第107話 新学期(二年生)⑦

 教室に入ると、英彦と平子さんが俺の席で待っていた。


「よぉ、おはよう」

「おはよう。待ってたのか」

「まぁな」

「なんのために?」

「なんとなくだな」


 英彦は口角を上げて笑った。

 こいつも遠足を楽しみにしてるな。これは。

 俺はテーブルの横にカバンをかけると椅子に座った。


「アリス、おはよう~」

「おはよう。琴美」

「いい天気になってよかったね~」

「そうね。いい遠足になりそうね」


 どうやら今日の遠足を平子さんも楽しみにしているらしい。

 去年はどうでもいいと思っていたんだがな。今年は少し違った。琴美と一緒という点では同じなのだが、今年は意味合いが全然違う。俺と琴美は恋人同士になった。去年は……。どういう関係だったのだろうか。

 琴美が俺にご飯を勝手に持ってきて餌付けをしてきた?

 今思えば、なんとも不思議な関係だよな。たった一度、俺は琴美におでんをあげただけ。最初はそれだけの関係だった。それが、今では恋人にまでなっている。

 この超絶美少女と恋人。俺は琴美のことを見上げた。


「蒼月君。どうしたの?」

「いや、なんでもない」

「七瀬さん。こいつは今、七瀬さんに見惚れてたんですよ」

 

 英彦が俺の心の中を見透かしたようにニヤついてそう言った。

 

「そうなの?」

「どうだろうな……」


 俺はしらを切って英彦の肩にパンチを食らわせた。

 英彦はそれを受け流すと愉快に笑った。


「蒼月って意外と恥ずかしがり屋だよな」

「うっさい」

「でも、それは女神様のまえでだけかもしれないけどな」

「それ以上言うと本当に怒るぞ」


 俺が英彦を睨むと同時に教室に担任が入ってきた。

 英彦たちは自分の席に戻っていった。

 去り際の琴美の顔を見たが、顔が赤くなっていたような気がしたが気のせいだろうか。

 担任が今日の遠足の概要を話し始めた。

 今年、俺たちが行くのは城跡だった。城跡は学校から徒歩で二十分くらいのところにある。そこには、もちろん歩いて向かう。

 この時期なら満開の桜が見頃だろうな。


「じゃあ、着替え終わったら校庭に集中してくださいね」


 担任が教室から出て行くと俺たちは着替えをするために別々のクラスに分かれた。男子は五組で、女子は六組で、体育の時も着替えをする時は分かれる。

 ジャージに着替え終わると、俺たちは校庭に向かった。

 

「全員そろってるわね~」


 担任が俺たちの出席を取った。

 全クラスの生徒がそろっていることを確認すると、一組から順番に出発して行った。

 去年同様、最初は列になっていたが、徐々にバラバラに思い思いに友達同士で城跡まで向かうことになった。

 もちろん、俺たちも同様だった。琴美と英彦と平子さんが俺のとこまでやってきた。


「毎回思うんだが、なんでいつも俺のところに来るんだ」

「だって、そうしないと蒼月、自分から来ないだろ」

「まぁ、そうだな」

「だから俺たちが来てやってるんだよ」

「来てやってるねぇ」


 なぜか、上から目線でそう言ってくる英彦。

 英彦たちのそんな行動を昔の俺なら嫌がっていただろうが、今はそれも悪くないかと思っていた。

 

「なんだ、不満なのか?」

「そんなことはねぇよ」

「なら、これからもどんどん訪ねてもいいんだな」

「ああ、いいぞ」

「だって、二人とも」


 英彦が前を歩いてる二人にそう呼びかけた。

 二人が、特に琴美が俺の方を見て満面の笑みを浮かべていた。

 二年生は荒れそうだな。

 俺は、はぁとため息をこぼすと、手で早くいけと催促する。そんなことで、琴美が諦めるわけもなく、俺のもとにやってきた。


「そんなこと言われたら遠慮しないよ?」

「すでに遠慮ないと思うけど、これよりもってこと?」

「それは、どうかな~」


 琴美はニヤニヤと笑って俺のことを見上げていた。

 春の風が吹き荒れた。強い横風が。

 桜の花びらが舞い上がる。

 いつの間にか俺たちは城跡に到着していた。

 



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