第2話

 その体つきも想像以上に女の子らしかった。

 全体的に細く優しいラインになっており、2つの胸もまだ発育途中ではあるが、確実に成長している。

 腰も細くきゅっと締まっていて、すらりと延びた足は細くて綺麗だ。


「久しぶりだね」

 

 そして少女はにこっと笑った。

 悠里本人だった。

 黒く長い髪は艶があってさらさらと揺れる。ドレスと同じく白い大きなリボンを頭に付けている。

 

 一瞬別人だと俺ですら思った。

 だが、徐々に見つめているうちに、悠里だとわかるようになった。

 顔つきも少女らしくなってはいるが眼差しはあいつそのものだ。


「悠里……なの?」


 皆も俺と同じ反応だった。

 目の前の美少女と悠里を一致させるのに少し時間を要した。

 固まったままの俺たちを見渡し頷いた後、悠里らしき少女は笑った。


「どうしたの? みんな? じっと見てて、顔になにかついてるかな?」


 そして自分のほっぺたを撫でてにこっと笑った。

 ようやくはっとなって、皆挨拶した。


「ひ、ひ、ひ、ひさぶり朝比奈」

「ま、ましゅみちゃん……」


 言葉を失ったり、挨拶を咬んでしまう奴が続出してしまった。


「……」

 

 悠里が俺のことを見ていた。そして笑みを浮かべた。

 俺だけ挨拶がまだである。

 隣の斉藤が腕をつついた。


「お、おう」


 とりあえず背筋を伸ばして姿勢を正す。


「よ、よう……悠里。久しぶりだな」


 そしてとりあえず無難な挨拶をする。


「変わってないね、香取君も」


 俺を見つめた時、その目が少し細くなったように見えた。

 香取と名字で呼ばれた時、俺と悠里の間に、三年の間で予想以上に距離や垣根ができなように思えた。

 別の存在になってしまったのだろうか。



   ☆   ☆ 


(一体何故ーー俺たちをここに呼んだんだ)


 俺はまだ不審に思った。

 悠里にとっては、三年前の俺たち同級生に対し、良い思い出があるとはいえなかった。

 今日よばれたメンバーについては特にそうだ。


 もっとはっきり言えば、悠里はいじめられていた。

 今日呼ばれた奴は、その時の同じクラスメイトたち。

 この山田勇一も、その後ろにいる佐藤敏治、そしてその他の面々も。

 直接加わった奴も無関心だった奴も。

 そうだ。そして俺もその一件に深く関わっていた。


   ☆   ☆


 三年前。まだ俺たちが小学生の時。悠里は男子だった。そしてTS病を発症して女になった。

 稀な病気ではない。


 TS病は学年で一人二人は発症するという。

 この奇病は俺たちの子供時代を縛ったといっていい。

 突然、体の女性化が始まり、やがて完全に女になってしまう。

 誰が発症するかわからない。

 そして一度発症したら元に戻らないという。

 この奇病の原因は今も不明だ。

 一説には、三十年ぐらい前から出生率が大きく低下して子供が減ったこと。

 それとほぼ同時期に、主に思春期男子を発症年齢とするTS病が流行を始めた。 

 これらのことに因果関係があるという学者もいるらしいが、俺たちはまだ学生なのだから、当然理由なんてわかるはずがない。


 ただ生まれ持った性別が変わってしまうTS病は、命にかかわらないとはいえ、幼いころの俺たちにとって脅威だった。

 毎年男子を対象に行われるTS病検査の結果にはびくびく怯えていた。

 そして陰性の結果データの紙が学校の担任から手渡されるたびにほっとしたものだった。

 幸い、もう中学になった俺たちはもうTS病の好発年齢は過ぎて、今後ほぼ発症することはないだろうという年齢に到達した。


 だが、朝比奈悠里は三年前、定期検査でTS病陽性の判定を受けた。

 本人が広言したわけではないが、噂はすぐに広まり皆が知ることになった。

 その直後から悠里に対するいじめが始まった。

 トイレで無理矢理裸にさせようとする事案が発生。

 あるいは女子が悠里にきもいと面と向かっていうこともーー。

「あんたと一緒に扱われたくない」

 女子からのいじめも陰惨だった。

 そして別れは突然だった。

 朝比奈悠里の転校が担任教師の口から告げられ、二度と学校にやってくることはなかった。

 担任によると、TS病の児童を預かる施設に入ることになり、同時に付属の学校に転校する。

 いじめられたり、自殺をはかったり精神を病むTS病患者が以前より各地で報告されていた。

 周囲の理解も無く、本人家族も含めて孤立するケースが続発したため、保護するために専門施設が作られてたのだという。

 悠里はそこに行ってしまった。

 後には誰もいなくなった机が置いてあるだけ。

 一週間もしたらクラスにいた子のことは忘れていつもどおりの日々に戻った。

 悠里は、何にも告げず、どこにいったかもわからない。消えてしまうようにいなくなった。


 俺はこの出来事と無関係ではなかった。

 悠里は一時俺を頼ってきた。

 あのクラスだけでなく他の学年、クラスの連中にも帰り道に、待ち伏せされて、服を脱がしてやれ、あるいはからかう。家まで追いかけられたりもした。

 頼られると、放っておけない性格だった。


「うっとうしいなっ」


 その度に、追い散らしてやった。

 下級生を追い払い、上級生とガチで殴り合ったこともある。 

 一人で帰ることを怖がっていたので、悠里はしばらく俺について一緒に帰っていた。

 俺を標的にする動きもあったが、俺は気にも留めなかった。

 例えば、ある朝登校したら、黒板にでかでかと相合い傘の落書きがかかれていたこともあった。俺と悠里の名前が書かれたやつだ。

 きもい、お○まという落書きも添えてあった。

「あついね、お二人さん」

 という冷やかした奴をけ飛ばしてやった。

 悠里はうなだれていたが、俺は気にもとめなかった。



 だから学校からいなくなったと聞いてから、せめて電話でもメールでも連絡を取りたいと担任にお願いした。

 だが、断られた。家族以外連絡は禁止だという。

 場所も教えられない。

 それほどまでに、周囲から受ける偏見といじめは激しいのだと。

 悠里の連絡先にメッセージを送っても返信はなかった。



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