第39話
ルルーシュ視点
「あっらぁ、逃げることないじゃなぁい」
「止めろ、近づくなぁ」
野太い声と情けない悲鳴の声が部屋に響き渡る。
ドレスを着たいかつい体の男が獣人の下級貴族を追いかけまわすという異様な光景が先ほどから繰り返されている。
「随分と活きがいいのを仕入れてくれたじゃない」
店長は上機嫌でその光景を眺めていた。
「それにしてもこの子たち、いったい何をしてあなたの怒りを買ったのかしら?」
「俺の大切な人を侮辱し続けただけでは飽き足らず襲う算段までしていた」
俺の言葉ににこにこしていた店長の纏う空気が一気に下がる。
今、あたり一帯が氷点下になったといっても過言ではないだろう。
あの時、あの女だけではなかったのだ。
運命の番同士の邪魔をする存在として奴らはセイレーンを襲おうとしていた。
「なら仕方がないわね。きついお仕置きをしておくように言っておくわ」
「頼む」
「ああ、それと。逃げたらしいわよ。薄情よね。自分たちの身を守る為なら邪険にしていた娘だけではなく溺愛していた娘さえも捨てて逃げるんだから」
ライラが騎士団に連行された日、伯爵と夫人は有り金を全て持ち出し邸から姿を消した。
愚かな奴らだ。
逃げたところでどうする?
平民の暮らしも平民が食べる食事も知らない。働いたこともないのに。
人に傅かれる生活しか知らない奴らがまともな暮らしをできるとは思えない。
持ち逃げしたお金だってすぐに底を尽きるだろう。
「問題ない。見張りはつけている」
「殺さないの?」
「すぐに殺したらつまらないだろう。今はまだ、逃亡生活を満喫させてやるよ」
◇◇◇
セイレーン視点
邸にあの人たちが来なくなった。
静かになったのはいいけど、どうして来なくなったんだろう。
また何か企んでいるのかな。
「セイレーン、具合はどう?」
ぼーっと窓の外を眺めているとルルーシュが来た。
「ルルーシュ」
ルルーシュは私の首に触れて体温を確認している。ただそれだけのことなのに、ドキドキが止まらない。
「熱はないみたいだね」
「ええ。ここの人達がよくしてくれるからすっかり元気になったわ。ルルーシュ、ありがとう。あなたのおかげよ」
「当然のことをしたまでだよ」
「‥‥‥でも、いつまでもあなたにお世話になっているわけにはいかないわ」
「‥‥‥出て行くの?」
「えっと」
何だろう。急に寒気が。怖くてルルーシュの顔が見えない。どうしてだろう。
「行く当てあるの?まさか家に帰るなんて言わないよね」
「‥‥‥行く当てはないけど、でも」
「セイレーン、いいんだよ。俺は迷惑だなんて思ってない。寧ろ、毎日セイレーンと過ごせて幸せなぐらい、だからずっとここで一緒に過ごそう」
それはとても嬉しいことだった。すぐにでも頷きたいほどに。でも‥‥‥。
「お父様が許すわけないわ」
「そんなことを心配する必要はないよ」
「どうして?」
「君を暴漢に襲わせたのは、気づいているかもしれないけど君の義妹だ。そのことがバレて騎士団に連行された。投獄されてたんだけど、逃げ出したみたいで今は行方不明」
私を襲った暴漢は逃げたし、ルルーシュが警備兵を連れて来てくれたから捜査はされていただろうし、彼らからライラの名前が出ても不思議ではない。証拠が出たって別に何とも思わない。
だってあの子、馬鹿だし。きっとたくさん証拠を残していただろう。
でもまさか逃げ出すなんて。どこに居るのか分からないけど捕まるのは時間の問題ね。
よしんば逃げおおせたとしても逃亡生活はかなり過酷なものよ。彼女に耐えられるかしら。
「お父様たちは?」
「監督不行き届きで何かしらの罰が与えられる予定だったんだけど処罰を恐れて、有り金全部持って逃げた。戻ったとこで爵位は剥奪。もう何もできないよ」
「そう」
我が家の没落が決まったわね。私も身の振り方を考えないと。
「ルルーシュ、暫く置いてくれる?」
「暫く?」
「何とか仕事を見つけて生活できるまでに稼げるようになるから」
「何言っているの?」
やっぱりダメかな。
ここまでかなり迷惑をかけたし。義妹とはいえアドラー伯爵家の一員、その彼女が犯罪者。私以外はみんな逃亡中。
私を匿ったって被害者といえど犯罪者の身内でもある私を貴族たちはここぞとばかりに嘲笑し、馬鹿にするだろう。
そんな私を庇ったって彼に不利益が生じるだけ。
自分一人で何とかするしかないな。
「働く必要なんてないでしょう」
「えっ?」
ルルーシュはベッドに腰かけ、私の髪を一房持ったかと思うとそこに口づけをする。
「っ」
「俺と結婚してここで一生一緒に暮らそう」
「な、何言っているの?そんなのダメよ。あなたの名誉まで傷つけることになるわ。私は被害者だけど犯罪者の娘でもあるのよ。それにライラや両親がやらかしたことを考えればアドラー伯爵家の没落は確実よ。そうなれば私は平民になって何とか市井で暮らすしかないのよ。あなたと結婚できる身分ではないわ」
「そんなの関係ないよ」
「関係ないって」
「セイレーンは俺のことをどう思っているの?重要なのはそこ。俺のこと好き?嫌い?」
「嫌いなわけない。でも」
尚も言いつのろうとした私の口にルルーシュは人差し指を当てて黙らせる。
「余計なことを考えないで。俺の質問に答えて」
「‥…きよ。好きよ」
私がそう言うとルルーシュはとても嬉しそうに笑った。
「俺も、俺も大好きだよ。愛してる。だから一緒になろう」
「っ。わ、私でいいの?本当に?後悔しない?」
「するわけないじゃん」
そう言ってルルーシュは笑った。
それから三か月後、私は本当にルルーシュと結婚した。
両親はルルーシュのプロポーズを受けた翌日、死体で発見された。
野犬に襲われたのか、体には無数の噛み傷があった。それが直接の死因だと考えられている。
「行こうか、セイレーン」
「ええ」
私はルルーシュと一緒にバージンロードを歩いている。
今日、私はルルーシュの奥さんになる。
「君は運命の相手じゃない」と捨てられました。 音無砂月 @cocomatunaga
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