある……。


「ただやるだけじゃつまらないから」


 俄然張り切り出すテニス部員の原田。

 しかも俺の対戦相手だ。


 あるいは凄いところをみせようと、スマッシュを叩き込んで来やがった。


「ぐえっ」


 目にも留まらぬ早さでボールが瞬時に通り過ぎていく。

 無様に立ちすくむ俺。


「おい、動けよ、香取」


「すごい、原田君」

「ありがとう、悠里ちゃん」


 はい、俺の負け。一回戦で負けたからもう終わり。


 ところで悠里ーー。

 自宅にテニスコートあるのに、あんなにばっちりテニスウェア用意してたのに、わりとさっぱりだ。

 俺も勝てそう。

 ぽーんと打ってなんとかネットにひっかからない程度にサーブをラケットでうつ。


「凄い、上手い!」


 相手も手加減して勝たせてやる。


 悠里も拍手に満足していた。

 露骨すぎる。

 揺れるポニーテールに


「えへへ……上手く行かないね」


 実はパンツが見えそうだった。

 山田にいたっては露骨に低い姿勢でパンツの中をのぞこうとしていた。

 目敏く見つけた。

「あ、いや、これはその……」

 しどろもどろ。

「みたいなら、みても構わないよ」


「わたし、男の子のその気持ちわかるよ。だから全然気にしないから」


「あ、ありがとう」


 一体どういうつもりなんだろうか。




 テニスをして、みな汗をかいて、疲れて休憩した時。

 配られたスポーツドリンクを皆で飲んでいた時だった。

 山田が急におどおどしながら、座っていた悠里の前に立った。


「なあに? 山田君」

「お、お、俺……」


 言いにくそうにしていた。

 首を傾げる悠里。

 

 山田が突然頭をさげた。

 いや、手をついた。


「ごめん、昔のこと……」


 土下座していた。


「わ、悪い……」

「お、俺も……」


 次々に頭を下げる。

 やっぱり皆忘れてはいなかったんだ。

 多分、悠里が帰ってきた。そして今は見違える少女となっていたことで……無理矢理胸の奥にしまっていた記憶を三年の時を経て呼び戻された。


「……」


 しばし沈黙が流れる。どのような答えをするか、全て悠里の手のひらにあった。


「なあんだ、そんなことだったんだ」


 悠里は笑う。


「ぜんぜん気にしてないよ」

 

 過去のことを水に流してくれた。

 感動的な場面かもしれない。

 過去を乗り越えた俺たちは今、再び手を取り合ったーー。


 だが俺は気づいた。悠里の笑顔は乾いた笑いだった。

 気にしないなんてことはないだろう。


「みんな、これからは仲良くしようよ」

「おう」

「そうだよな」


 あっという間に時間が過ぎていった。

 空が赤色に染まり、徐々に暗くなり始めた頃、明日には帰る支度をするから、名残惜しいがここまでと言われて、解散になった。 


 悠里は門の外まで見送りに出てきた。

 皆に向けて手を振った。


「ありがとう、みんな」


「今日は楽しかったよ」

「またね、悠里ちゃん」

「また呼んでくれよ、俺、いつでも飛んでくから」

 

 名残惜しさに泣く奴まで出た。

 何度も振り返り、

 ずっと手を振っていた。


 見えなくなったところで、皆我に返る。 

 なんだか夢というか幻でも見てたかのようなふわっとしたこの感じはなんなんだろう。

 本当に俺は悠里の奴と再会したのだろうか。

 まだ、本当はあいつと会っていないような気がする。

 

「お前ら、抜け駆けするなよ」

「何言ってるんだ、お前こそあぶねえだろ」


 一人の女を巡ってやりとり。



「ああ、でも綺麗だったよなあ……」


 皆瞼に、美少女の姿を焼き付けていた。

 皆もう過去のことにしていた。TS病のこともいじめのことについても。


「ごめん、俺、ちょっと忘れ物した」


 立ち止まった俺に怪訝そうな顔を浮かべる面々。何のことか詮索される前に、踵を返す。そして元きた道を引き返した。

 ついさっき別れ際。

 何か俺は釈然としないまま、周りの流れのままに、帰ろうとした。

 すっと悠里が俺に寄ってきて、耳打ちした。


「この後、話があるから、戻ってきてーー」


 再度朝比奈家の門を叩いた。

 悠里家の人はすぐに出てきた。

 悠里の言づては伝わっているらしく、すぐに周囲に気づかれないうちに手早く招き入れられた。


「さあ、こっちへどうぞ」


 二階へと案内される。

 さっきの他の連中との訪問では、ずっと一階にいたので二階は初めての領域だった。

 階段をあがるって突き当たりに「ますみ」とドアに掲げられた部屋があった。

 コンコンとドアをノックをした。

「どうぞ」

 悠里の声がした。

 どうやら待っていたようだ。


「やあ、雄高。呼び戻してごめんね」


 さっきのリラックスした格好だった。短パンにTシャツ。

 椅子に逆座りしていた。

 おめかししていたさっきとは、うってかわってラフなスタイルだった。

 髪も三つ編みもほどいて、スタンダードなストレートに変わっている。

 今が本当の素の悠里だ。

 その雰囲気は確かに

 やっぱり変わってなかった、と初めて俺は思った。

 そして俺を雄高と呼んだことにも気づいた。


「おいおい……」


 そして雑然とした部屋にあきれた。

 さっきまでのお嬢様とはイメージが完全に崩壊するどっかのだらしない女子中学生だ。

 まだ着替えやらも片づけずごちゃごちゃだ。

 帰省のために使った旅行鞄も置いてあった。


「ニ週間前に来たのに、まだこんな状態で、また明日戻らないといけないんだよ」

 

 そんなに前から戻っていたのかと驚いた。用意周到な準備がやはりあったのだ。


「ああ、そこに座っていいよ」


 指示されたとおり、ベッドに腰掛ける。


「それで、なんだ。呼び戻したりなんかして」

「もう……疲れちゃったよ」

 足を崩した。

 リラックスしたように椅子の上で胡座をかいていた。


「あ、今お母さんがコーヒーとクッキー持ってくるから待ってて?」

「いや、さっき、もう結構食ったから。飲み物だけいただくよ」

「あはは、雄高も冷や汗流してたからねえ……じゃあおみやげで、持って帰ってもいいよ」


 運ばれてたクッキーは、もう既に袋に入れられていた。


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